//おかしな少年と神様の少女//
06.
乾かしようのない服は、少しだけ絞ってそのまま着ることにした。そのうち乾くだろう。
けど、その決定にシロは何処か残念そうにしているのが、顔にはっきりと出ていた。
ふむ、だんだんとシロの性格がわかってきたような気がするぞ。わかりやすいなぁ。
ところで、なんでシロの服は濡れていないんだろうか。
「え?まぁ気のせいじゃない?」
少しあざけた感じにシロは答えた。
僕は心の中で「そーかい。」と言って表に出ようとしたら、「あ、まってよー」と後ろからシロの声が聞こえた。
とはいえ、塵も積もれば山となるとはよく言ったもんで。
神社の中は、悪いほうの意味でものすごい有様だった。
「といっても、あんまり此処で寝ないけどね、汚いし。
じゃあ掃除ぐらいちゃんとしろっての。と心の中で返したが、それでも足りないのでしっかりと口に出した。
「神様なんだから・・・ってのはあんまり言いたくは無いんだけど、この汚さは異常だよ。」
「うっ・・・け、けどね、前まではちゃんとやってたんだよ?実は綺麗好きなのだーあははは」
もうただの言い訳じゃないかい。
腰に手を当て威張るような姿勢を見せても、顔はかなり引きつっていた。
「・・・ごめんなさい」
しょんぼりと落ち込むシロだが、この拝殿の惨劇を見なかったことにすれば、まぁ綺麗好きと云うのも解らなくもない。
なぜなら、埃やチリはかぶっていても、置かれている置物の数々は、規則正しく並んでいるからだ。
「けど、これは時間かかるなぁ。シロに色々と教えてもらう暇もなさそうだよ。」
「色々って、あんなことやこんなこと?」
「そっちの方向にもっていくな。」
即答。でよかったのかと、少し迷った自分がいることに悔しい。
「さぁ、どーしよっか?」
「どーするも、まず道具がないと。箒に雑巾にバケツそれとはたきも、電気が無いから家電ものは勿論だめとして・・・・・・ねぇシロ。」
「にゃんだいクロ?」
「君って神様なんだよね?」
「そうだよけど、どかした?」
「こう、なんて言えばいいか、ばばっとさぁ、力かなんかでどうにかなんないのか?」
神頼みとはこのことで、今最も簡単な方法なのではと思う。
するとポカンとした顔で数秒の沈黙の後、
「ぽん。」
と、どこか思い出したような顔をしながら、シロは自分の手を合わせた。
「あぁそっか、成る程ね〜。」
シロはそう言うと、拝殿の中央に立って腕を広げた。
すると、葉伝の中の空気が、ガラッととわったのを感じた。
肌触りも匂いも、僕が昨日初めて此処に来たときに感じた空気と同じ。
あまりにも澄み切った空気には、どこか恐怖までも覚える。
動物が本能的に察知するように、僕はこの空気に少しばかりの危険を感じていた。
その発生源たらしめるところ、拝殿の中心にシロが居る。
何も無いところから生み出すことができるのが神様であると、じいちゃんから聞いたことが有る。
すなわち、条件も理も、そこに存在するはずの事象を作り変える。僕は神様についてはこういう認識を持っている。確かに人を神として祭ったり、封印をするという意味で『神』として扱っている例も有るけれども、ホンモノに比べるとどうなのだろうか。
「ふふーん、ほらほらみてみて」
自慢げな顔のシロにそう言われて、無意識に落としていた視線をシロに戻す。
驚くことに塵埃だけが中に浮き上がり、しゅるると音を立てながら灰色の渦を巻きながら拝殿の中心に集っていく。僕や障害物を埃が綺麗に避けて、吸い寄せられるようにどんどん集っていき、だんだんと大きくなっていく。周りの骨董品や奥に祭ってあるものなどは動きもしない。
すべての埃が集められてころには人一人分の大きさを持つ塊が出来上がっていた。
「で、こうかな?」
すると中心に集った埃の塊が圧縮されたように固まって、ごとん、と鈍い音を鳴らして落下。大きさは半分以下になり、質量もそれなりにありそうだった。
「ま、こんなもんかな。どーよ?」
そんな質問がシロから受けたけど、呆気にとられて、口が多少半開きになっていた。
いや、いやいやいやいやいやいや。どうっていわれてもさ、すげー。
「すごいでしょ?」
自慢げに言うシロ。
「・・・うん、さすが神様・・・」
「えへへーてれるなぁー」と、頬を染めて、うれしそうにシロは微笑む。
照れながらってのがまたいい、具合にフィルターをかけて僕の目に届いてた。なんとええ笑顔だこと。
塊は近くで見るとただの土塊にしか見えなかった。片手ではもてないだろうと重い、両手をかけた。
「ぅお」
両手でも持つのがやっと。なかなか重い。
「もー、ほらほら。」
シロが塊に指を差すと、塊は僕の手を離れ空中を飛んで外に出された。
「まぁ、これだけなんだけどね。神様だからって便利なわけじゃないし、できないこともたくさんあるよ。」
「その前に、あんな塊になるまで埃を矯めとくのもどうかと思うよ」
「い、いやぁ出来ないことがあって・・・。」
人は嘘をつくとき、目線を上にずらす傾向が有る。うむ、この子掃除が出来ないと見た。
なんだかんだで普通の女の子なんだ。
「長々とここに居たんなら、掃除すればいいのに。」「永すぎるよ。」
不用意な発言だったと、僕は後悔した。
つぶやくような声には、とても重い何かがこもっていて、シロのその一言に、僕の言葉は無残にも打ち消された。
「ま、まーそんなしんみりした話はいいから。いいからさ。」
「・・・そうだね。」
明らかにシロは苦笑いをしてごまかしている。
”悲しい”とか”さびしい”とか、隠しきれてない。
「ごめん」
と、僕はシロに向けて、小さく言った。
僕は今どんな顔をしているのだろうか?
