//おかしな少年と神様の少女//

//二匹の兎//




17.








そもそも、天使ってなんだろう。何で天使だって、思ったんだろう。

文字通り、天の、神様の使い?
もしくは、人の力では起こせないような、どうしようもなく仕方ない現象のこと、とか。
けどそれって、よく聞く『奇跡』っていうのかな。

ん、それだと『聖人』になるって、図書館にあった本で読んだのを覚えている。
ということは、クゥさんは『聖人』なのか。それにもう一人のクゥさんも。

あれ、クゥさんって、妹さんがいるって云ってたっけ。
じゃぁあの人は妹さんなんだ。そっくりというか、もう写り身レベルで同じだなぁ。

いやいやいや。
だから天使なんだって。あれは天使。
色は青白くて光っていて。翼が為っていて。生えていて。

 

いやいやいやいやいや。
だから、なんで私は、あの二人を天使だって思ったんだろう。
何で色が青白くて光っていて、翼が為っていて、鳴っていて、生えていて、栄えていて。

なんで私は、それが天使だって、思ったんだろう。
知っていたんだろう。

どこで。

いつ。

覚えたんだろう。

 

 

視たんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

17.

 

 

「露華ー。ちっすしちゃうz」

「うわぁああああぁぁぁぁああ!!」

目覚めの一発。
もちろんもらったわけではない。セフセフ。寸止めぎりぎり。危なかった。てか表現が古いですから。
飛び起きてゆっくりと目を開くと、ベットの向こう側には、ひっくり返って頭から落ちたクゥさんの姿があった。
どうやら、一発は私の方から出したようだった。思わず蹴り飛ばしたらしい。

…いや、大丈夫だよ?私の方はもらってないよ?
大丈夫だよね。眠ってる間にもらったり、というかもらわれたりしてないよね?

「ってなんで裸!?」

とっさにタオルケットを手に取って、隠すべきところを隠す。

「ねぇマコ。私」

「やっと起きたこの馬鹿魔女。もうどんなに心配させたと思って…」

「ご、ゴメン、マコ。わた」

「ちょっとまってて。今食堂からなんか食べ物もらってくるか。」

そう言い放って、マコは慌ただしく部屋のドアを開けていく。

い、いや、ごめんマコ。心配してくれたのは、すごい嬉しいんだけどもさ。
あの、私、もらわれてないかって方が心配、なんだけど…。

 

どうやらホテルにいるようだった。チェックインした部屋の中。
あの場所からは、きっとマコが、白虎さんが運んでくれたんだろう。
もっふもふの毛皮におぶさっていた感触を、少しだけ覚えている。

「どうだ。大丈夫か?」

足元でひっくり返っていたクゥさんが、いつの間にか肩肘をついて、優しそうにこちらを眺めていた。
本当に、天使みたいな顔で。

「あ…いや、大丈夫です。ちゃんと視えてます」

「そうか」と云うと、クゥさんはまたベットに上がり、近づいてくる。
だけど、今度はさっきみたいな雰囲気ではない。

私は、ゆっくり近づいてくるクゥさんを、ただ見ていた。けども、視れなかった。
そして、まるで猫でもあやすように、私の頭をなでる。

「ただな。目じゃなくて、露華、お前自身は大丈夫か?」

「え、あ…」

そう云われて、初めて視ようとすることを辞めた。
視界は普段通りの色調に戻る。
そっか、私って普段から色や流れが視えてたんだけども、
視えてたってよりも、意識的に視るようにしてただけなんだ。

「私は、大丈夫です。おかげさまで」

「なら、本当によかった。」

さっきも云ったけど、本当に天使なんじゃないか、この人。
こんな優しそうな笑顔、あんまり見たことがない。
もしかして、本当に心配して、くれてたのかな。
なんだろう、この感じ。今なら押しよられても何されても、いいような気が「あー!クゥさんまた!」

バン、と力強くドアを開けて、マコは部屋に戻ってきた。

その音に、私の体は反射的にビクっとなった。

「もう何回露華の寝込みを襲おうとしてるんですか」と云いながら来ると、
後ろから四神さんたちもぞろぞろと部屋に入ってくる。
人間の姿をしているけど、前に一度だけ見たことがあったから覚えている。マコ曰く、人間モードというやつだ。
それぞれの手には、サラダやらパスタやらデザートやら飲み物やら。

「食堂の人、日本人でよかったわ。おかげ様でこんなに料理貰ってこれたわ。
けどよかった。その状況を見る限り、すっかり調子戻ったみたいね。」

「ちょ、え、まってまって、何回もって」

「いやぁマコの監視が厳しいから、5回くらいしか」

5回!?
5回も私は何されたの!?
てかもしかしてその過程に裸!?

