12月23日





1.





手袋を付けても、コートを着ていようとも、寒いもんは寒い。

季節は冬。氷点下4度のお昼前。
最灰色の空からはゆっくりと白い雪が降ってきている。
たまに見るくらいなら丁度いいかもしれない幻想的な画も、今では僕のストレスの要因のひとつだ。太陽もずいぶん見ていない。日の光を浴びたいだなんて思ったのはこれが初めてかもしれないと思う。

どうやら今年は、この数十年の中で一番の大寒波らしい。去年はどうだったか知らないけど、聞く話雪があまり降らなかったそうだ。積もっても50センチもなかったらしい。だがしかし、そのせいでなのか、はたまたただの偶然なのかは知らないけど、今年は初雪の降った11月のうちに2メートル超えの積雪量を記録していたそうだ。

下の世界でそうならば当然、とある山の中にあるとある神社にも雪は降るし、山の中という条件もあってか、ものすごい量の雪が積もっていく。それでも片付けなければ近いうちに神社は雪の下になってしまうからやらなければいけない。境内の中はシロのおかげでどうにか暖かくできるが、雪の重さをカバーするほどの余裕が今のシロにはない。夜になって強い吹雪が来るたびに、ぎしぎしと唸るボロボロ神社のボロボロの柱に頼むから折れないでくれと毎晩必死に願っている。朝起きて雪の下なんてのはごめんだ。というか死ぬ。

シロ曰く、今までは積もった雪を溶かして集めて浄化(聖別)して湖に貯蔵、ということをしていたらしい。ただ今年はその湖の水が枯れていた状態だったし、わけあって今シロはそれ以上力を使うのが好ましくない状態である。雪かきだってきっと去年まではパパッとどうにかしていたはずだ、しかしこうやって手作業で、しかも一人でやらなければいけないというのはかなりつらいものがある。

そんな惨めな僕を見かねて、偶に手伝ってくれるモノもいる。当然のごとく人の類とは言えないモノばかりだけど。今僕の周りにいるコダマたちだってそうだ。(等身50センチの白っぽい色をしている。見た目で区別することが難しいし、雪の色とどうかしてほとんど見えなくなってしまうから、全員ミニサイズの防寒具を身に着けている。シロのお手製でみんな気にいっているようだ)
こういうやつらは普段立ち入ることのできない領域でも、今のシロの影響で一時的に立ち入ることを許されている。勿論心優しい人(?)もいれば、はたまた悪巧みを考えるような奴らもいる。その辺の問題は僕が対処しているから今のところは問題がないけど。

コダマ達は僕が雪かきをしているのを見つけるとやってくる。数人がかりでの作業にはなるけど、スノーダンプを使ったりそりで運んだりしてくれる。僕を手伝ってくれている、というよりは、コダマにしてみればただ単に楽しそうだからといった風だろう。残念ながらそう思える純粋な心は僕にはないため、この雪かきは7割がた苦労にしかならない。それでもやらないければいけないのだから仕方がないっちゃぁ仕方がないんだと思う、そう思って妥協しとくしかない。

「・・・はぁ」

これで溜息も何回目だろうか。13回までは数えたんだけどね、確か。
疲れてしゃがみこんでる僕の方を優しくたたいてくれる黒色のコートを着たコダマにちょっとうるっとくる。



「くろーごはんだよー! 」

と下からお馴染みの声が聞こえてくる。
「わかったー」と僕が声を出す前にコダマたちが一斉に飛び降りていく。まるで今シロが神社から出てくる事を最初からわかっていたようだ。

「おおぅ、こんなにいたんだー。ご飯まにあうかな?」

少し驚いたような声を出してコダマたちに囲まれている少女。その風景をひじをつきながら屋根の上から見ていると、少し、ほんの少し、本当に少し、妬けてくる。その少女が困ったような顔をしながら僕のほうを向いた。さすがにあの数じゃ手に負えないか。
僕の隣に一人だけ残った黒コートコダマが肩をつついてくる。なんだろう、このコダマとは特に仲良くなれそうだ、うん。




