//おかしな少年と神様の少女//

//それと露の魔女//







12月25日





01.





数時間前にさかのぼる。


「クライアントから連絡があったよ。」

朝焼けがまぶしく反射するほどに綺麗で危険な氷が張った道路を、難なく運転するくうさんが私に話しはじめる。
冬晴れ、雲ひとつ無い空。それはとても綺麗だけど、外はかなり寒いという事。はもう少し時間がたってから出てはどうかと促されながらも、女将さんの良心を振り切ってくうさんと私は車で例の場所に向かって移動していた。
 
早朝のセクハラを回避しつつ、朝食を取り、最後の露天風呂を堪能して、宿を出たのはもう30分くらい前。ちなみに今午前7時。更に付け加えるならクリスマス。
なのに、何で私はこんなところで、しかもオカルトなんてものにかかわっているのだろうかとずっと考えていた。今更なんだけど。
本当なら世間一般で言うクリスマスイベントを心置きなく堪能しているはず、なのになぁ。と心の中で嘆息をもらすも、虚しく霧散していく。

そんな私の心のうちをくうさんが知るはずも無く、気さくに私に話しかけた。
「喜べ露華、事がうまく運ぶと今日の夕方には帰れそうだぞ。」
残念ながら私の心境はとてもとても複雑です。
けどそんな私の気分も、くうさんの次の言葉で豹変する。
「結界が広まっている。最早あれは結界というのすら似合わない代物になっているんだ。具体的な時間はわからないが、さっさと片をつけないとこの辺一体蒸発するらしいぞ。思わず笑ってしまうよ。あははは」
「ええそうです・・・・・ね・・・・・・はい?」
くうさんはあきれたように笑っている。
私は唖然とした。私の頭は今のくうさんの発言に対してどう切り替えるべきか審議を図っているらしく、この結論が弾き出されるまで数秒の間が必要だった。


・・・あれ?今の話のところの中に笑うところありましたっけ?


「笑ってる場合じゃないじゃないですか!蒸発ってそんな」
まさかあるわけがない。と言い切る前に、くうさんが答えた。
「どうやらあの集落のある山一つは消え去るらしいぞ。もしそうなったらどうするんだろうな。『結界が暴走して山が一つ消え去りました。』なんてニュースになってみろ。もうそうなったら笑うしかないじゃないか。」
面白おかしい感じで笑い出すくうさん。
私昨日諭吉のデザインのお札拾ったんだー、みたいなノリでさらっと恐ろしいことをくうさんは言った。
くうさん、それ軽いノリで言うもんじゃないです、重すぎます。
しかしくうさんはいつもの調子で、別にこんなの眼中に無いと言わんばかりに笑っている。
「心配することは無いから安心してもいいぞ。手順は解かっているし、これも予想の範疇だしな。」
「予想してたんならもっと早く言って下さいよ・・・」
「言ったら露華はついてこないだろう?」
くうさんはからかうように私に問いかけた。
「まぁ・・・そりゃぁ。」と私は返す。
けど、もしかしたら私は山の一つや二つが蒸発して消滅することになっても、きっとここまで着いてきてしまうかもしれない。
なんせほかにやることが無いんだから。

長いトンネルに差し掛かった辺りで、私の記憶は途切れている。
くうさんが運転に集中し始めたらしく、口数が少なくなっていた。私も特に話すこともないし、助手席の窓から流れていく橙色の証明を眺めていたのは覚えている。とうとう飽きが回ったのか、どうやら寝てしまっていた。
「おい露華、ついたぞ」と声をかけられて、私はやっと目を覚ました。
目を開けたときには車の外には雪が降っていて、その向こうに例の村とあの販売機が見えた。


今隣には例の販売機とバス停が雪をかぶったまま立っている。坂の下にはくうさんの車が止まっていて、おと一つ無い世界でこの販売機と同様に赤い色が雪で覆われていく。バス停のそれにいたっては、時間表の枠の中に雪が入り込んだせいなのか、文字すら読み取れない状態だった。
数分前までは雲ひとつ無い冬空だったはずが、宿のある山からおりて此処に近づくにつれてだんだんと空がにごり始めていった。
案の定ついたころには雪が降っていた。数分前とはまるで別世界だ。
まぁ、実際そのようなもの、らしいんだけど。
「にしても、ここってもう結界の中なのかな。」
正面に見える山村を見渡してみる。
寝てたからなんともいえない。きっと起きてても解からなかったと思うけど、少し位なら私にも外と中の違いが解かったはずだ。なんせ、トンネルの前とここでは流れが違いすぎるからだ。
まぁそれだけで考えるなら、ここはもう既に結界の中なんだと思っておいたほうがいいのかもしれない。
けど「一時間好きなだけ調べまわってもいいぞ」と言われて既に10分ほどたっている。10分間、販売機とバス停に挟まれたベンチでぼーっとしていた。
バックの中身を広げたり、膝の上でタロットを広げて、結果の出ない自分の占をしてみたり、小さな雪だるまを二つ作って「うふふあはは」言いながら遊んでみたりと。なかなか重い腰が上がらずにいた。
あと私は重くないから・・・・・・・・・・・・うん。

私が外出するときには必ずといってもいいほど持ち歩くこのバック。細長くてポケットが多く、紺色より少し暗い。普段、中には携帯やお財布とか女の子がよく使うその他もろもろの必需品と、私の仕事道具といっても過言じゃないタロットとかパワーストーンとかの占い道具。今はそれに加えて着替えとちょっとしたお菓子と、それとさっきくうさんから渡された小さな黒い袋が入っている。「常時これを身に着けていろ」と言われて手渡されたのは、手のひらにすっぽりと収まるサイズの黒い袋。中に何か小さなものが入っているようだけど、絶対見るなとのお達しも受けている。
なんとなくだけど、占いとかオカルトとか、そっちのほうのものじゃないかなと思う。昨日みたいに気持ち悪くならないから、お守りみたいなものなのかなと思った。

さてと。
とにもかくにも、このままここに居ても埒が明かない。時間は勝手に進むし、何も収穫が無いまま一人寂しいクリスマスを過ごすのもなんか馬鹿らしい。折角ここまで来たんだから、せめてこの場所と私が関係あるのか位は知りたい。くうさんの依頼人にも、私の登場は予想外だったらしいし。
小さな袋をまたバックに戻して、息を吐きながら私は立ち上がる。
気持ち悪い感覚も無い。
もしかしたら、この小さな袋のおかげじゃなくて、くうさんが既に仕事を終えたのではないかとも思った。
とりあえずは、あの時感じた流れの終着点に向かっていくことにする。今でも少しはその流れは残っているけど、あのときほどじゃない。例え方が難しいんだけど、いつもの占いしてたりするときと同じような、日常で感じられる程度のものでしかなかった。
というか、占いが日常ってのもどこかおかしいのかもしれないけど。
少し考えてみた。普通って何だろうとか、私って普通なのかな、みたいなことを。そもそも、私の占いは本当に『占い』なのか。昨日のくうさんの口ぶりだと、まるで本当の魔女・・・・・・・・。
「・・・いや、そりゃないか。」
考えることを止めてすぐそこに広がる風景を見渡した。今の私には関係ないし。