さーっと青ざめていく顔が、カーッと顔が赤く熱くなっていくのが分かって、
私はさながら亀のように布団に再度もぐりこむ。
クゥさんの押し殺すように笑ってる声と、マコのため息が聞こえる。
この状況で、どうやって私は布団から出て、どうやって服を着ればいいのだろうか。

 

 

 

 

 

ガキは、どこだ。

目を覚まして飛び起きる。
どこかのホテルにいるというのは分かった。二人部屋で、隣にガキが寝ているのが見えた。
寝相が悪く、シーツもタオルケットも蹴飛ばしていた。ただし裸で。
まるであの教会の地下で見た時のような、そういう姿だった。

けらど、その姿を確認して、それでなぜか安心して、俺はまた、体をベットに沈める。
言い表せない安堵感。その事に、違和感を感じる。

さて、今何時だろうか。見回してもも壁には時計はかかっていないようだ。
ただ、隅々までクリーニングが行き届いているのは分かった。
ここは俺が修学旅行で準備されたホテルより、ランクが高いように思えた。

そうか、そもそも俺がこんなところに来たのは、修学旅行でだったか。
俺がいなくても、少しは騒ぎになっているかもしれない。構いやしないが。

「目が覚めたか」

がチャリとドアノブがまわり、ドアが開く音がした。聴き覚えの無い声。だが、見覚えのある姿。
長い髪が青白くて、白いTシャツにジーパン。赤い眼鏡に、長い髪を束ねている大きな赤いリボン。
あぁ、確かに見覚えがある。あの時、あそこにいた。それも空の上に。

「アンタ、さっきの」

「さっきと云えるほど、さっきではないよ。もう朝だ。」

そういって女性はカーテンを開けると、青空とロンドンの街並みが広がっていた。
そうか、もう朝なのか。いや、昼なのか。兎に角 空は明るく、日が照っている。
少し向こうには、ロンドン塔が見える。
さっき、いやあの時はガキのせいでめちゃくちゃになっていたというのに、
きれいさっぱり跡形もなく、元通りの状態に戻っていた。パンフレットで見るとおりの造形。

「昨日のことは本当だ。私は後片付けが得意でね。」

「…アンタ、何?」

「誰、とは聞かないあたり、物分りはいいようで助かるよ。」

「いいも何も、これだけ滅茶苦茶なことばかりだと」

何を疑うべきか、正直判断ができない。
ただ、今目の前にいる「何か」と、ついでにガキも、信用してもいいと思っている。
根拠は、無いが。

「アンタがここまで運んでくれたのか」

「なに。礼を言われるまでもないさ。むしろ、私が云うべきなんだ。」

そうい云うと、ガキに蹴飛ばされたシーツを、ガキの体にかけなおした。
おかげさまで肌色の部分が減り、目のやり場が増えて助かる。ガキの裸なんぞ眺める趣味は、毛頭無い。

「あとで替えの服を調達してこよう。ちなみに君の事情も分かっている。
もう学校にも連絡はしたから、このチケットで帰るといい。」

「俺の荷物は?」

「もう手配してある。君が帰るころには、もう部屋に届いているだろう。あぁあと、このカードも自由に使ってくれ。」

テーブルの上に置かれた帰りのチケットとクレジットカードは、本物のように見える。
ご丁寧にブラックカードときているあたり、本当に只者ではないのだろう。

「少し、話をしても?」

「あぁ。」

では失礼する、と女性は云うと、俺とガキのベットの間にある、質素な感じの椅子に腰かけた。

「名は、鎹静真、で合っているのかな?」

どこで調べたのか、既に俺の個人情報をご存知のようだ。
俺は短く相づちをうつと、女性は「そうか。良かった。」と云いながら、
胸ポケットから名刺をとりだして、俺に差し出した。

