//おかしな少年と神様の少女//





03.

手を引かれながら階段を上り、息を切らしながら古ぼけた神社の前に出る。
もう何百年も前に立てられた神社だ、ということを見てすぐに理解した。だがその割には柱もがっちりしていて、苔に覆われた瓦の屋根も形が崩れていない。
けど、賽銭箱だと思われる木箱はボロボロで、苔には丁度いい苗床に為っている様にも見えた。

「よいしょ」と云いながら、少女は境内の入り口の前に腰掛けた。
僕もそれに続いて、少女の隣に座る。

「さてさて。もう一回聞くけど、君はどうやってここに来たか解らないんだよね?」
「残念ながら」
「そっかー。ところで君は何なの?」
「何なのっていうと・・・何が?」
「だって君人間じゃないでしょ?」

さすが神様。おっしゃることがオカルトだ。というかさっきから僕を人間的に否定するんじゃない。あってるけどさ。
まぁ表情を見るからに、素で云っているのだろう。
それに、かなり前にも同じようなことをいわれたような気がして、僕が少女の言葉が変だとは思わなかった。

「あー、爺ちゃんにもいわれたなぁ・・・よく解らないけど、僕自身は人間だと思ってるよ。」
「爺ちゃんって、君の?」
「そう。拾われて僕は爺ちゃんの孫になったらしい。」
拾われただか、助けられただか、ちゃんとは知らないけども。
「いい人なんだ」
「うん。僕の唯一の他人じゃない存在だと思う。生きることに必要なこととか、勉強とか、人間のこととか、いろいろを教えてもらった。」
「君は人が嫌いなの?」
「嫌い、に近いかな。」
「へー。私は人間が好きだよ?もう何百年も人と話してないけどさ。だからこうやって誰かと話すのも久しぶりで、うれしくて。」
少女がうれしそうに笑う。
純粋無垢な笑顔とか、無邪気な笑みとかっていうのは、このことを云うんだろうと思った。

「腐ってても?」
「え!?腐ってるの!?」

反応も面白い。

「いや・・・性格がね。自分で言うのもなんだけど。」
それに、決して変な意味で腐っているわけではない。僕は健全だ。健全に目の前に居るような美少女が好きだ。それだけは唯一普通だと思ってるんだから。
「あーなんだー、びっくりした。」
冗談が通じないらしい。存在自体が冗談の塊のようなものなのに。
「腐ってたらもっとこう、その辺の妖怪みたいにべとんべとんな君を想像して・・・」

・・・どうなんだろう、冗談が通じないというより、天然なのか。

「この神社は人間が建てたものなの?」
「うん、もうずーっと昔の話。だからあんまり覚えてない。」

少女は手をかけている木の板を、愛おしそうに撫でながら言葉を続けた。
「昔は人もここに来ることができて、いろんな人が遊びに着たり、祭りをしたりしてた。私にもこれでも仲のいい人間とかいたんだよ。神様だから何だーって子がいてね。けど、いつの間にか居なくなって、気がついたら何年も何十年も時間がたってて、誰もこなくなっちゃった」
本当に表情に出やすい神様だ。作り笑いのような苦笑いのような、そんな顔だった。
ここで、やっぱり僕が意地を張って『僕は人間だ』って言ったらダメなんだろうな。
人間だから、そんな百年も生きられないし。多分。

「だからね、君がここに来てうれしくて。」
こっちを向いて、恥ずかしげも無く少女は云う。
「本当は嬉しいとか思う前に、君がここに来れた理由を探さなくちゃいけないんだけどね。君なら私と一緒に居られるかも、とか思っちゃって」

少女の頬がほんのりと染まる。
反則的な笑顔。

そもそも対人能力のない僕には、そんな純粋で濁りのない目すら、直視できないというのに。
というか、神様とか嘘か本当か解らないようなことを言われた上に、こんな見ず知らずの少女にいきなりに『一緒にいて』とか云われる。
普通ならただの変人で済むけど、今ならそんなこといっても理由にならない気がする。
けどもし、この少女が本当に神様なら、「一緒に居られる」というのは本当なんだろう。