冬でも薄い胸の上に巫女服を身にまとって、小柄な身の丈以上もある長い黒髪を二本の串で飾って後ろで束ねている。
見てのとおり貧乳ではあるが、以前よりも女性の体系の特徴が現れているように思える。そして少しだけ、下腹部が少しだけ膨れているようにも見える。外見はおおよそ十代に見えるが、神代の時代よりはるか昔から、永い間生きてきた存在。

少女の名前はシロ。
滅多な事がない限りは人目につかない古ぼけた神社に永く居る、存在する神様である。


その少女を神社の屋根の上からやさしく見守っている少年がいた。
外見は少女と同じ十代で、黒い瞳、黒い髪、黒い服。その黒い少年は名前までもがクロという。
過去の存在を失いながらも、今は少女とともにこの神社で暮らしている。




クロと一匹のコダマは、決して低くない神社の屋根からすっと飛び降りた。しかしクロはまるで宙に浮いているのかのようにゆっくりと降りて、シロの前に着地した。
コダマはというと、着地に失敗して頭から落ちたので、どこぞやのミステリー映画の死体のように地面に頭から突き刺さっている。
元から頑丈なのか、それとも雪がクッションになったのかはどうかは解らないが、足をばたばたさせているところを見ると、大丈夫のようだ。ただどうやっても頭が抜けないらしく、シロの周りに居た仲間達に助けられている。
クロとシロはその光景に思わず笑いをこぼしていた。
そんなクロに、シロは笑みを向けながら手を差し伸べて言った。

「おつかれさま、クロ」

クロは後ろに居るシロのほうを向いた。そして

「ん、ありがと」

たまにはこんなのもいいか、とクロは思いながら、今まであまり見たことがない笑顔をシロに向けながらに言って、その小さい手をとった。







2.





田中露華は、ツイていない。

せっかくのクリスマス、友人らと一緒にスキーや温泉に行こうと約束をしていた露華は、見事に寝坊してしまった。
急いで集合場所の駅に向かったが時すでに遅く、友人らは彼女一人を残して、たった今電車で発車した。
家路、友人からの慰め(イヤミ)の電話の最中手を滑らせ携帯電話を雪解け水でいっぱいの下水の側溝に落としてしまい、修理しようとショップに着いた瞬間財布を家に忘れたことに気がついて急いで取りに戻ろうと走った結果、つるつるの道路でものの見事に前から転んでしまった。
それが帰宅する数分前の話で、露華は自分部屋で割れてしまったメガネ(一週間前に購入。レンズだけで5万円ほどで、フレームは薄いピンク色で、下のほうだけにフレームの枠があるものである。)をテーブルの上において、独り寂しくベットの上で不貞腐れていた。
当然、今更携帯の修理のために、ショップへ行く気力は露華に無い。

以前露華は、この運の無さを風水や占星などといったもののせいだと思い込んでいた。
なら自分もオカルトの知識を身につければ、この運の無さを解消できるのではないか、と思い、中2から勉強そっちのけでオカルト(主に占いの系統)に没頭していた。
元から頭はいいほうであった露華は、県内ではなかなかのレベルを持つ志望校をろくに勉強せずに難なく合格し、高校に入って更にオカルトの道に深く踏み込んでいた。それにそこまで本を読み漁ったりなどしていないのだが、露華には自然と、尚且つ尋常じゃなゐ速さで、占いの知識が溜め込まれていった。
今ではその占いの腕を買われ『露の魔女』と、裏で囁かれ、称えられ、恐れられる隠れた存在として、露華の通う高校では一部地域に名を馳せていた。
しかし本人にはそんな自覚は全く無く、数人の友達らに行った占いが”偶然”当たっただけ、という感覚しか持ち合わせていなかった。
しかしそれが不幸にも親同士の口伝えで発覚してしまい、中学の頃から仲の良かった(というか好きだった)男子には引かれてしまったという経緯を持つため、今ではあまり占いをしていない。