「名乗り遅れたが、私はこう云う者だ。」

図書館館主。
ああ、なんだ、ここは知っている。
街郊外の山手にある、デカイ図書館。無い本はない、なんて噂もある位の所だ。
ただ、迷路だ墓だ異世界だと、あの図書館をファンタジーかなにかの場所と思い込んで、
気味悪がって行くやつは少ないとも聞くけども。

「アンタ、これ名刺の意味あるのか?」

「ん、なにか変か?」

「変もなにも、アンタの名前。偽名だろ。」

クゥ。
確かに見た目は日本人ではないし、十分に、胡散臭い出で立ちだ。
いや、そもそも、人ではない。のか。

「さぁてね。まぁ、好きに呼んでくれても構わんよ。何なら、胡散臭い人、でもいいが?」

なれているさ、と云いながら、どことなく艶やかに口元を吊り上げた。なんて胡散臭い、笑い方だ。

「なんでもいい。正直、アンタに聞きたいことも、あとは別に無い。」

「まぁ、ならいいさ。すまんが、私もこのあと、助手達とデートの予定があってな。」

自慢気に云うことでも無い気がするんだが、深く考えないことにした。

「では、私はこれで。何かあったら、その図書館にいつでも来るといい。
それこそ今回の事の顛末も、聞きたくなったら、いつでも答えよう。」

そう言って部屋を出ようとした時、「なぁ」と、勝手に俺の口が呼び止めていた。
そんな気は、無いつもりだったんだが。

「ガキは、こいつは、大丈夫なのか?」

これも、聞くつもりは、無かったんだか。
するとクゥと名乗る女性が、またこちらを振り向き、「あぁ」と答える。
それこそ、さっきの艶やかな笑顔とはうって変わって、優しそうな顔つきで。

「押し付けがましいが、その娘には君が必要だよ、静真君。」

「・・・そうかい」

半ば投げ槍な返事。
我ながら、下手くそだ。

「では、またな。」

後ろ姿は、ガチャンという音と共に、ドアの向こうへ消えていった。
どこまで見透かされているんだか。

 

「ふん。ワシよりあいつの方が、ずっと魔女らしい。」

 

ふと、ガキがため息を吐くように、本当に鬱陶しいような声でそう溢した。
寝たままの姿勢で、ゆっくりとまぶたを開く。ガキのジトメが、俺と似た赤い瞳が、俺を見ていた。

「なんだ、起きてたのか、お前。」

「まぁの、と見栄を張ってもいいのだか、正直に云うと、あやつが来たのが分からんかった。」

「なんだ。やけに素直じゃねえか。」

「まぁ、の」

本当にどうかしたのか。
昨日までの威勢がまるで無い。無いどころか、一周回って、めちゃくちゃ素直になってやがる。

「なんじゃ、その意外そうな反応は。」

「いや、まぁ。」

ベットの上で体を回して、ガキに背中を向ける。
そりゃ意外だ。
やっぱ、頭でも打ったんじゃないか?