「・・・どうだろうね」
「えーそんなー」
「初対面のヒトにそんなこと言うもんじゃないだろう。曲がりなりにも君は神様なんだろ?」
「ホンモノの神様だってば、もー神様ににそんなこと言うもんじゃないでしょ?」
「まぁ、そうだね」
頬を膨らませてそう云った。
どうやらホンモノらしい。

「さぁ、その神様に知りたいことを何なりと言ってみるがよい。」
「なんだそれ。」
「あははー。ほら、私、曲がりなりにも神様なんでしょ?」
「じゃぁ・・・」

爺ちゃん曰く『お前は形は人間でも、中身は人間じゃないからな』。
神様曰く『だって君人間じゃないでしょ?断定はできないけど』。
こんな馬鹿げた事を証明するのに二人もいれば十分だろう。

「『真っ暗』・・・」

「え・・・?」

空気がとまったというのはこんな感じなんだろうか。
少女が驚いたように僕を見る。
どうやら僕は不味いことを言ったらしい。
少女の反応に、少したじろいでしまった。

「あ、いや、爺ちゃんは僕は『真っ暗』だって」

「あー、うーん、そっかー。」

少女の顔が少々曇った。というより、困ったような顔になった。

「・・・後はなんかない?」
「後か、そうだなぁ・・・僕自身のことはそれしか知らないからなぁ。記憶すら虚ろだし。」
「そっかー・・・そっかー・・・・・・」

「『真っ暗』がそんなに不味いものなのか?」
「うん・・・まぁ、とりあえず味は不味そうだけど。」

作り笑いが下手だ。冗談も微妙だ。

「そっか。」

これ以上聞かないことにした。
少女の曇った顔を見たくない、と思ったからだ。

 

「ところで、君は本当に神様なのか?」
「さっきからいってるじゃんかー。」
またまた頬を膨らませた。

「にしては緊張感が無いというか、ノリ軽いというか。」
子供と云うか。これは云わないでおいた。

「これこれ、あんながっちがちの強面神様達と一緒にしないの」
「いやなんというか、よく古い絵とかそういうのなら、厳ついおじさんとかおおいし。大体神様ってあんな感じなのかと思ってたんだけど。」
確かに女性の神様も居るのは知っている。
けども、いい神様と云うのもあれば、神社に封じて祀りたてられる神様も居る。
生前に封じられるだけのことをした、ということだ。
確かなのは、少女はそう云うものには見えないこと。

「えーちがうよー。」
「けど巫女服だしさ。巫女服の神様なんて居るの?」
「いるよー。人間も神様になれるんだし、それなら巫女服の神様だって居てもおかしく無いじゃん?」
「そんなもんなんだ。にしても君は何か・・・」
「何か?」
「いざと云うときに駄目そう。」
「は、はっきり云うなぁ。けど私だってすごいんだよ?やるときはやる女なんだー。うへへへへー」
「その機会が来ないことを僕は祈るよ」
「へ、なんで?」
「危ない時とか、そう云う場合が多いから。」
『物語』だと、特に。

「はは、成る程。」
図星のようだ。

「どうせ起こっちゃうんだけどね。私と君が会っちゃったから」
「あー・・・そっか」

成る程。
と、何故か納得できてしまった。

気がついたら、空が橙色に近づいていた。
どうやら『ここ』と『向こう』、時間の流れ方は同じらしく、いつの間にか夕方になっていた。
時間を忘れるほど、楽しかった、と云うことだと思う。よくわからない感覚だけども。

「さて、今日はもう帰るよ。」
「うん。」

何か、やけにあっさりとした返答だった。
まるで僕が帰ることが判っているみたいな。
いやそりゃ帰るけどさ。『ここにとめてーいっしょにねよーう』なんて、いくら一人ぼっちだとしても、こんな美少女に云うほど僕は変人じゃない。

そういって立ち上がると、少女が僕の袖を少し引っ張った。
あれ?