麓の下のほうにから建物や家が点在していることが草木の間から伺えた。こんな山村では大半の機能が働いていなそうだけど、一際大き目の病院が雪の中でも向こうの山の手前に見えた。
体の向きを変えて、また例の場所に目を向ける。
道路には除雪機が通過した痕跡があった。除雪はされていたけど人が歩いた形跡は全く無い。点在する家屋のほとんどは雨戸も締め切っていて、家の中に人が居るのかどうかはわからなかった。まだ朝だし、こんな天気なら誰外に出るわけは無いだろうと思った。もしくは、本当に誰一人としていないのかもしれないかも、だけど。

この雪じゃ一時間もしないでまた積もってしまう。まぁ一時間後には私は此処に居ないのだから別に気にしなかった。いや、一時間後には無事に家路に着いていることを願いながら、私は雪に覆われた道路を進んでいく。
少し進むと例の石碑の前に出た。あのときみたいに引っ張られる感覚もなければ、頭痛や不快感も何も起こらなかった。
無いほうが勿論私にとって好都合なんだけど、なんだろう、どこか不安だった。不安が募るたびに、あの時迷い込んだのは本当にこの場所だったのかどうか、自信がなくなってくる。
心のどこかで「何か起こらないかな」なんて不謹慎なことを考えてる位だ。そう、何かあれば私の不安は解消できるんだけど、起こってほしくないとも願う。なんか複雑だ。

うやむやのまま歩いていって、微小ながら流れの変化を感じた。さっきよりも流れが速くなっているのだ。
「もしかしたら・・・」と、期待を抱きながらその方向に向かって進路を変える。
しばらくして私は坂の途中にある左手の細い道に入った。両脇を木々に囲まれていて、車も通ることの出来ない程道は細い。頭上には木の板が掛かっていて、ところどころに照明が下がっていた。細道の中は周りよりはある程度暗いけどそれ程じゃぁないからだろう、勿論照明は点いてない。
トンネルみたいに覆われた木々のおかげで、小道の外とはちがって雪が降ってこない。それでも地面にはある程度積もっているように見えたけど、思っていたほど積もってなかった。ところどころに雪の下の色が見えているところもある。腐葉土でできているのか、ふんわりとした地面だった。まるでまた別の世界にでも迷い込んだ感覚だった。
その世界の中をゆっくりとした足取りでその細いトンネルをくぐっていく。足元から発する足音以外、私の耳に届く音は何一つ無い。雪で音が吸収されるとかそういうのじゃなくて、本当に何も音のしない世界。唯一聞こえる足音が、私を安心させて、不安にさせて、期待させる。何か起こるんじゃないかな、起きないかな、と。
不思議体験なんてコリゴリだ。なんてことを昨日くうさんに言ったような気がするけど、白状するとそんなことは微塵も思ってなんかいない。なんだかんだいって私は期待してしまっているんだ。第一、それが今日の目的なんだから。
右足に不安、左足に期待、みたい感じなのかな。一歩一歩前に進んでいく。気づけばさっきより足運びが速くなってる気がした。進むたびに流れは収束していって、まるで私を誘ってるのかのように背中を押してくる。

しばらくしたらその細道に数段の石段が現れた。大きさの異なる岩が綺麗に並べられた石段。大きな神社とかによくあるものみたいだと思った。緩やかではあるけど、長そうだった。
これ以上進んでも大丈夫なのか、けど知りたい進みたい。これを多分好奇心って言うんだと思う。大体、ここまで来て戻るなんてことはするはずも無い。さっきよりも私の後ろ髪は引かれているけど生憎、私ショートだから、これ以上引かれることなんてない。
結構進んだころに、頭の上から雪が降ってきていることに気がついた。だんだんと木々のトンネルが開けてきていた。それにつれて左右の足元に丸太が除かせている。その姿がはっきりと見えてくるようになって、私はあることに気がついた。
「・・・そっか、これ鳥居なんだ」
理由がよく解からないけど、私の口から感嘆の息が自然と口から漏れた。
入り口からずっと等間隔で頭上に掛かっていた木の板は小さな鳥居だったらしい。数えてなんてないけど、随分歩いたからかなりの数のはずだ。ところどころに元来は美しい朱色だったの頃の面影がある。けど残念ながら今ではボロボロだ。けどそこからかなりの年月がたっていることもわかる。

「どーりで流れがここに吸い込まれるように集まってくるわけですか。」
けど、それにしてはやけに本数が多いような気もする。
鳥居は神社の前にあるものだ。その意味は境界。外の世界と神社の中の世界を分けるためのものだと、前にくうさんの図書館で調べたような気がする。(占いでも鳥居を模した形代を使うものがあるからだ。占いよりは呪ったりするときほうが多く使われるらしいけど。)ということは境界を隔てるそれなりの理由が向こうにはある、と言うことだ。きっと。結界の中に、更に分け隔てるべき大事な何かがあるんだと思う。

さっきより『流れ』が集中しているのを明確に捉えることが出来る。
きっとゴールはすぐそこ。そう思うとついつい歩みを速めてしまう。私の頭の中ではもうこの先にある『期待』で埋め尽くされていた。どうもとんとん拍子にことが運んでいることに少しだけ疑問を感じたけど、『不安』なんてものは、いつの間にかどっか行ってしまったみたい。
頭上の石段の終りが見えくる。連なる最後の鳥居を私ははっきりと確認した。
はたしてその向こうにヒゲのおじさんが準備してくれたクリスマスプレゼントがあるのかどうか、私は小道の向こうに出た。

そこには、平屋の一戸建ての、見た目は普通の民家があった。
雨戸は閉められていて、庭の雪はあらかた片付けられたような後がある。
相当上ってきたらしく、ここが村の中では一番高い位置にあるらしかった。雪が降ってたからさっきの病院がギリギリ見えるかどうかの視界だったけど、ここからなら村全体はおろか、天気がよければ山のずっと向こうまで見渡せそうだった。

てっきり神社とか、そういったものが建立されているのかなと思っていた。だからと言って、私はここまで高めた期待を無下にするなんて事はしなかった。できない。
なぜなら、見た目は普通の民家のはずなのに、この流れ方はまるで神域のそれにとても似ていたからだ。