「やっぱり、クロってなんだかんだ言って優しいなぁ。」
そう笑顔で返してくれるシロ。
けど僕は、
「気のせいだよ。」
と答えてしまっていた。
「ほらほら、まだまだやることあるんだから」
と言うシロの言葉に、半ば無理やり背中を押されて、そのあともシロの手伝いをした。
シロ曰く「力に頼ってばかりもダメだから」ということで、二人で人の手を使って、掃除をした。
あくまでさっき片付けたのは拝殿のみで、他にも人が生活できるような生活スペースがあったのだ。
台所(と思われる物置)の整理、風呂(と見受けられる植木鉢)の水洗い等々、途中途中シロに文句を言いたくなったが、黙々とやっていた自分がいた。主夫向けなのだろうか、僕。
「にしても不思議だねー。台所と思われる場所に大きな鏡があったねー。」
「ちょっと前まで拝殿にあったんだけど、いつの間にか台所に・・・ふ、ふっしぎー」
「貢物なのかなぁ。古そーなお酒が入った小瓶が、風呂と思われるところに大量に詰まれてあったねー」「い、いやぁ置くとこなかったし、ほら湖が有るからさ、お風呂いいかなぁーって。」
このやり取りから数分後、何故か、そう、不思議なことに、半泣きで巫女服が少しはだけているシロがいた。
とても顔が真っ赤で、シロは何かを訴えるような目でこう言った。
「お、お、お、乙女ににゃんてことをー!!」
「何が乙女だよ、貧乳なのに」
「おみゃー!!いくらクロだからとはいえそれは言うなー!!」
「はいはいわかったから。早く掃除しよう、じゃなきゃ・・・」
僕がそう言うと、面白いくらいにシロの顔が青ざめていった。
「わかった!わかったから!!”にゃー!!」
そういえば前に爺ちゃんに言われたことがある。
「お前多分、拷問とかそういう陰険な事するのに向いてると思うんじゃよ。」と。
いやそれいいのかよってかどうなんだよ、とそのときは思ったのだが、なるほど。
今こうやってシロとじゃれあっている(と僕は思っている)と、なんか解る気がした。
未だ逢って二日、しかも神様とじゃれあうなんて、一生一度もないだろう。
そう、神様なんだ。こうやって目の前に居る少女は神様なんだ。それなのにこうやって、何でもないことを話し合って仲良くじゃれあって。掃除をするとか以前に、もっと大事なことがある、もっと考えなければいけないことがあるはずじゃないのだろうか。
まだ、僕はこれでいいのだろうか。
なんだろう。どこか僕の感覚が麻痺している。腐っているのは変わらないけども、なんか違う。そんな違和感を感じた。
知りたいことや識らないこと、知るべきことや識らぬべきこと。もしかしたら、忘れていることなのだろうか。わすれていいことなのだろうか
もっとあるはずなんだ。予測して思考して考察して思索して判断して。
僕はこんなことしてていいのか?
今すぐにでもシロに聞かなきゃいけないことがあるんじゃないのか?
それに僕は「いいんだよ、あんまりいそがなくても。」
シロの言葉が僕の脳を止めて、やさしく僕の手をとった。
「ね?」
優しい笑顔とはこういうことなのかと、思う。
「あせんなくてもいいよ。ゆっくりでいいんだよ。」
「・・・うん。」
シロの手は少し冷たかった。けど、暖かく包まれているような感覚。
神様だから、と云うのも有るかもしれない。けれど、シロだから暖かいと、何故かそう思えた。。
僕は、どんな表情だっただろうか。
シロの見つめる目を見ても、そこには黒い影の自分しか映っていなかった。
「結局もう昼間・・・」
僕はそう言いながら、境内の入り口に仰向けで倒れこむように寝転んだ。
無理もないと思う。なんだかんだでご飯なんて食べてないまま、朝から今までせっせと働いていたのだ。日が高くなって、今日も快晴で猛暑真っ最中であろうけど、なんといい避暑地だろうか此処は。
「ふぇーつかれたー」と云いながら、シロは階段の下のほうに座って、僕に話しかける。
「ありがとクロ!ひっさびさにこんな我が家を見た気がする!」
「ありがとうシロ。久々にこんな疲れた気がする・・・。」
感謝と皮肉の二つをこめて。
正直な話、此処最近体を動かしてなんてなかったから、いい汗かいたなー、なんていえる気分でもあった。元が元であったから、有る程度覚悟はしていたんだけど、いやここまで酷いとは思わなかった。
「あはは。じゃあちょっとだけさーびす。」
するとシロはタタタと階段を上がり、抱きついて押したお、はい?
「え、シロ、何を」
「何って、クロに抱きついてるんだけど。どっちかって言うと添い寝かな?・・・迷惑?」
「いや・・・」
美少女にそんな斜め上視線で何かを請うように見られたら、とか思わないわけではない。
けどなんだろう、背徳感といういか、なんというか。
「なら、ちょっとだけこのままで居させてよ。」
「あー・・・あのさぁ」
「いいからいいから。」
服未だ乾いてないから。
とかの弁解も却下されるだろう。
「なぁシロ?」
「きゃっか。」
ほら、やっぱり。
あーもう。まぁいいや。と思えるようになったのには、そう時間はかからなかった。
僕は神様の薄い胸ので、ゆっくりと寝息を立てることにした。
恥ずかしいけど、胸は無いけど、何度もこうしていたのではないかと思うくらい、寝心地はよかったんだ。