//おかしな少年と神様の少女//





05.

術を知らない、とかどうこう言ってないで、早く止めないといけないんじゃないか。
このままじゃ、色々、危ない。

「シロストーップ!」
この広い湖では、声もよく響く。反響して、空気に余韻が残る。
初めてこんな大声を出したような気がする。喉が少し痛い。
5、60メートルは離れているだろうか。果たしてシロまで届け、僕の全力。

「なんでー!?」
シロの足が止まり、返事が返ってくる。
おぉ、聞こえてたみたいだ。やったね。
「お前裸だろー!」
「そうだよー!!クロは私の裸近くで見たいー!?」
「ちがーう!そうじゃないだろー!」

子供のような体系をしたシロの見当違いの即答が、更に僕の喉を圧迫する。
ちなみに目は悪いから近くまで来ないと見えない。いや見たいわけじゃないって。

「見たくないのー!?」
だからそれを推すな。

だんだんシロに遊ばれていることにも恥ずかしくなってくる。顔は最初から赤いだろうか。

「だからそーゆー問題じゃなーい!取り敢えず後ろ向いてるからこっち着て服着ろーー!!」
「もぅ、クロは甲斐性なしだなぁ。」

しゃらん、と鈴の音が、頭の直ぐ横から聞こえる。
その次に、僕の横から急にシロの声が聞こえてきた。
「っ!」
いつしか正面の湖には、シロの姿が無い。
シロの吐息が耳に当たると、心臓の音がいつの間にか耳に入っているのに気がついた。というかくすぐったい。
つい横を向きそうになってしまったが、こらえた。こらえろ、僕。

面白そうに僕をからかうと「ちょっとまってね」とシロが云う。
僕の足元にあった巫女服を後ろに引っ張ると、ガサゴソと着替え始めたようだ。僕の直ぐ後ろで。
布擦れの音と僕の心臓の音だけが聞こえる。
ええい耐えろ、耐えるんだ僕よ、理性の総動員だであえーであえー。

「いいよー、服着たよー。」
「・・・本当に?」
「だいじょーぶだよー。私はそこまで意地悪じゃありません。」

ため息をつきながら恐る恐る横をむくと、シロは昨日と同じ格好で僕の前に居た。いや期待したわけじゃない。
シロは腰に手を当ててぐいっと顔を僕に近づける。
「もうクロったら顔真っ赤だよー。そんなに見たかったんなら言えばいいのに。」
近い近い。だから息があたってるってゆーとるに。
「・・・言わないし、見ないって。」
「ぶー、そこまではっきり言うなよー。」
「一応女の子なんだから、男の僕にむかってそんなこと言うな。」
「一応ってなんだ一応ってーぶーぶー」
「まぁ」
改めてシロを見る。
巫女服がすごい似合ってると思う。やっぱり、所謂、美少女だと思う。
子供らしい体格が、さらに巫女服を際立てているというか。

「あぁそうか貧乳」ぐわし

 

・・・ぐわし?

 

なんの効果音かと思い、視線を下に向けると、シロが俯いたまま僕の襟首を掴んでいた。

「いや、冗談だよ冗談。大丈夫だ、僕はシロの子供みたいな体系をというか裸を見ていないんだ。うん。」

このタイミングでの弁解は間に合うだろうか。まにあえー。

いやまにあわないだろーなー。

「・・・う〜・・・」
シロのうなり声。
「・・・人がー・・・」
シロは顔を上げて半泣きでこう言った。
大きな瞳がうるうるとしている。

 

「・・・人が気にしていることをーーー!!!!!」

 

僕の襟首を掴んだまま、暴れた。
力ずよく振る腕は、僕の体を襟元から上下左右に激しく動かす。

「私だって後もう千年、いや五百年すればもっとぷるっぷるのぼばいんばいんにー!!」
「わ、悪かった、悪かったから」
襟が千切れるどころか、首が千切れる。
「神様だって未だ成長期なんだー!!」
「わかった!!ごめん!!ごめんなさい!!」
ここは必死で謝るんだ。きっとわかってくれるよ!