風水で例えるなら、どんなに配置や方向や色を整えても、その力には限界がある。
それは、その場所や時間すらも細かく分類するんだったら関係してくるからだ。時間の経過によって日の当たり方や月明かりも変わる。そうなれば、いくら良運の配置をしても、大きな誤差が生じてしまう。絶頂にいいときもあれば、絶不調にもなる。
けど、その条件を見事にクリアしてしまうのが、場所による関係だ。
例外はあると思うけど、神社や神山といったものは基本的に竜脈、とても由緒在る古いものなら竜穴の上に在る。
竜脈ってのは、川で言う主流のこと。つまり、気の流れが集中している場所のこと。竜穴というのは名前のとおり穴。その穴から気の流れが噴出している場所。
その竜脈の流れの種類によって、その場所の流れに著しく影響する。いくら風水で配置を整えても、それを根本から上書きして塗り替えてしまう。
といっても、私みたいにとことん運が無い女には、それすら関係が無いらしいんだけど。

どうやらこの平屋は見事にその竜穴の上に位置するらしい。(あくまで私が感じたことだから断言は出来ないけど。)
鳥居をくぐって集められた流れが、ゆるやかな渦を巻いていた。
だけど、どうも奇妙だった。
集められた流れが、渦を巻いて、吸い込まれているような気がする。
そもそも、もしここが竜穴だったのなら、吸い込まれるのではなく、逆に流れ出るはずなんだ。
「流れが別のところに送られている・・・?」
とっさに思いついたのがこれだった。多分私が「何か起こらないかな」と期待しているからこそ、導き出される結論だと思う。
もしかしたら単純にそういう場所なのかもしれないという理由もあれば、流れ出る竜穴が在るんだから、吸い込む竜穴があってもおかしくないのかもしれない。
けど、その場所に丁度よく民家が立っているってのは、どうなんだろう。
まだ神社とかならわかるんだけども。

外見から伺える特徴をあらかた見た私は、意を決して平屋へ突入しようとした、







瞬間。








ぐるん。

と視界が回って、ゆがんで、立っていられない程の眩暈と頭痛が不意打ちのように私を襲った。
昨日のと同じような、気持ちが悪い感覚。さっきまでなんとも無かったのに。

あまりに急だったから、足に力を伝える前に、私は雪の積もった地面に倒れこむことになった。
頭の中で痛みが反響するたびに、まぶたが重くなっていく。


どうしよう、こんなところで倒れたら、約束の時間に間に合わなくなるなぁ。せっかく目の前に面白そうなものがあるのに。中だって調べたいのに。そうしたら私の不思議体験のことも何か判ったのかもしれないのに。…って、流石にそれはないかなぁ。けどこの場所の流れは……………って、あれ?そもそも流れって何だっけ?風水で見える気の流れ……気って何?何のことなんだろう。というかそれって普通見えるものなのかなぁ。というかいつの間に感じるんじゃなくて視てるんだろう私。そもそも何でそんなものが判るんだろう。風水の手順なんて何一つ踏んでないんだけど。魔女だから?いやいやいや偶然あたってる占いしてるだけでそんなこと言われるとは思ってなかったのになぁ。そういえば私っていつもどんな風に占ってたっけ?タロットに風水に星占にルーンに夢占いに姓名判断に四柱に奇門に六壬………あとなんだっけ、あれ、思い出せないや……………ま、いっか。どうせ私自身のことなんてわからないんだから。あーぁ、くうさん助けに来てくれるかな。





トス、と私の体は雪の上に倒れこんで、意識は深く深く沈んでいった。







02.







グレゴール・ザムザが目を覚ますと、彼は一匹の虫になっていたらしい。その姿を見た家族や上司や家政婦といった彼の回りの人間達は彼から目をそむけた。
それまでの彼は気前もよく家族のために一生懸命仕事をする、誰からの信望も厚い人間だったと言う。それなのに、虫になったとたん、彼の世界が逆転し、当初は世話をしてもらっていた妹からも嫌われ、結果彼は何も食べなくなり衰弱死してしまった。
忌み嫌っていた虫の彼が死んだ後、家族らは喜び決意を新たにしていく、と言う彼以外はハッピーエンドの物語だそうだ。
一番いいのは彼が虫にならないこと。これさえなければ今までどおり父親は無職の飲んだ暮れで貯金も財産も乏しいまま、彼の立場は普遍のままであったはず。だけどそれがあったがために、父親は職を見つけ妹は音楽をがんばっていく決意を新たにし、彼は虫のまま孤独死してしまった。
すべてが丸く収まるには、どちらが正しい答えだったんだろうか。難しいところだ。
ただ、僕が思うに、彼はきっと、変化がほしかったんではないだろうか。
このままの生活に嫌気でもさしたんだろうと思う。
だけど、その願いの先が「虫になる」だったことには、彼も望んでなんかなかったはずだ。
小動物になっていたらどうだったんだろうか、とも思ったけど、彼は人間のサイズの虫に変化したことから、どんなにかわいい動物でも人間サイズになってしまうのは、健気でかわいいお子様相手にはトラウマモノだろう。まぁモノによるけど。
多分、そう、性別でも逆になるくらいなら、まだ人間として生きていけたんではないだろうか。例えば今の僕みたいに。




朝起きて数十分。今僕の身に起きている事を認識するまでの方法としてこんなことを考えていた。
 
つまり、現実逃避してたわけです、ええ。

いつもとどこか違うせいでバランスがうまく取れなかったけど、どうにかして半身を布団から起こして左隣を見ると、いつもならまだぐーたら寝ているシロの姿が無かった。珍しく早起きしたらしい。いつもなら腹を出してその辺に転がってるはずなのに。
「めりーくりすまーすぶちゅー」とくるだろうなくるならこいよっしゃうけとめてやるぜぶちゅー。
なんてことになるんだろうなぁ、と思ってたんだけどなぁ。
あぁ、そういえば昨日もあいつ早かったな。僕の記憶が正しければ、確か猫耳モード前回(全快)で朝っぱらから飛ばしてたような気がする。
枕元に目を移すと、そこには昨日の夜においておいたプレゼントの包みがあった。勿論既に開封済みだった。
で、不思議なのが、綺麗にたたんである僕の服の上に、まるでこれを着るんだといわんばかりに少々乱雑に置いてあるということだ。
「・・・なる、ほど。」
納得。
いくら寝起きで低血圧な僕の脳内回路でもこの状況は理解できた。ついでに、この後何をしたらオイシイ展開になるのかも理解した。
我が家でのオイシイ展開、勿論、シロにとってのだ。
まぁ僕の服はどこにも見当たらないし、仕方ないか。
無理やり頭の中で納得させて、渋々その服に着替えることにする。本当ならシロに着せて・・・・・・・・・・・・げふん。
「・・・と、これどうやって着ればいいんだ」
自分で吟味して買っといて着方が解からないなんてことがあるもんか。といいたけど、生憎今の僕には本当に余分なものが胸の辺りにぶら下がってるから、流石にどうすればいいのか解からないのだ。
いやまぁ、そんなわけないけどさぁ。
「見よう見まねだけど、とりあえずは・・・よいしょ、こう、か。」
背中のホックが繋がるまで、かなりの苦戦を強いられた。
何分シロのために合わせたサイズだから、どうも窮屈なのは仕方が無い。というか苦しいなこれ。
下に穿くものを手にかけて片足を通そうとして、止めた。