「のう、静真。そのままで、聞いてほしいんじゃが」

少し改まったような、しかも何となく恥ずかしそうに問いかけてきたガキに、
俺は構わず「なんだ」とぶっきらぼうに返す。

「ワシを・・・わ、私を・・・嫌いに、なった?」

シーツが刷れる音。ベットを降りてバネが軋む音。

「ごめんな、さい・・・。巻き込んで、しまった、から・・・」

トス、と、俺のベットに、更に過重がかかる感じがあった。

「別に。」

また俺は、ぶっきらぼうに装い、一言だけ言葉を返す。

「じゃ、じゃあ」

背中越しに、ガキがこわばっているのがわかる。
ガキの震える体が、さらに俺の体に寄り付く。背中越しに、ガキの心臓の早さが判るくらい。

「わ、私を・・・わ、わ、私と、一緒に・・・」

「大人しくしてるなら」

構わない。
ガキの言葉を遮るように、俺はそう言った。
ガキは少し戸惑うような反応をしている。そんなにも、俺は変なことを、言ったのだろうか。

「どうせ、さっきのやりとり、聞いてたんだろうが。」

「そう、だけど。けど私は」

「ただのガキだろう。」

いや、俺もまだガキだし、年齢的に考えれば、お前の方が歳いってんだろうけど、ガキはガキだ。
別に、俺の生活に一人くらいガキが増えても、なんら、構わない。

それに、あの館主にああ言われた手前、そしてああ言って答えた手前、まあ、本当にしょうがない。

「飯くらい、作れんだろう。」

なんで泣く、コイツ。そんなに嬉しいか?
あと、泣いてる面をおれに擦り付けるな。背中が冷たい。

まぁ、いいけどさ。

「教えてくれれば、作る、から。」

その後、小さい声で、「ありがとう」と聞こえた。
ガキの小さい体が小刻みに震える。コイツが裸だから、というのもあってなのか、より一層、ガキの体温も感じられた。

俺ら二人、色白で目が赤くて。コイツに至っては、寂しいと死んでしまいそうだ。

まるで兎だ。

てか、そんな泣くくらい、嬉しいのか?
それなら、まぁ、なんていうか、とりあえず、いいか。

 

 

 

 

 

さてまぁ、そろそろ題名返上を検討してもいいかもしれないと、思わなくもない。

まぁいいや。

神社に戻ったんだけど、二人して布団を目一杯使って寝てるもんだから、蹴飛ばされた掛け布団だけ掛けて、
僕はまた一人、ロンドンに戻って来たのであった。

今更だけど、実はロンドンに来るのを、昔から憧れていたりした。

ほら、覚えているだろうか。僕がまだ抜け出せていなかったあの頃、よく部屋でオカルト本を読み漁っていた。
あの本、ちゃんと外の家にはあって、今でもたまに目を通したりするのだ。
まぁ結果として、それ以上のトンデモナイモノにはなっちゃったんだけどね。
なったというか、もとからだったというか。

正直なところ、昨日は何だかんだでそれなりに観光できたし、
本当の本場のオカルトってのも、文字通り身をもって体験できた。
これでもういいかなぁとも思ってるんだけど、彼らのことも気になるし、というこで。

「さてさて、浄天ちゃんに見つからないようにしないと。」

ともあれ、昨日の今日で、すぐに回復はしないだろうけども。用心に越したことはない。
あの助手さんは、視れば観るほどに、浄天が強くなっているようだから。
加えて、あの四神の娘も、厄介なんだよなぁ。
いつぞやの冬、シロが弱ってたとはいえ、ちゃっかり結界に入り込んできたわけだし。

そんなこんなで、既に日も登ったし、流石に空を闊歩する、なんてことはもうしない。
本当に用心するなら、「クロナ」になればいいんだろうけども、それはちと遠慮したいところ。
これでも十分、隠していると思う。

そこそこ人通りの多い路地を、西洋の独特な建築物を眺めながら、ゆったりとした足取りで進んでいく。
あぁ、これぞ観光。シロもちぃも連れて来るんだった。

あぁ因みに。
神社と外では、時間が傾いでいるので、あしからず。
時差ぼけとか、気にしない気にしない。

「なんだ黒いの。一人寂しく観光か?」

後ろから声をかけられる。
もう、シロもだけど、この人も気配なしで突然現れるもんだから。
未だに慣れない僕としては堪まった)もんじゃない。びっくりする。
というか僕、しっかりと気配を隠してたんだけども。

「そういうクゥさんは、こんなところでどうしたんですか?」

「いやね、身に覚えのある感じがしたもんでな。
わざとらしくここまで気配を絶っているもんだから、まだ何かあったのかと思ったんだよ。」

「別に無いですよ。布団を占領されていたので、僕はただの観光しに来ただけですよ。」

全く便利な移動手段だ、と、クゥさんはわざとらしくため息をつく。
嘘こけー。この人その気になれば、いつでもどこでも、好きなときに、『そこに居ること』ができるくせに。