するとシロがその細腕で僕を持ち上げた。
ほーらきっとわかってくれたんだよ。自分でも成長期だって言ってるし、僕のいったことを親身になって受けとめたから槍投げのポーズをとってるんだよ。

方向は湖。
さようなら僕、正直に言えば最後に女の子の裸を見れてよかっ

 

ちがうちがうちがうちがうそうじゃない。

 

「クロのー!!」
綺麗な走り出し。
ステップをそろえ腕に力がこもる。
「ちょ、シロまってごめん待って下さい神様貧乳じゃなかったからほら少し膨らんでたから大丈夫だってきっと大きくなるさ」
「何度も云うなばかーーー!!!!」

45度よりやや上の方向。
僕は10点満点の綺麗なフォームで射出されたーあー。

世界が急にスローになったように思えた。
視界に広がるのは湖の全貌と、水に反射する日の出の太陽。
へー、この湖こんな広いのかー、すげー。

「あ」
こんなに離れているのに、不思議とシロの声がはっきり聞こえた。
「あ」じゃないだろ「あ」じゃ。もう。

 

ぼちゃん。

 

と、僕の体は綺麗な放物線の描いて、湖の中心付近に落下した。
よかった。思ったとおり中心は深いみたいだ。

けど、僕の体は浮いてくるのだろうか、と思いながら、だんだんと水面の光が消えていくのを見ていた。

 

 

 

そのころ、某所の天然温泉露天風呂にて、一人の老人が湯につかり、最中極楽気分を堪能していた。
某所とはいうものの、このような山奥に温泉が有るなど、知る人などいるのだろうか。そもそも人間には絶対にわからないようにして有るというのに。
だが、体つきは老人と思えないほどしっかりしており、その顔の深い皺に、長く伸ばした白髪が、その老人の風格を物語っているようである。
ならば、この場所に至るのも、そことなく判ってしまうものであろう。

「お?」
どうかしたんですか?
「いやぁ、なんか俺の孫が大変そうだなぁ、と思って」
解るんですか?
「そりゃあ、あいつは俺の孫だからな。」
相変わらずあなたはすごいですね。色々と。
「いや嘘だ。冗談だ。」
・・・はぁ。
「まぁ気にしなさんな。あ〜、いい湯だ・・・。」
その、お孫さんはお一人で大丈夫なんですか?
「大丈夫だ。大体あいつは・・・・っと、その話でお前さんに用があってきたんだ。」
なんでしょうか?あまりいい話ではなさそうですね。
「いやなに、昔俺が『真っ暗』を開いた話は聞いているだろ?」
はい、こっちのほうでもかなり有名ですよ。人間が『真っ暗』を見つけて手を打った、と。
最早人じゃないですね。
「どうだろうなぁ。因みに、その時に出てきて拾ったのが、あの孫だ。」
拾った、ですか。けど貴方はその孫を、直ぐ結界に閉じ込めたと聞いているのですが。
「たまに様子は見に行く。だが結界に入るだけで、年甲斐もなく疲れてしまってな。あまり長く居れなんだ。」
何故ですか?
貴方が結界に入れたんでしょう。なら自ずと自由に行き来できるのではないですか?
「いや、ワシが創ったのではないのだ。」
・・・あぁそうでしたね。貴方はそう云うのは苦手な手合いでしたね。
と云うことは、「その結界にどうやって穴を開けるか」を、私に調べろと?
「察しがいいな、助かる。」
けど、多分私は、もう知ってると思います。それに、誰が何のために創ったのかも。
「ん?調べもしないのにもうわかったのか?」
ええ。
「妙に自信ありげだのう。お前にしては珍しいではないか。」
そうですか?
なんででしょうね。
けど、私は、まだ見守っていてもいいんじゃないかと思うんです。
「ふむ、なぜじゃ?」
きっとその結界を創った女の子は、彼が気づいてくれるのを、ずっと待ち続けていたいんだと思うんです。一途だから。
「ほう。まぁそれは、あるじゃろうなぁ。はてそういえば、いつワシは女の子といったかのう。」
あら、そうでした。
「ふむ、まぁよい。それならまだ待ってやるとしよう。そうじゃな、ワシがせかさずとも、アイツは勝手に気づくだろうさ。それに」
それに?
「あぁ。今は温泉を堪能したいんでな。」

 

 

 

 

その孫は湖の水面に仰向けで浮かびながら、だんだんと明るみを増していく青い空を仰いでいた。
よかった、体が浮いてくれた。

「クロー!!ごめーん!!だいじょーぶー!?」

遠くからシロの声が聞こえた。

「おー。大丈夫ー。」

片腕を上げてそう答える。
ごめーん、ですむ問題でもないと思うけどな。それでも僕が悪いんだから、返す言葉もない。
シロは本当に神様なんだろうか。なんかその辺に居る子供や、特に僕と対して変わらないただの子供ではないかと、そんな気がしてきた。