「・・・・・・・・・・・・・・あれ?」


今更ながら、ここまで来て、やっと、ついに、僕の思考がやっと正常に戻る。
「何でふつーにこんなの着てるんだろうなー僕ー・・・」
思わず苦笑いしてしまう。
何してんだよ僕は。
と思いつつも、とりあえずこの状態で裸は(シロじゃないんだし)まずいだろう。
とりあえず僕は下着だけはきてしまうことにした。いつもの男用のものでもいいんだけど、口では言いづらい問題があるから止めた。
だけどまぁ、あるものが無くて無いものがある、というのはどうももどかしい。やっぱり何かがいつもと違う感じがする。それ自体を具体的に言い表せないのも、なんかもどかしい。
 




・・・あー・・・




「やっぱり着てみるのもいいかも・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って着ない、着ないから、着るな僕」

不覚にも着てみたいって思ってしまった。顔が熱い。

うーん、はやく元に戻らないと、このままじゃ変な趣味に目覚めそうだ。
間違いなく僕は男なんだから、メイド服なんて着ちゃいけないと思うんだ。今は女だけど。
で、僕の体を隅々まできれいに性転換させた挙句、僕が恥すらも捨てて街の方までわざわざ出向いて買って来たメイド服を着させようとした真犯人は、一体どこに行ったのやら。
上が着にくかったけど、メイド服、じゃなくて僕の服に着替えて神社の中を探し回ったけど、シロは居なかった。
「どこいったんだろ・・・」
また無理してなきゃいいけど。
僕はそれが心配でならなかった。

「まさか家出・・・なんてことはないよなぁ。」
あはははとありえない冗談みたいなことを考えていたら、
『コンコン。』
「ん、はいはいちょっとまって」
ふいにとの向こうからノック音が聞こえた。ここにくる来客者といったらコダマしかいない。
境内の戸を開放すると、足元に例の気の合いそうなコダマが一匹だけ立っていた。
「めずらしい、今日は君だけか」
いつもなら大群のようになだれ込んでくるのに、今日は気の合うコイツが一匹だけだった。
今日も僕と(サイズは違うけど)おそろいの黒いコートを着ている。
コダマは出てきた僕を見るなり、少し戸惑ったが、どうやら性別が変わっていても僕だとわかったらしく、何か書かれた紙を僕のほうに渡してきた。
読んで。ということらしい。
僕はそれを受け取って読む。そこにはこう書かれていた。

 『実家に行きます。クロはおとなしくしてて。がんば。 しろ』







ん?



んー・・・



あぁ。なるほどね。
















「うんわかった、ありがとう君。」
笑顔でそう言ってコダマの頭を撫でてやった。
役に立てたのが嬉しかったのか、頭を撫でたら喜んでくれた。
 

小さな手を振ってコダマは帰っていった。僕も手を軽く振って見送った。


・・・さて。
白状すると、今僕は内心すんごい焦っている。手が震えていたのをコダマに気づかれずによかった。
もう一度シロからの手紙を読んでみる。

 『実家に行きます。クロはおとなしくしてて。がんば。 しろ』

ええっと、これなんて暗号なんだろうなぁ。難しいなぁ。今回ばかりはシロの勝ちかなあ。さすが神様だ。愛してます。

体中に嫌な汗をかいているけど気にしないことにする。
なんか手が震えてるけど、これも気にしない方向で。
あれ?なんか目の焦点がうまく合わないんですけど、まぁいいや。
顔が笑顔のまま固まってる?いいじゃないか、平和的で。
 


回れー、右。

神社の中に戻って布団を片付けた後、昨日少しだけ残ったケーキを朝食の代わりとして僕の中で栄養分に変換する。震える手じゃ箸がつかめそうにも無いから、といりあえずつまんで簡単なもの、とうことだ。決してアントワネットさんみたいにパンが無いからケーキにしたわけではない。
なんだ、冗談を考えれるほどの余裕はあるじゃないか。うん、別の方にまわそうかその余裕。

小物入れからあるものを取り出してポケットに突っ込んだ。そしていつもの黒いコートを羽織って外に出る。ファスナーを閉めるときついから、ちょうど胸の真ん中あたりまで閉めることにした。
首を回して心地よい音を鳴らす。
これにて準備完了。

もう一度ポケットに手を入れた。右手には先ほど入れたものがちゃんとあった。
裏に文字が書かれたボロボロのお札みたいなもの。
書かれていた字体は、さっきコダマから受け取ったものと同じ字だった。つまりシロの字だ。
僕はそれを声に出して読んだ。

「また、神社で、三人で・・・・・・・・よし。」

僕からシロが居なくなれば、何て考えたくも無い。
とりあえず今は、現在不足している僕にとって必要不可欠なシロ成分を補給するために、あとちゃんと体を元に戻してメイド服をシロに着せるために、僕はシロを探すために我が家である神社を離れた。
わーぷ。







03.