「・・・また来てくれる?」

そう云うと、悲しげな表情でこちらを見る。
本当にわかりやすい。というか、わざと遣ってるんじゃないだろうな・・・。
まぁけど。

「どうせ暇だし。来るよ。」
「・・・うん。」

というと、少女がにっこりと笑った。少女瞳が少し潤んでいる気がする。

「そういや、どうやって帰ればいいんだ?」
「そーだねー・・・あ、ちょっと待ってて」

少女は境内の戸を空けて中に入っていった。
埃だらけのせいか、中はよく見えなかった。

がしゃんがしゃんどっこん
「ふにゃっ!!」

「・・・あー、大丈夫?」

「うん・・・・・・痛い・・・」
中から出てきた少女は埃だらけだ。せっかくの巫女服がもったいない。

じゃなくて。

少女の手にはよく見るお札らしき物があった。
「これがあれば自由に出入りできるから。特別に入り口が無くても、ここに着たいと思えばいつでもここにこれるようにしております!奥さんどうです!?」

何百年もここにいるくせになぜそのネタを知っているんだ。

という突っ込みはいいとして、

「まぁ、わかった。」
「なんだよー、ノリ悪いなー」
「ネタが古いんだよ。」
「うにゃっ!しょーっく。これしか今に通用するネタ知らないのにー」
「だから古いって・・・」
「あ、ちょっとだけいい?」
「なんだ?」
「まず一に、君を何て呼べばいいかな?」
「好きにしてもいいよ。」
「君を?」
「ちがうわ。」
なぜそこで悲しそうな顔をする。
「冗談冗談。そだね、じゃあ今のところは私はシロ。君がクロ。」
「うん、わかった。それじゃぁ」
「もひとつ!・・・明日もまたここに来てくれるんだよね?」
「じゃないのか?」
「あー・・・うん・・・わかった。じゃあねクロ」
「うん、じゃあシロ」

そう云って少女に背を向ける。
札を手にとった。

 

 

戻った先は家の玄関。どうやら帰りはイメージする場所に戻れるらしい。

てかどーよ僕、神様と直に会って話した感想は。

と、考えたのだが、不思議と何も思わなかった。
いや思わないわけではないけども、驚いたとか、なんだれありえねぇすげぇ!とか、そういう感想は無い。
けども、またあの少女と会いたいなぁと、頭の片隅で考えてしまっていることは、ごまかせそうになかった。

ただ、一つだけ。

「『真っ暗』・・・。」

爺ちゃんが僕に向けていった言葉なのに、なぜあの少女は驚いたのだろうか。
あの少女に聞くというのも、少し気が引ける。なぜだか。
けどかといって考えるも、僕は何も知らないわけで。

ということは、爺ちゃんに聞くのが一番手っ取り早いのだろう。

後三日は帰ってこないけど、暇はつぶせそうだし。そんな急がなくてもいいかと思う。
思うんだけども、なんか、ゆったりと三日間を過ごせそうに無い。
そんな気がする。

ああそうだ、明日はお菓子でも持っていってみるかな。きっと驚く。なんだこれーって。
うん。あまり神様とか『真っ暗』とか、そんな意識しなけりゃいいんだし。
考えたってしょうがないし。

しょうがないから、とりあえず僕はご飯を食べて風呂に入って寝ることにした。

 

 

 

 

 

 

そういえば、なんでさっき僕は、名前を思い出せなかったんだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜になると、星と月明かりに照らされるこの世界は、なんと美しいことか。
だが果ては無く、延々と遠々と続く地平は、ただただ空しく感じる。
それでも、この世界が彼の願う世界であるのなら、私の願いもやっと適い、叶うのだ。
だから、私は彼との約束とともに、願う世界を繋ぎとめるために、今までずっと、待っていられた。

「また、三人で。」

何度目であれども、私は待つ。いつか、そう決めたから。









 


ツギ