「そういえば、あの魔女と少年は、どうしたんですか? 本音を言えば、それも気になっては居るんですけどね。」

僕が『少年』とかいう単語を使うと、何か変だなぁ。
うーん、どことなく気恥ずかしい。

「あぁ、大丈夫だ。もう心配はいらんさ。」

あとは彼らだけでなんとかなる。
自信たっぷりに、そう言っているようだった。
そういうことなら、僕がついていなくても、いいんだろう。

「それこそ黒いの。お前こそ大人しく、神様と神の子に着いていてやれ。
子供の成長というのは、本当にあっという間だぞ?」

「まぁ、そうですね。頃合いを見て帰りますよ。」

大丈夫ですとも。夜泣きが始まれば、僕もすぐさま帰りますから。

「あぁそうだ。クゥさんに聞きたいことがあるんでした。」

「ん、なんだ、珍しく。」

一拍置いて、僕は聞く。

「あの魔女っ娘、『時間を弄れる』んですよね。」

核心。僕が想像できうる限りの。
「ほう」と、クゥさんが含みのある反応をするあたり、大方の予想は、当たっているようだ。

昨日、あの魔女っ娘の魔力が切れたとき、容姿が大人から子供へ戻っていた。それだけならきっと、そうは思わなかった。
アインさんも子供化してたし。
ただそこで思い出したのは、
魔女っ娘が隔離、いや封印されていたあの教会には、『時間が傾ぐ結界』がされてあったということ。
多分仕掛けたのは、目の前の天使様。
それを突破したのは、あの魔女っ娘。
あの少年や協会と呼んでる集団が入れたのは、予め『特定のモノだけが入れるようになっている』から。
なんか、結界と云うよりは、ただのドアみたいだ。鍵を持った人しか出入りできない。
けれど、鍵によっては、中の世界が変わる仕組み。
まぁあと、クゥさんが関係していたということ。正直、それがデカイ。

「と、云うことです。」

「まぁ、合ってはいるが、ダイジェスト式に伝えんでも。」

これぞ語り部の特権。
何か、久々だなぁ、この感じ。

「けれども、助けたかったって云うのは」

「あぁ。本当だ。紛れもない。だからこそ、少しばかり反則技を使って、時を待ったんだよ。まぁ、少し例外はあったんだがね。」

「反則、ですか。」

「あぁ、反則だ。」

知るべきじゃない。識るべきじゃない。
居るべき場所じゃない。と。
クゥさんは繰り返し呟く。

だからこそ、兎を籠に容れ、露すら溢さない。

「なんか、ややこしいですね。」

「だからこそ、分かりやすい方がいいだろう?」

「まぁ、確かに。」

クゥさんに小突かれながら、そう答えた。
まぁ、それが一番いい。ややこしく考えると、良くないことばっか起きるもんだ。
そんな僕の顔も、クゥさんのように少し緩んでいただろう。

「じゃあな黒いの。私はこれからデートなんだ。あ、これ云うの、今日で二回目な。」

この人がウィンクしながらまるで女の子のように手を降って云うところ、初めて目撃した。
いややっぱり、なんか、いつもしてそうだ。
まぁそんな可愛いげある仕草をオプションするくらい、「大事なことなんですね。」

「本当にお前は。いつも一言多いんだよな。」

おっと。ばればれ。
もうこの人といいシロといい、なんでこうも僕の思考を読み漁ってくるんだか。
まぁ、語り部だからね。仕方がない。

 

 

 

 

少し時間が経っていた。
とうに昼は過ぎて、太陽も傾き始める。外の明るさも少しずつ陰って来る頃だった。

この時間は嫌いだ。
訳もなく、なぜか、焦りを感じてしまうからだ。

彼はそう考えながら、テーブルの上におかれた切符を眺める。
結局はどうでもいい事だと、自分の思考にもこの状況にも、結論付ける。

ホテルのルームサービスが、そこそこ大きめの手提げ紙袋を数個持って来たのは、およそ十分前くらいであった。

紙袋の中身は、多少ゴスロリのような雰囲気のある洋服だ。もちろん図書館の館主からだと理解した。
けれど、紙袋のメーカーを見る限り、到底想像できない額のモノだとも理解できる。
ゴスロリ。先の少女の、魔女の装いを考えると、おそらく似合うだろう。

その肝心要の、彼の背中にいた少女といえば、いつしかまた寝息をたてて、彼のベットを占領していた。
いい加減起きて、いい加減服を着てもらいたいのだけども。
それなら、蹴り飛ばして起こしてみるか。いや、投げ飛ばして起こしてみるか。この際、叩き起こしてもいいのだろうとも思ったんだが。
彼がどの選択肢も選ばなかったのは、その後の面倒を考えてのことだった。
昨日の今日で、目の前の騒がしい小動物にたいして、相手にできる気力も時間も持ち合わせていない。