「人が苦労して入ってきた結界の中に、どうしてこんなに簡単に入りこめるんだ、お前は。」
彼女は少し困ったように、露華に言った。
先ほどの民家の縁側で座っている大図書館の館主のひざの上で、露華はすやすやと寝息を立てていた。
不思議なことに先ほどまで大量にあった雪は消えて、枯れていた草木には緑が生い茂っていた。斜面を登ってくる風は生暖かく、セミも耐えずに鳴いている。沈んでいく夕日が世界をオレンジ色に染めていた。
驚くことに、彼女がこの場所に来たときに露華は地面に倒れていた。
露華が倒れたのは、雪が積もっていた普通の民家の前だったのだが、以前と同じように、無意識のうちに結界に入り込んでいたのだ。
彼女は驚いた。
自分が苦労して侵入した結界に彼女がいることではなく、目の前で倒れていたということにだ。
急いで抱きかかえて、無事だということがわかった瞬間、彼女はとても安堵していた。
そして今、彼女はひざの上で寝ている露華を優しい目で見守りながら、髪を優しくなでたり顔にかかっている髪の毛を避けたりしていた。
「こうしていると、まるで子供みたいだな。いや、露華はまだまだ子供か。」
「けど私には、その子にはちょっと酷過ぎると思う、その力。」
彼女の後ろから、透き通った優しい声がした。
巫女服を身に纏って、後ろで束ねた長い髪を揺らしながら、神様の少女は現れた。
くうは後ろをふり向かずに言った。
「久しぶりだな、神様。相変わらず元気そうでなによりだ。例の少年は元気か?」
「今日はお留守番頼んでる。でも多分、私を探しにきちゃいそうだけどね。」
「まったく、本当に相変わらず仲がいいなお前達は。」
えへへー、と、少女は頬を赤く染めて笑った。
少女は寝ている露華を起こさない様に、そっと彼女の横に座る。
「少しは膨れてきたな。何ヶ月だ?」
「三ヶ月。多分春になったら、かな。」
少女は優しく下腹部をなでた。
「だいぶ母親みたいな顔になったじゃないか。それに胸もだんだん女らしくなってきてるじゃないか」
「そう、かな。」
彼女がそう聞くと、少女は頬を赤く染めて照れながらそういった。おそらく膨れている下腹部のことも、胸のことも、どちらもうれしいのだろう。
「けど、くうのその子を見る目、あーちんの時とおんなじ、母親みたいな優しい目だったよ?」
少女は少しからかうように彼女に聞いた。
最初から見ていたのか。恥ずかしいところを見られたもんだ。
彼女はそう思ったが、口にはしなかった。
この少女を相手にするとあっという間に漬け込まれるからだ。
だが、その質問があまりにも以外だったらしく、自分でも少し驚いたように答えた。
「ん、そうか?……まぁ、そうなのかもしれないな。」
優しく微笑みながら、ひざの上で眠る少女を見る。
たしかに、こうもすやすやと子供みたいに眠っていてはこっちまで母親になったみたいな気分だな、と彼女は思った。
「そういえば、今日はなんで此処に?」
少女が彼女に問いかけた。
あらかたのことはもうすでに判っているだろうに、だからお前もここにいるんだろう?と心の中で苦笑しながら彼女は少女に答えた。
「仕事だよ。この中の世界を消してくれとの依頼でね。もうお役ごめんだそうだ。お前も感づいているからここにいるんだとは思うが、どっかの誰かさんが無意識下での進入に成功してしまったおかげで、組んだ回路が狂ってしまったそうだ。山ひとつ消し飛ぶらしいぞ。ったく、困ったもんだよ。」
彼女はそう言いながらひざの上で子供みたいになっている魔女をあきれたように見た。
当分起きる気配もなさそうだった。
「お前こそなんでここにいるんだ?此処はお前らのあの場所とは直接関係していないはずだが。」
彼女は少女に同じ質問を聞き返した。
すると少女は「んー、くうがきてたから、なんとなく、かな。」と答えた。ごまかされたような気もしたが、少女の性格を知っていた彼女は、それが嘘ではなく、本当のことなのだということは彼女も知っていた。
「その子は自分の力のことはわかってるの?」
少女がひざ脳で眠っている露華を見ながら、彼女に問いかける。
「微妙に、だな。実は今回のことがきっかけにでもなればなと思ってつれてきたんだ。それに、何の因果なのか、露華は以前ここに来ている。」
崩れていく結界の放つ澱みを伝って。
「結界をすり抜けて?」
「あぁ。先天的に露華に宿る浄点の力が、こりゃまたどういうわけか、占術ときれいにかみ合っていてな。本人が意識していなくても、体が勝手に結界の抜け道を作り出してしまうらしい。あぁ、すり抜けられる、といったほうがいいのかもしれないな。」
浄点。即ち千里眼や透視、それに予知も加えた、人間には到達することが不可能といわれている力だ。
「事実、過去にはそういうやつらが居たが、誰も最終地点にたどり着くための力を身につけていなかった。だが…」
露華なら、それがどんな結果になってしまうとも知らずに、望まずとも到達してしまう。
「遅かれ早かれそうなってしまうんだ、この子は。だからせめて、後々この子がすこしでも迷わないようにと、思ってな。」
けど、少々強引すぎたかな。
彼女はそうつぶやいた。
「まぁ、そうなると結局、私の正体もすべて露華に見抜かれるんだろうけどな。」
「あ、そっか。くうは…」
彼女は立てた人差し指を少女の口につけて、その後に続く言葉をさえぎった。
「私の前でむやみにその単語を喋らない。いくら神様であっても、だ。」
「おぉ、危ない危ない。」
てへ、っと少女はわざとらしく反応する。
全て識ってて喋るんだからなぁ。と彼女はあきれるように思った。
だが、それが目の前にいる少女の性格だということを、彼女は知っている。そのことを別に嫌とも思ってはいない。むしろ好んでいる。
「けどさ、結局ウチのクロだってそうなんじゃないかな?」
「まぁ、確かにルーツは同じかもしれないが、黒いのは特殊だよ。あまりお前の前で言いたくは無いんだが、あの人の言葉を借りると異の異だ。私とはもう完全に別もんさ。それに私はあれ以来、もう随分とあそこから離れいているからな。」
事の顛末を全て識ったところで、何が楽しいというんだ。
翼を隠して、人並みに生きて、あいつらと一緒に楽しく過ごして生きたい。
それが、アカシャと呼ばれたころの彼女が導き出した結論だった。
「それに、今こうやっているのも、悪くは無いんだ。むしろ楽しい位だよ。私にとってはね、あいつらと一緒にいる時間と同じくらいに、手に余る幸せだよ。」
彼女は少女に向かって笑みを向けた。
その笑顔はまるで、いつも目の前の少女がしている、無邪気な、ただ純粋に喜びを表している『笑顔』だった。
少女はその笑顔に驚いたのか、彼女の問いかけた。
「もしかしてくう酔ってる?」
「まさか。こんな昼間から飲むものか。」
そりゃそうか。と少女は笑いながら言う。

「じゃぁ、私は行くね。そろそろ向こうのほうにクロが来てるはずだから。」
少女はそう言うと立ち上がって、家の奥に消えていった。
「あぁ、またいつかな、神様。黒いのにもよろしくな。」
彼女は消えていく少女の方を見ずに、手を上げて挨拶をした。
うん。と一言声を返して、彼女はこの世界から消えた。





「おぃ、露華。起きろ。おーきーろー。」
聞き覚えのある声の主が私の額をぺしぺししてくる。
折角ふかふかでふよふよなぷにぷにのいい香りがするベットで心地よく眠っていたのになんてことをしてくれるんでしょうかこの人は魔女の恨みはふかふかでぷるんぷるんのむにむにでとても優しいかほりのベットより深い眠りを与えてくれてやるですよおほほほ「おぉ、なんだ、そんなに私の胸が心地いいのか。私としてはお前の胸のほうがぷにぷにでぷるんぷるんできゃっきゃうふふなんだけどなぁ。」

