//おかしな少年と神様の少女//





04.


果てなく、暗い。真っ暗。


一寸先は闇、ってのは、物理的な意味でならこういうことなんだろう。


今自分が立っているのかも解らないほど、あたり一面の暗闇。

足が地面についている感覚がない。体全体に、昨日のような嫌な浮遊感を感じる。

こんなにも夢はリアルだっただろうか。五感も機能しているようだった。

ただ、無味で無臭で空気に触れる感触も無く、視界の暗闇と頬をつねた若干の痛覚だけ。


その僕の五感が示す。

直感的に思うに、なんか、ここは嫌だ。

「〓〓〓 〓 〓〓〓  〓〓   〓〓〓 〓〓〓」


耳元にノイズのような音が聞こえて、瞬間的に体が震えた。

すぐさま後ろを振り向くも、同じく暗闇が広がるだけで、気のせいだったのかと一度錯覚した。

「〓〓〓  〓 〓〓〓   〓」


だが、また耳元でノイズが走り、僕に不快を与えた。

今度はゆっくりと振り向く。果たして後ろはこっちであっているのかわからないが、視界の端から何かが入り込んだ。

人の形をした白い塊が、少し離れた空間に、僕と同じ目線で立って居た。

白が黒の境界を侵食しているかのように、塊の輪郭は不気味に蠢いていた。あまりいい印象ではない。


多分、無表情で僕のほうをじっと見てる。そんな気がする。

僕もきっと、無表情で塊を見つめていた。

そのまま数秒対峙した後、人で言う口の有る辺りが開いて、向こう側の黒い暗闇が見えたと思うと、その先からまた同じようなノイズが発せられた。


「〓〓〓〓  〓〓 〓 〓」


聞き取れない。

聞き取ろうとすると、耳が反射的にノイズに変換している。

ピアノの不協和音のような、子供の甲高い泣き声のような、テレビの砂嵐のような。

それが入り混じった、声。


「〓〓〓  〓〓〓  〓〓 〓〓〓〓〓〓 〓 〓」


何だ?何て言っているんだ?


「〓 〓〓〓〓〓 〓〓 〓〓〓〓〓〓」


だから、なんていってるんだって。


「〓 〓〓 〓〓  〓〓〓〓」


この時、更に塊の声が大きくなり、激しい不快感を体が感じた。

既に耳からではない。脳に響く雑音。

視界もゆがみ、塊の形がゆらゆらと波打つ。


次第にノイズが大きくなり、これじゃあ立っていられないと思った瞬間、


ぴたり


とノイズがやんだ。



多少息が荒れたまま、視界の中心に改めて塊を据える。


「・・・・・・・・・・・・」


塊は再びゆっくりと口を開き、今度は僕にはっきりと認識できる音を、声として発した。









「おはよう、僕。」














「・・・え?」










ごーん、ごーん、ごーん、ごーん。


・・・・・・・・・・・・今日は悪い夢と時計の音で目が覚める。

時計が四つ鳴ったということは、まだ4時なのか。


あまり広くない家には音がよく響く。

早く寝たせいもあり、僕は朝早く目が覚めてしまった。と云うことにしよう。


寝たままの姿勢で手を伸ばし、カーテンを開ける。窓の向こうは外はまだ薄暗く、ぼんやりと霧がかかっていた。

『まだ寝かせろ』と言わんばかりに拒否する体を起こして、布団を押しのけて立ち上がる。

立ち上がって背伸びすると、ポキっと腰から景気のいい音が鳴った。


枕元には着替えと時計と御札が置いてある。


「・・・おはよう。」


おはよう僕。

僕と僕の二度目のやり取り。


悪い夢、神様からもらった例の御札。

悪夢が僕の目を完全に覚まし、御札が今日一日するであろう苦労の数々を、朝から物語ってくれた気がする。


悪いほうの夢は、忘れよう。




着替えて朝食を取る。

「いただきます」

メニューは生野菜とご飯一杯。所要時間は10分もかからなかった。

「ごちそうさま」

それでも十分に落ち着ける。正直なところ、まだ悪夢の余韻は抜けない。若干、まだ五感が来るっているような気がする。

本当は今食べた朝ごはんは、全て腐っていたとか。

「・・・ってのは、ないか。」

残念ながら僕は普通の人間だから、そうだったら今頃トイレと仲良しだろう。

けど、人間じゃないんだっけ?