だからこそ彼は、エアコンの温度設定を限りなく下げて、風量も最強にした。長袖でも、寒いと感じるくらいだ。
で、布団の近くに、着る順に少女の服を置いていく。
すると少女は、「うー・・・」と喉から唸るような声をあげ、布団から手を伸ばして服をワシッと掴む。
布団の中に引っ張り混んでモゾモゾと着替え始めると、次の服を順々に取り込んで、布団の巣のなかで身に付けていく。

うまくいくもんだなと、我ながら感心する。
たった2日で、ここまで扱い方が上手くなるなんて、思ってもいなかった。

「んー・・・静真・・・どこ・・・起こして・・・」

餌を食べ終わった兎が、今度は布団から両腕を空に伸ばした。
あぁもう面倒だ。まんまガキだ。
そんな風に思いながらも、何だかんだで少年は少女の細い両腕を引き、体を巣から引きずり出す。
さながら、耳を捕まれれ捕縛された兎。

このガキを引きずって空港まで行かないとってのが、すこし億劫だ。
特にもう回るところなけりゃ、唯一姉貴への土産(食い物)も買って送っている。
あぁ、姉貴だ。子のガキ連れていったら・・・めんどくせえ。本気でめんどくせえ・・・。

「やっぱ置いてくか」

ボソッと呟いたのが聞こえたのが、ガキが少し表情を曇らせて、「うー・・・」と鳴く。
あぁもう。

「わかってるっての。連れていくっての。ったく」

嘆息しながら吐く。それなのに、ガキの表情は少し和らいで、照れてるように顔をごしごしと掻く。

このガキに、俺が必要。か。

先ほどの館主と同じように、サイドテーブルに添えられた椅子に、ゆっくりと腰を下ろす。
彼が敢えてなにも考えないようにしたのは、恐らく正解だろう。
知らないことが多すぎるのなら、とりあえず、知ることから始めるべき。
その結果、さらに謎は深くなる一方。
あもありなん。彼にとって、今の今まで関わりのない世界に居るのだから。

さっき館主に云ったのは、まだどこか信用ならない、それこそ胡散臭いと思ってのことだ。
それに、彼自信頭の整理がついていないためもある。
けれどどうやらまだ、あの館主に聞くことがあるようだと、彼は思っていた。
その為の、目の前の空港チケット。早く戻って、私のところに来い、なんて言われているようだった。
「・・・ん?」

まて。
まてまて。
このチケット。

「30分後」

思わず飛び上がると、サイドテーブルの上にあるものをポケットに無理矢理いれて、少女の手を引っ張った。
彼は彼自信を恨む。早くみておけばよかったと。

「おい行くぞ」

「え、し、静真、ちょっと」

図らずとも、その絵面は彼と少女が初めて遭遇した、その時と同じであった。

 

 

 

このあと、何とか空港まで間に合って、彼は少女を連れて日本に帰る。
同じ頃、露の魔女一行は、相変わらず館主に振り回されながらも、ロンドンの街中をわいわい歩いていく。
また、例の神社では、神様とその娘が、黒い彼の帰りを待っていた。

さて、その後また色々あるのだけども、その『物語』は、また次の機会としよう。
さっきも云ったけどさ、そろそろ僕も帰って、ゴロゴロしたい。

 

 

 

 

//おかしな少年と神様の少女//

//二匹の兎//

 

オワリ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局のところ、初めから決まってたこと?」

「いやー、どうなんだろう。てかその質問って、私には酷じゃない?」

「それもそうねぇ。」

昼頃。
四守の屋敷には、滅多に来客はない。もちろん公共機関を除いてだ。
だからと云って、近所付き合いが悪いわけではなく、其れはこの縁側でお茶をたしなんでいる、四守琴杷だからこそだ。
髪は肩口までで切っていて、娘同様に軽いウェーブがかかっている。
そのせいか、見た目はふわふわとしていて、どこか頼り無さそうな、逆に言えば優しそうな雰囲気ではある。
だがこれでも四守の当主であり、必要な状況になれば、今の姿からは想像もできないほど、厳格で冷徹になる。
今はその必要がないから、滅多にない知人の来客に、こんなにも気を許しているのだ。

縁側に出された茶も和菓子は、そこそこ値が張る代物だ。そこそこ、なのは、あくまでも琴杷が『主婦』だからだろう。性分なのだ。
それでも、知人はさも美味しそうに頬張っている。昔から変わらないなぁと、琴杷は懐かしい思いに更ける。