一瞬聞き間違いかなそうであってお願い、と思ったけど、私の頬には確かにやわらかい感触があって、目を開けて上を見ると至近距離に、いつものニヤニヤしているくうさんと目が合った。
私の体は座っているくうさんに寄りかかって、あろうことかくうさんの背中に手を回して(胸めがけて)しがみ付くような体裁になっていた。
くうさんは私にしがみ付かれているせいか、多少からだが後ろに傾いている。
私は合った目を逸らすように、また顔をくうさんの胸の中へ戻す。赤くなった顔を隠すために。
恐る恐る小さな声でくうさんに聞いた。
「………もしかして私口に出して…その…」
「あぁ、まるで寝言のようだったから、折角のあたりからおほほほの辺りまでしか聞き取れなかったがな。」
今更ながら、誤魔化すように(というか恥ずかしいから)後半の台詞をごにょごにょとさせたのに。
「……………………………全部じゃないですか、それ。」
拗ねるような声が自然と出てしまった。
さっきよりもニヤニヤするくうさんの顔が目に浮かぶ。
「あぁもう、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいあ”−私馬鹿ー!!!」
とりあえず今私の脳内にまだ残っているであろう幼い私に向かって全力で叫んでみる。勿論、心の中で。
背中に回した手が自然と私の体をくうさんに引き寄せて…ってあれ、私そんなことしてないんですけど体勝手に…ってあれー?
次に口が開いて、私は小さな声で言った。
「……………………………………………もうちょっとこのままで」
あれ、どうした私。あまりの恥ずかしさにとうとう体が意思に背いて暴走をー…………………………………って、そんなことないです。はい。ごめんなさい嘘つきました。
くうさんは「そうか。」と笑みを含めながら私に答えた。

けど、本当にくうさんからはいい香りがして、とても気持ちがよかった。
このままずっとこうしていても、多分私は飽きないだろうと思った。

だけど、
「ずっとこのままでもいいかなと思ってくれてるのだろうが、残念ながら時間がないもんでな。露華、此処がどこだかわかるか?」
時間が無い…?何でだろう。
言葉の意味が判らないまま、渋々顔を胸から離して反対側に構えている風景を眺めた。
そこには見覚えるのある風景とよく似ていた。
オレンジ色の夕日が正面にある山頂ときれいに重なって、輝いているように見えた。
草木が生い茂っていて、夏の香りがする心地よくも暖かい風が斜面を登って、私とくうさんがいるこの縁側まで吹き抜けてくる。
へぇ〜、季節が違うだけでこんなにも絶景になるんだ〜。
目の前にそびえる絶景に、私はしばらくの間感動の目で眺めていた。

が、

気づいた点がいくつかある。
まず心地よい風とともに流れてくるもののなかに、違和感を覚える。確かおとといの私に記憶があるような無いような。
そして次に、さっきまでいた筈の、あの雪が盛大に積もっていた集落と同じ場所だということ。ふもとの病院が確認できないけど。
三つ目、私たちがいる場所は確か私が気を失ったと思われる場所にあった家屋だということで、その家屋の中、ずっと奥から今まで感じたことの無いような不思議な感じがする。
まだまだいくよー。四つ目、少し向こうに数多くの小さな鳥居がそびえ立つ小道が見えた。此処で確実に、今いるこの場所はさっきまでいた山村であると判明。
極めつけの五つ目。どうも夕日のちょっと上に、まるで空間にでも浮いているようかに錯覚するひび割れた部分があった。ついでにちょっとした疑念がいくつか浮上。
私はその疑念をくうさんにぶつけてみることにした。
「…くうさん、アレってヒビ、ですよね?」
「あぁ、ヒビだな。どうみても。」
「じゃぁ此処は例の結界の中ですか?」
「まぁ、そうなるな。」
「じゃぁこの家の奥に見えるあるあの真っ二つになってる小さなお札みたいなのが」
「うむ、この結界の発生装置みたいなものだ。」
「気のせいかもしれないですけど、あのヒビ広がってません?」
「あぁ、ついさっき仕事を無事終了させることが出来たからな。」
「ちなみにですね、此処ってもしかして」
「まぁ、お前が迷い込んだのはこの場所になるな。」
「後もうひとついいですか?」
「ん?」
「これってまずくないですか?」
「うむ、そこはかとなくな。」

ヒビがあった場所から、パキパキと、ひび割れるような音が聞こえてきた。
もう一度その場所を見ると、徐々に割れ目が大きくなっていっている。今にも割れそうだった。
というか割れている。思いっきり割れてる。
血の気が引いていくのが自分でもわかる。さっきまであんなにも赤面していた私の顔は、きっとめたくちゃ蒼白になっているだろう。
そんな顔で振り返ってくうさんを見る。見る。じぃ〜っと見る。もはやにらみつけてる私。
ありがたいことに、くうさんは私の目線にこめられた熱いメッセージを汲み取ってくれたらしい。
そしてにこやかに笑って、
「逃げる?」
と、首をかしげて聞いてきた。
その瞬間、パキパキとした音がビギギギギという音に豹変して、風が轟音とともに強さを増した。

私はくうさんの問いかけに、勿論こう答えた。

「あ た り ま え で す !」





崩れ行く結界を見上げながら、駆け足で最後の鳥居を抜けた先は、元の雪に覆われた山村だった。
くうさんいわく、来る時はこんなところに結界の抜け穴なんて無かったらしい。いくら境界線である鳥居が立っていたとしても、設定された出入り口以外のところにはつながることは無いのだという。
「まぁきっと、神様のいたずらなんじゃないか?」
と誤魔化されたが、多分くうさんですら理由がわからないようだった。
けどまぁ無事に助かったことだし、私は深く考えないことにした。
正直、楽しかったから、終わりよければ全てよし。
って思いたい。

「そういえば、なんで私はまたあの結界の中に入ることが出来たんですか?」
帰りの車の中でくうさんに聞いた。
「『また』、が理由だよ露華。以前入ることが出来てしまったから、体が自然に入り込むことが出来たんだろう。」
こういうことに詳しくない私には、それ以外に思いつく理由も無かったから、素直にくうさんの言葉を信じることにした。
本当はもっと別の理由があるんじゃないかとも思ったんだけど。

まいっか。

この時間なら夕方までには戻れそうだった。
クリスマスかぁ。どうせ家に誰もいないし、図書館にいよっかな。くうさんもいるし。

「くうさん、また今日みたいな仕事ってあるんですか?」
「んーどうだろうな。無くは無いと思うが。」
「もしそのときよければ、私も連れてってくれませんか?」
「あぁ、いいだろう。」

約束ですよ?とくうさんに聞こえているかどうかわからないような小さな声で呟いてまぶたを閉じる。

こんなシートよりやっぱりくうさんのほうがいいなぁ。
なんて(傍から見れば危ないこと)を考えてしまった。
顔がニヤニヤしているのを見られないように、腕を顔の上に乗せて寝ることにした。
口元は隠せなかったけど。







04.






