//おかしな少年と神様の少女//
07.
『■■ ■■■■』
背中から、不意に声をかけられた。
聞き覚えのある子供の声、聞き覚えは有るんだけど、やたらと耳に残りにくい声。何故このノイズが、子供の声に聞こえるのだろうか。
右から入ったら、そのまま左に通り抜けてしまうんじゃないかという位、透き通った気味の悪いノイズ。
気がつくと、後ろを向いてもいないのに、目の前に気味の悪い、あの白い少年が立っていた。少し違うのは、前よりも形がしっかりと見えていること。髪の毛一本一本が解るほどだ。
それでも、白と黒の境界線が淀んでいて、今にも背景と混ざってしまいそうだった。しかし、不思議とこの『真っ暗』な世界では、気持ちが悪いほど目に刺さる。真っ黒な水に白い絵の具が落ちて、水中で浮遊しているような感じ。溶けそうで溶けない。融けそうで融けない。淀みながらも、人の形は維持している。
変わらないのは、じっと僕を見つめる目と口の穴。周りと同じ『真っ暗』。真っ白なシルエットに、三つの穴を開けただけ。
僕の本能的なものが、アレを嫌っているのが解る。気味が、悪い。
人間ってのはこういうときに限って、嫌な夢を見るらしい。
一度見た悪夢というのは、頭が覚えてしまう。だからこそ、時間が経ってもまた再発する可能性があるという。
けど、それにしては朝見てまた見るってのは、僕がどれだけこの夢を嫌悪しているんだろうか。
すると、顔の穴を歪めて、相手は喋り始めた。
『■■ ■■■■■■■ ■■■ ■■■■■■』
これも相変わらずだった。本当に何を言っているのか解らない。
『■■■■■■ ■■■■ ■ ■■』
頻りに相手の口がうごめくと、それに伴うノイズと頭痛。何かを伝えようとしているというよりは、なんだろう、ケタケタ笑っている、のだろうか。
『■■■し■■■、こ■■■■■■■■■。 』
・・・・・・・・・え?
聞こえた。
ノイズとノイズの切れ目に、確かに声が聞こえた。
『こ■■■■■■る■■■じゃ■■■』
『■■■■を■■■■■■■るんだろう?』
『なん■ ■■■■■声が聞■■■■■■ 』
『おどろ■■ ■■は■■■いくか■■■■■■ 』
次第にノイズが薄れて、理解不能だった羅列の中に、文字が聞こえてきた。
それでも、頭痛は治まらない。むしろ強くなって、僕の頭をより一層、締めてくる。
『君は■■■から、僕を見■■■■■■■■■?』
『本当に此処■■いんな■、■■をしっかりと■■■■■■よ。』
『彼女が何■■■、こん■処に僕■■■ってるのか、■■■■ってるはず■よ。』
解った。
このノイズは耳から聞こえてるんじゃない。
『■■■よ。僕の声は、キ■■あ■■■■中から響■てい■■■。』
解った。
僕はこのノイズに混ざる声に、聞き覚えが有るのだ。
『そうだよ。僕の■は、■の■えだよ。』
解った。
相手のシルエットに見覚えが有ると思っていたけど、アレは。
『そうだよ。僕は君だよ。』
今度こそはっきり聞こえた。ノイズの無いクリアな相手の声。聞き覚えの有る子供の声。自分の声。
そして解ってしまった瞬間、テレビの砂嵐のような激しいノイズが、再び僕の聴覚を遮る。
脊髄反射で思わず耳を塞ぐ。しかし、両耳をふさいでも目を閉じても、砂嵐のようなノイズは止まらない。それもそのはず、頭の中から響いているんだから、耳をふさいでも、音は遮られない。
辛うじて目を開くと、相手はゆっくりと僕のほうに寄ってくるではないか。
それに伴って、ボリュームが更に上がる。
相手の口がさっきみたいにうごめいても、今はもう何て言っているのかが理解できない。聞こえない。
相手が目と鼻の先に立つ頃には、目を開けるのもやっとなくらい、僕の意識は朦朧としていた。
ノイズが煩い。頭が痛い。
ザーザーという砂嵐は収まらなくて、それでもボリュームを上げようとする。頭がパンクする。
とうとう目の前は『真っ暗』になり、白い淀みも視界に入らない。それでも、相手が僕の目の前にいるのは、何故かわかった。
相手がゆっくりと僕のほうに、手を伸ばしてくるのが解る。それを避けることが適わない。体が動かない。
そして僕の額に、相手の手が触れた。
途端、ブツッと何かが破れたような音が鳴り、ノイズと雑音が停止した。
反射的にぱっと目を見開くと、相手の姿がはっきりと視界に写る。
『今度は、間違えないで』
僕が、僕に向かってそういっていた。
瞬間、白い僕が、僕の中にずるりと入り込む。足元から頭の先まで、異様な感覚が僕を襲う。
すると、見えない足場が急に消失して、体が堕ちた。そんな気がした。重力に引かれているのか、それとも何かに引っ張られているのか。いずれにしても、地に足が着いている感じではない。
そのうち、何故、とかどうして、とか、たくさんの疑問が、僕の頭の中から徐々に消えていった。
消えたというよりは、僕が考えたくないと、思ってしまった。
何もできない。
何も考えられない。
何も解からない。
何も、ない。
まぶたが次第に重くなり、とうとう落ちているという感覚でさえ、解らなくなった。
ただ、恐怖心と、シロを求めるという感情だけは、消えてくれなかった。
『ねぇクロ』
聞き覚えの有る声に、僕ははっとした。
すると、僕の頭の中で、何かの映像が再生され始めた。
あれは、僕の家の近くに合った販売機。だけど、何か違う。
見覚えの有る風景だけど、なんだろう、僕の知っているものとは、違う?
これは、誰かの記憶、思い出?
けど見覚えがあって、あそこに僕がいたという気がして。
・・・あれは、シロ?
『・・・あー・・・これ着るの?・・・わぁ・・・かわいいけど・・・なんか恥ずかしいなぁ』
『・・・似合う、かなぁ?』
『あ、ありがと・・・』
あれは、シロと、
・・・・・・・・・僕?