「私が前に行ったときは、あの女の子のところにいつか王子さまが来て、
助け出してくれる、てとこまでしか観得なかったのよ。」

「相変わらず結露は乙女よねぇ。表現がロマンチックというか、なんというか。」

「そりゃ女の子だもの。母親になったって、それは変わらないわ。」

「母親っていっても、もう何年、露華ちゃんに会ってないの?」

「う、うぅ。15年、だけど。」

「まったくもう。たまには家に帰りなさい。仕方ないのは解るけど。」

琴杷はすこし厳しく指摘する。
善処しますとしょんぼりした知人は答えて、お茶をすする。

「けどさ、琴だっているし、琴の子とも仲良いのなら、あんまり心配してない、て言えば嘘だけどさ。
はじめの頃は一緒にいれたけど、もうあんな思いはしたくないし、露華にさせたくないの。それに。」

「クゥのところも、よく行ってるみたいよねぇ。なんか、昔の私たちみたい。」

「そういえば、学校終わって、よく遊びに行ったなぁ。いつしかお互い色々あって、行かなくなっちゃったけど。
てか、それよ。あの女の子、クゥと関わり合ったって。しかも今回のだって、結局はクゥの差し金みたいな。」

「そうみたいねぇ。けど私は真琴から聞いたのと、結露から前に聞いた話でしか知らなかったから、
そこまで今回の状況は分からなかったのよ。いっそのこと、こっそり図書館にいってみようかしら、なんて思いもしたのよねぇ。」

けども、恐らく無理だろうと、琴杷はわかっていた。
あの図書館は、あの館主が居ないと、何故か近寄れないのだ。道は一本なのに、何故か近寄れない。
気が付くと、元の入り口から出てきてしまう。
まぁ、今はどうか、わからないけれど。

「その女の子、本物の魔女なのよね?」

「まぁ魔女というか、魔書、というか。けど女の子よ。
自分の時間が傾いでいようと、きっとあの子は、その王子さまと一緒の時を過ごして、一緒に老いて、一緒に幸せになるのよ。」

「それも観得たこと?」

「いえ、これはただの、女の勘。」

変なところでロマンチックなのに、変なところで大雑把なんだから。
琴杷にとって昔から変わらない知人、いや親友である結露は、和菓子を頬張りながら、澄んだ青空を眺めていた。
そういえばいつも結露は、こうやって高い空を観ていたなぁと、琴杷は思い出す。

「けど、クゥは本当に、あの女の子を救いたかったのね。あの人でも、悔いることはあるんだなぁ。」

「それはそうよ。私たちと同じ姿をしているんだし。ほら、私たちが最後に図書館に行ったときも、なんか寂しそうだったじゃない。」

「そういえば。なんか、人間よりも人間らしいわ、あの人。」

お互いくくっと笑いあう。
自分達の娘が、あの頃の自分達のように、図書館の館主と居て、手をさしのべてくれる。
そんな状況に、どこか懐かしくて、どこか嬉しいのだ。

「さて、そろそろ行くわね。露華に見つかったら大変。浄天回避も長くはもたないし。
それに、どこかのだれか達がが、露華にいい機会を与えてやったせいで、私が観得てるのよりもかなり成長してるみたいだし。」

「止めはしないわ。けど、結露もほどほどにね。」

琴杷がそう云うと、善処するわ、と二度目の口約束を交わす。
決して同じ場所にとどまれない露の魔女は、またどこかの世界に旅に出るのだろう。
それは現世か隔世か。行き先はきっと決まっていない。

「今回はたまたま騒ぎが起きてくれたお陰で、こうやってこの町に来れたわけだけどさ。けど、また近いうちに来るわね。」

「その時は、露華ちゃんに会ってあげてね」

はーい。と、結露は背中越しに返事をすると、正門から姿を消した。
善処する、よりは信用できる返事だと、琴杷はそう思いながら、最後の一滴を飲み干す。

「さて、お洗濯しなきゃ。やることは沢山。」

炊事洗濯、それにお風呂を沸かしてと。
日常はこんなにも慌ただしくて、けどそうしているとこが嬉しくて。
琴杷はお茶とお皿の乗ったお盆を片付けながら、そう思ったのだ。





ツヅク