「おつかれさま、シロ。」
跳んで来た先にはクロが既に待っていた。
丁度クロの正面に、私は出現したことになる。
「ありゃ、意外と速かったね、クロ。けどよく私がここに出てくるって判ったね。流石愛の力ってやつだね!」
「なんだそりゃ。」
私はそういってクロに思いっきり抱きつく。
くろは苦笑して私を受け止める。
「むむ、私の胸に何かやわらかい感触が。」
「そういえばまだこのままだったね。ということで早く元に戻しなさい。」
おぉそういえば、今日の朝クロの体をおにゃのこにしてみたんだった。
いっけねー、忘れてた。
「えー、今日一日このままでもいいじゃんかー。」
「えー、まぁいいけど。」
流石私の嫁だぜ。
ま、普段のクロならこんなことは言わな…………あれ、そうでもないか。けどそんなことは無いはず。
ということは、おにゃのこの体にされた理由がわかっているんだろう。

対極を転換することでの、『真っ暗』の力の抑制。
もしも今日、くうと一緒にいた子がクロと遭遇した場合の保険だ。といっても、多分今の私の力ならせいぜい一日が限界だと思うけど、
だからクロは此処までくるのにわざわざ御札まで持ち出した。
力がまったく使えないからだ。

もし、あの子の力がクロを認識するようなことになってしまったら、あの子はアレを見てしまう。
遅かれ早かれの問題だってくうは言っていたけど、やっぱり、少しでも私はそれを回避させたいと思っていた。
いつかそうなってしまったとしても、そうならなくても、私たちに近い場所にいるあの子と、いつか仲良くなりたい。なんてことを私は思っていたりするのだ。ま、例え近かろうが遠かろうが、そんなことは関係ないんだけど。

それに今あの子が見てしまった場合に、影響が出るのはあの子だけじゃない。
多分第一にくうに影響が出るだろう。本人はあのこの力に対する防御を張ってあるから大丈夫だとよ、って言ってたけど、きっとそれも維持するのに大変なはずだ。何よりそれが切れて見られたら、くうに対する影響は計り知れない。
私だって少なからず影響が出ると思う。けど、今は私よりちぃのことを優先させたい。この子を守りたい。何よりもだ。

そして、そのなによりも大事なちぃと同じくらいに、私の大事な大事なクロにもだ。
もしかしたらクロが前みたいに戻ってこなくなるかもしれない。
もしかしたら今度こそ消えちゃうかもしれない。
もしかしたらもう会えなくなる。
もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら………………



もう、そんなのはもう嫌だ。
真っ平ごめんだ。



「そう、思ったんだ。」
「ん?なにが?」
「んにゃ、なんでもない。」
「そっか。」

流石に疲れたみたい。
私はだんだんと眠くなってきた。
珍しく二日連続で早起きしちゃったし、今の私じゃ、あのくらい強い結界を数回行き来するだけで、あっという間に他力を消耗してしまう。
そんな私を察してか、クロは私の背中を優しくポンポンとたたく。
「かえろっか、シロ。」
本当なら、すぐそこに自分が昔暮らしていた家があって、様子見だけでもしたいはずなのに、私のことを気遣ってくれる。
そもそも今日此処に来てくれたのだって、きっと私を気遣ってくれたんだと思う。私はそう思ってる。思いたいんだ。



うん。

私はいつまでも貴方を愛しています。クロ。



「かえろっか、クロ」
私はそう答えて、クロの体に自分の身を預けた。

本当は帰ってから今のクロであんなことやこんなことしたりクロがはいてる下着でいやぁんなんてことも黒いサンタさんがくれたメイド服でくろとらめぇぇなんてこともしたいなぁ、なんてことも考えてたんだけど、夜までのお楽しみにしておくことにした。


これでも神様なんです、私。

と、くすくすと笑いながら自分自身に言い聞かせてみた。


「わーぷ。」








神社についた頃には、シロは僕に抱きついたままぐっすりと寝息を立てていた。こうなるとシロは梃子でも動かない。寝相は悪いけど。
仕方ないからどうにかして引きずって、布団まで持っていく。
…狙ったかのように胸に顔を埋めてしがみ付いてくる。本当は起きてるんじゃないのか?
試しに呼んでみることにした。
「おーい、しろー。」

…。

10秒経過。
聞こえてきたのは終始シロの寝息だけ。
むむぅ、最終手段を使うしかないな。

「おきたらちゅーしたげるよー」

…。

更に10秒経過。
あぁ、これは完全に寝てるな。

どうしようもなさそうだから、僕はシロを抱えたまま(自分で言うのもなんだけど)器用に布団に寝かせる。
勿論、そうなると僕も一緒にしろと同じ布団に入ることになるわけで。
まぁ、いつものことか。

まだ昼を過ぎた頃だ。
今から寝るというのもどこかだるいんだけど、仕方ないか。僕もそこそこ疲れているし、多分寝れそうだ。

そもそもシロがわかり辛い置手紙なんか残すからいけないんだ。
いきなり実家に帰るなんて言われたら誤解してしまうじゃないか。いったいどれだけ探し回ったと思ってるんだ、まったく。
……まぁ、僕の居たあの家のことだって気づいたのは、そうとう時間がたった後の話なんだけどね、うん。
だって、あるわけが無い、なんて思ってたんだから。

正直今家の中がどうなっているのか気にはなった。
夢だとしても、僕が爺ちゃんとあそこで暮らしていた記憶はある。
はたして、僕の記憶は現実とどのくらいリンクしていたんだろうなぁ、と気になったりもする。
けどさっきは、そんなことよりシロのことを優先したかった。
僕はシロの事になるとほかのことに目が向かわなくなっちゃうんだ。うん、本当にね。
それに、シロ、あからさまに疲れてたし。

にしても、久々に力の使えない状態で生活することになる。ついでに女の子にもなった。もうなる気は無いけど、それは僕の意志じゃなくて此処で僕の胸に顔を突っこんでいる神様の気分しだいだから、どうにもならないんだけどね。

力が使えない。
シロと出会う以前の状態に戻った気分だった。長い夢から覚めて、『真っ暗』になる以前の、僕。
こうなって判ったけど、結構力に頼って生活してたんだなぁと実感する。
ご丁寧に性別まで変えて力を封じてくるとはなぁ。
もしかしたらいつもの僕が、くうと一緒に居たあの子と会ったらまずいんだと思う。理由はわからないけど。
いや、考えすぎかなぁ。
もしかしたらいつもみたいに思い付きだったのかもしれないしね、神様の。

ただ、シロが僕の家の前に出現した時、なんとなく、なんとなくなんだけど、シロが来たってのが判ったような気がした。
力が無くても、わからなくても、ただ、なんとなく。

そしたらピンポイントで、僕の前にシロが来た。
シロだったら「愛だね!」なんて言いそうだなぁ。

だから僕もそういうことにしておこうと思う。



僕はシロを、いつまでも貴女を愛しています。



と、思っておく。思う。決めた。腹くくった。よし。



この勢いで神様に本当にキスでもしてやろうかなと思ったけど、僕の胸元で気持ちよさそうに寝息を立てているからやめておくことにした。
どーせ夜になったらシロが起きて僕にあれこれするんだろうけどね。
うーん、それを楽しみにしているあたりが、僕も変わったんだろうなぁと実感できる。
シロの「おかげ」なんだか、「せい」なんだか、わからないけど。

僕の体、それまでに元にもどれよ?むしろこの胸を神様に分けてやったらどうなんだ。
自分自身にそう提案したけど、これが叶うかどうかは8:2で無理だろうなぁ。



まぁ、いいか。



「おやすみ、シロ」
寝息を立ててぐっすり寝ている神様の少女に向かって、おかしな少年こと僕は一言そういった。
言いながらシロの頭をなでてやったら猫のように身じろぎした。

うん。かわいい。


さて、体力の回復でもしておくかな。
次のステージのボスは神様が相手らしいしね。

























05.