そもそも、腐っている僕が腐っているものを食べても、きっとなにも、間違いはないと思う。


まぁいいや。


食器を洗って仕舞い、ひと段落ついても、時計はまだ4時半を回ったばかりだった。

外はさっきよりも明るくはなって、霧もうっすらと晴れてきていた。

まぁけど、早起きは三文の徳とよく聞くけども、実際やることがない。


「ためしに外に出てみるのもいいか」

と、サンダルを履いて外に出る。


この集落の朝は閑かで気持ちがいい。特に夏のこの季節は朝が涼しくていい。昼間の暑さが嘘のようだ。むしろ、この涼しさが、嘘のようだと僕は思う。

うっすら霧のかかった山々が、なんともいい具合に雰囲気を出してくれている。

前言撤回。たまには早起きもいいのかもしれない。きっかけがよければ直いい。


冷えた手をポケットに手を突っ込んだら、例の御札が出てきた。

あれ、さっき着替えたときに入れたっけ。入れた覚えはないんだけど、まぁいいや。


その例の御札を手に取り、さめたばかりの頭で少し、考察してみる。


この御札は昨日、僕をあの少女・・・いや、シロのいる場所から、ここへ帰してくれたモノで、同じように「向こうに行きたい」と思えば、再び連れて行ってくれるという。

どういう原理でそんなことができるのかは、これぞ『神のみぞ知る』というものだ。

あの調子じゃ、その神様本人もわかってはいなさそうだが。まぁ、これはいいとして。

今知っている限り、この御札で可能なことはそれだけだ。


・・・これくらいだと思う。

僕の頭で考察なんて、そんなたいそうな事は出来ないみたいだ。


けど、条件は有るのだろうか。

例えば使用回数とか。

実は使い捨てでしたー。なんてことも無くはない。


「でなきゃ、またこの神社にこれないよなぁ。」


判ったことが一つ。

このお札を持ったまま、少しでもこの場所をイメージすること、移動できるようだ

ただ、出た場所は昨日と違って神社の目の前であることから、僕のイメージを厳密にトレースしてくれたようだ。そうなると、下手にこれをもったまま壁の中やらそう云うのは、考えないほうがいいのかもしれない。

そう考える前に、僕はまたポケットの中にお札を入れ込んだ。


時間の流れは同じのようで、こちらもまだ日の出前だった。

まるでさっき見た山の中みたいだ。山から下りてくる薄い霧が足元を這うように流れていく。

霧に足をくすぐられるような感覚。

そうか、あの涼しい感じって、ここの空気と似ているからだ。


境内のとは半分だけ空けられていた。というか、昨日僕が去った時とまるで同じ状態。

もっと簡単に言うと、そのままだった。

「・・・お邪魔します」

悪いとは思ったが中に入れてもらう。

けど中は暗く、よく見えない。しかも少し埃っぽい。

本当にシロはここで寝泊りしているのだろうか。

そもそもシロはどこだろう。姿が見えなかった。

まだ朝早く、寝ていると悪いなと思って、声を出さなかったんだけども、それ以前に居なかった。


なぜだろうか。

僕はシロがいないということに、少しだけ、焦った。


うーん、なんだろうこの不安定な感じ。

爺ちゃんが温泉で家を空けたときは何も感じなかったのに。

なぜだか、昨日合ったばかりの神様少女が居ないことに、奇妙な違和感というか、何かそういうのを感じた。


・・・落ち着こう。

朝から悪い夢を見たせいだ。多分。


チリン。


すると、そんな僕の不安をぬぐうように、神社の裏のほうから鈴の音が聞こえた。


あ、あっちにいる?


なんて、安心感、安堵感、期待感。

もしかしたら、とか思ってしまった。


うーん、どうも今日の僕はやっぱり、僕らしくないような気がする。



兎も角、音の聞こえるほうへ向かう。

よく見ると境内の脇に、神社の裏へ抜ける道を見つけた。

通り道はまるで藪のようだったけども、僕くらいの図体なら難なく通れる。となれば、シロも通れるのだろう。と思う。

それに足元はしっかりしている。シロが頻繁に行ったり来たりしていることがよく伺える。




ガサガサと藪を抜けると、神社の裏には美しい湖が広がっていた。

その湖を含めたこの神社の裏の風景は、最早屋久島なんてめじゃねーぜ、てな具合に、

ありえないくらいに神秘的なものだった。


「・・・・・・・・・あー・・・」


僕唖然。もうため息も出やしないくらいだ。

振り返ると、神社の本殿があり、あたりは草木で生い茂っていていた。

この神社自体、3分の1程度は草木で覆われているのがわかった。


チリン。シャラン。

鈴の音に引かれて、湖のほうに体を向ける。すると、ずっと遠く、恐らく湖の中心あたりに、シロが居た。

両手には鈴のついた玉串だろうか、そのようなものを手に持っている。後ろで結っている長い黒髪が、シロにあわせて揺れているのが辛うじて見える。

なにぶん遠いもんだから、しかも僕は元からあまり視力もよくないもんだから、見えにくい。


ただ、この大きな湖の中心に一人で舞うシロは、この絵はどことなく寂しそうだった。


シロが僕に気づくまで、ここで見ていてもいいだろうと思ってい・・・・・・ん?あれ?

よく見ると、いつもの巫女服では無い気がする。ちょっと暗くて観辛いけども・・・。

少し前に出ようと脚を動かそうとしたら、足元に何か有ることに気がついた。


「・・・巫女服?」


巫女服だ。見事に脱ぎ散らかした、巫女服であった。

と云うことは・・・・・・と、いうことはー・・・。



・・・気づいてしまった。

この雰囲気を台無しにはしたくないが、気づいてしまった。

さっきも述べたが、僕はあまり目はいいほうではない。たまに眼鏡もかける。

幸か不幸か、今はその眼鏡をかけていない。それにまだ早朝で、視界は青みがかっている。

ただ、晴れてきた霧のおかげか、シロの姿がはっきりと見えてくる。

幸か不幸か、肌色の割合が多い。きれいな肌色の、子供らしい体つきが、細い腰が、ちいさな胸が。


「あっ!クロだー!!おーい!!」


すぐにシロが僕の存在に気がついた。

どういう原理で水面を走っているのかは兎も角、湖を元気に駆けて僕のほうに走ってくる。

近づいてくるたびに、僕の懸念が現実へと変わっていく。


もう無理だ。シロから目をそらして、下を向く。

言った様に、僕は健全な少年だ。だからこそ、これは、ちょっと、強すぎる。

けど、目をそらした先には、シロの巫女服が乱雑に脱ぎ捨ててあった。


 だめだ。詰んだ。


「おーい!!」


あいにく僕は、自然と赤くなる顔を抑える術を知らなかった。











ツギ