「今そっち行くねー!!」

「おー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はは」

笑いから漏れた僕の声か、それともため息か。
なぜならつい昨日の話だ。
まるで夢のような世界に迷い込み、自称神様と名乗る少女と仲良くなっている。
本当に此処に来たのは初めてなのだろうかと、自分の記憶を探ってみるけど、そんな過去はなかった気がする。

「どーしたのクロ?やっぱりどっか打った?」

「来るの早いな」

ちょっと考え事していると、いつの間にかシロが僕の隣でしゃがんで、顔を覗き込むようにして見ていた。見られていた。
てか3秒フラットどころの話じゃない。ここから岸まで結構な距離が有るはずなんだけど、「まぁ神様だし」ということにして、大して気にしなかった。

「そりゃぁ、神様だもん。」
予想通り。
するとシロは申し訳なさそうに笑い、僕に謝った。
「はは、ごめんね」
「いや、僕こそ、ごめん」
「はは。」

晴れて行く霧に明るくなっていく青空にシロの笑顔。
僕の視界にはなんとも絵になるような風景が写っていた。

これじゃ怒る気にもなれない。
勿論ハナから怒るつもりなどない。

「よいしょ」
すると、シロは僕も隣に仰向けになって水面に浮かんだ。
「せっかくの巫女服が濡れるよ?」
「いいのいいの。替えはあるしクロだって濡れてるし。けど流石クロ、人間じゃないだけはあるよ。普通だったらあれ死んじゃうし。」
「フォローになってないよそれ。」
「いいのいいの。」
続けてシロが言った。
「なんか、楽しいしね。」
満点の笑み。
それに僕は「そうだね。」と、短く答えた。僕の顔は笑っていただろうか。

 

 

もしかしたら、少し寝ていたかもしれない。
しばらくの間僕とシロは変わっていく空をじっと見たまま一緒に湖に浮かんでいた。
未だ朝で、しかも全身が冷たい水につかっているのに不思議と寒くない。

僕の右にはシロが仰向けになって・・・寝てる。
気づくと僕の右手はシロの左手とつながっていた。

偶然、というものなんだろうか。

何年か前に家の中でなくした本を偶然見つけたときのことである。
爺ちゃん曰く、
「孫よ、いい機会だから覚えておけ。偶然はあるべくして起きるものだ。それを必然と言う者もいるけどな。お前はその本をどこかに置いたまま忘れたから、今になって見つかった。孫よ、これは偶然だと思うか?ワシは違うと思うのだよ。偶然は必ずと言っていいほど何かが原因となって起こる。何事にも理由ってものがあるもんなのだよ。」

偶然には理由がある。だから偶然と言う言葉自体が矛盾している。
僕はこの説明にとても感心した覚えがある。

じゃあ僕とシロが出逢ったのも、何か理由があるからじゃないんだろうか。と考えてしまうのは、仕方ないのだろうか。

いや、今はそんなことどうでもいい。
こうやってシロと居ることに楽しいと思ってる僕が居る。それでいいんだ。
理由は後からにでもどうにでもなる、と思う。

 

左腕の時計、時間確認、防水でよかった。

「もう8時か。いつまでもこうしているのも悪くは無いけど。」

ずっとこのっま一日過ごすのも、もったいない気がした。
そう思って体を起こしたら、体がズッと水に沈んだ。
忘れていた。僕は水面に浮かんでいるんだった。

もう一度浮かび、シロに声をかける。
「おーいシロ、起きろー」
「・・・にゃ?」
「取り敢えず戻ろうよ」
「あー・・・うん、そだね。よいっしょっとぉぉぉぉ」
僕の手を掴んだまま起き上がろうとして、シロまで溺れそうになる。
「・・・大丈夫?」
「うにゃ。そういや、クロは水の上に立ったりできないか。」
「まぁ普通はできない。」
「あはは。とりあえずもどろっか?」
「けど此処から泳ぐのも・・・」
シロが僕の手を強く握った。
と思ったら、あっという間に神社の裏に戻っていた。
あっという間、と言うよりは一瞬で、というべきだ。
瞬間移動、というものか。
「・・・すげーな神様」
「ふふん。さてさて、何しよっか?」

本当に楽しい、というよりは嬉しいのか。シロの笑顔を見てそう思った。





ツギ