「なんだ、結局あの娘は気づかんままなのか。」

「あぁ、だから貴方のようには成らないと私は言ったはずだがな。」

「だがいずれは気づくことなのじゃろう?遅かれ早かれ。」

「そうだな。まぁそうなったらどうにかするさ。けど私はともかく、貴方のお孫さんのほうが大変なんじゃないのか?」

「あいつこそ大丈夫だろうさ。あの者がついておるからの。」

「それも、まぁ、そうか。さて、依頼された仕事は無事終了したぞクライアント。前回のもあわせて、今回はどのくらい搾り取ってやろうか?」

「おぉそうじゃったな。悪いが今回もツケといてくれんか?このとおり無一文なんじゃ。」

「…まーどうせそんなことだろうとは思ったよ。ということは、次の仕事もあると見ていいんだな?」

「前向きじゃな。関心関心。」

「誰のせいでだと思ってるんだ、まったく。」

「そう言うな。で、あの娘の異はなんだか解ったんじゃろうな?」

「甞めるな人間。だが貴方ならもう既に解ってるんじゃないのか?私以上に。」

「甞めるな○○○。といってもな、アレが浄点の異型という位しか知りえぬわ。にしても、浄点が起点の段階とは信じられんな。お前さんが言ったとおりだ。」

「だろう?ちなみに、今日の最中に結界の入り口すら見極めたぞ、あいつは。」

「占術との複合。それも無意識にか。人の規格内でここまで完成された形は久々に視たわ。」

「不完全だよ。だがこの子を完全にはしたくないな、私は。」

「おぬし自身が視られるからか?」

「さぁな。」

「まぁ、よかろう。あの娘は今ここにいるのか?」

「いや、家まで送って行った。ちょっと酒を盛ってやったらすぐダウンしてしまったよ。そもそもここにいるのなら露華はもう既に到達していなければいけないだろうに。私は珍しく実家に帰ってみただけさ。妹たちが恋しくてな。」

「もう一目拝見したかったんだがな。やむない。ワシもそろそろ撤収するとしよう。長居は無用じゃ。」

「出来ないの間違いだろうに。そもそも人間がたやすく立ち入ることが出来る場所ではないのだから。あぁ、あとひとつ聞いたいんだが、あの時あいつの結界に入り込んだのはもしかしたら四守の…………って、もういないか。」


「………知り合い?」

「ん?起きたのか。まぁ、微妙なところだな。アレでもまだ人間だぞ、一応?」

「ふぅーん。………姉さん、お腹すいた。」

「あいつはどうした?」

「疲れて寝てる。………私作ればいい?」

「やめとけ。食い物がお前の指の味になるからな。」

「………ぐぅ。」

「あーもうきゃーわいーなぁーアインはー。」

「………ひっつく、な……揉む、な……むー……」

「そんな顔するアインもきゃーわーいーいー」

「その喋り方気持ち悪い………だ、だから、揉むなぁー……ぁぅー……」



























06.








「………駄目ね。」
一昨日、あの結界と接触した場所に、私は足を運んでいた。
スキー場からはちょっと離れてるけど、みんなには黙ってこっそり此処にきている。
…昨日迷子になって此処に来れたってのは、まぁ、運がよかったのかなぁと思っておこう。うん。

『恐らく結界自体を強化したのでしょう。それに伴っての転移結界が影響してるのかと思えます。』

右肩の遣い魔が私に言った。モデルは青龍。
硬い青衣を身に纏った翼蛇のような体をしている。まさに日本に伝わる『龍』の姿をしている。
「二層以上の結界ね。しかもどれも神域レベル。本当に神様でもいるのかもね。」
ちなみに冗談じゃない。
こんな結界、多分歴史上のどの原書を手繰っても作り出せはしないだろう。まさに神域、常世より更に上位の世界だ。
そんなものは人間には作り出せないし、入り込むことだって望めるかどうかだ。

『どの世界にも規格外ってのは居るもんよ?人間にだってそうじゃないものにだってね。』

『だが、これは、規格外の、規格外。結界も、中のものも。』

左肩に居るのが玄武と白虎がモデルの遣い魔。
堅苦しい喋り方をする玄武の甲羅の上に、軽い抑揚の口調が目立つ白虎が乗っている。
「まぁ、どうせ偶然の遭遇だったしなぁ。確かにチャンスだったんだけどさ、私には正直関係ないしね。」
『それでも、貴重な存在ではあったはずでは?』
「そうね、龍の言うとおりだわ。けど私にゃ無縁の代物ね。」
私の目的は別に貴重な結界の保有ではないし。

『まーこー。ただいまー。』

遠くのほうからすずめ並に小さな赤い鳥が飛んでくる。
モデルは朱雀。どこかおどおどした性格だけど、あの子も私の遣い魔だ。
「雀、どうだった?」
『えーっと、やっぱり入れないよ。あのときより退魔の結界が強化されてる。と思う。あ、
あと、あの中にあったかもしれないっていう別の種類の結界だけど、あれは多分、多分だけど、壊されたみたい。完全に気配すらわからないんだもん。』
「そう。やっぱり気づかれたのかなぁ。」
二層目の結界、いや、ひとつの結界の中に別々の結界があったのかもしれない。けど、転移結界らしきものに介入できたのは本当に偶然だった。
けどその直後に感じた『何か』。
一応あの時はすぐさま退いたけど、もしかしたらそれで正解だったのかもしれない。
『真琴、あの時我らでも探知し切れなかった、『黒い』あれは…』
「触らぬ神に祟りなし、ってもいうわ。深追いはしないでおきましょ?それにもう明日には帰るんだから。まだ全部の温泉を回ってないし、今日で全部制覇しなくちゃ。さ、みんな帰ろ?」
『神物より、温泉か。真琴殿らしい、な。』
『けどまこ、また迷子にならないでよ?まこって私たちが居なかったら、あの時絶対遭難してたわよね?』
「じゃぁそれは私が貴方達を頼っているってことにしておいて。方向音痴は生まれつきなの。」
『…それ、言い訳じゃぁ』
「なにもきこえなーい。さぁ早く帰るよ。皆、道案内よろしくねー。」





















12月25日 終


オワリ