「何が『露の魔女』だっての。結局自分のことは占っても判らないんなら、意味無いじゃない・・・」

今にも泣きだしそうな声で、独り愚痴をこぼす露華。
そう、彼女は他人の未来を占いという不的確なもので知ることができても、自分の未来はなぜか占えないのだ。
タロットにしても風水にしても占星にしても、彼女の結果としてそこに出るのは意味が無い。

先人達が生み出した数百、数千、数億というパターンを組み込んだオカルト、それが占いである。しかし、彼女の未来だけは、その”数億を超えるパターン”には無い、意味の無い結果ばかりなのである。
タロットではカードの絵柄と数字と向き(位置)が重要視される。その行い方も今では沢山の派生があり、少しの変化でさえそれは対象の未来を示す”意味”として捉えることができるのである。

しかし彼女の場合、結果として捲られる数枚のカードが、ぶつかり合って矛盾を生じ意味消失してしまうのだ。
一枚や二枚でなら『明日あなたはいつもより健康でしょう』などといった、よく朝のテレビでやるような不明確な結果としてなら知ることはできる。
しかし彼女が無意識のうちに行っているのは、未来を知る占いである。
そのため『あなたはいつどこで何をするとこうなる』という明確かつ正確で的確な結果が自然と彼女の占からは求めだされる。

どこかの占術師が耳にしたら即興するような話だが、幸いなことに『露の魔女』の名は彼女が通う高校の一部地域にしか広まっていないし(家の人には占をしているくらいしか知られていない)、彼女自身自覚が無いことが何よりの幸運だろう。(それでも彼女は普通より運が無い。)

だがそんなことよりも、露華は今『なぜこんなにも自分には運が無いのか』ということしか頭に無かった。
ふと枕から顔を上げると、部屋の中が一望できた。

(・・・配置が少しずれてる、これじゃあ運が良くなるわけ・・・・・・は、いけない、また勝手に占を・・・ってもういいや。こうなりゃやけよもう)

そう結論付けて、彼女は部屋の風水を占いだした。
風水とは、簡単に言うと建物や家具などの配置から『気の流れ』を読み取り、方角から吉凶を占ったり、その気を操作するために編み出された中国の占術のひとつである。
陰陽や五行を駆使してその流れを掴み操る太極拳を転用した占術でもある。
彼女が良く使う占でもあり、得意とするものだった。
ただ彼女の場合、普通と違うのは、別に道具が要らないことだ。
見てその色を見て流れを感じて占う。

ベットから起き上がり、彼女は物の配置から吉凶を占いだして、あえて凶の方角へ歩みを進める。

(今までいい方向にしか動いたことが無かったから運が悪かったのよ、まぁ、多分・・・)

部屋を出て階段を下りて玄関から家を出て、ふらふらと周りを視ながら彼女はどこかへと歩いていく。
偶然(不幸)にも、家族はみんな自分一人をおいて旅行に行ったため、残念ながら止める人は誰も居なかった。
雪も今、降り始めてきたところだった。






3.





結界というのは、不浄なモノとそうじゃないモノを分かつ境界のことだ。
普段はシロの結界によって守られている神社周辺も、今はその効力を失っている。
そのためクロは、今無防備な状態のシロを狙ってくる”不浄なモノ”を迎撃しなければいけない。
神社周辺といっても、敷地はかなり広い。
前には鳥居が一定間隔で立ち並ぶ長い回廊、後ろには広大な湖。
神社を中心に考えると、この二つの端から神社までの距離は大体同じくらいである。
前と後ろからはあまり不浄がやってくることは無い、がしかし、神社の左右両翼からはかなりのペースでやってくる。

ということでクロは今、最中角の生えた筋肉質のちょっと皮膚の色が変色して、目の色がおかしい方と戦闘を繰り広げているわけだが、

『クロー、左のほうから2匹接近中だよー』
と、シロ特製のありがたいお言葉が書いてあるらしい通信用の御札から声がした。
その声に反応してか、目の前の角の方が一際動きが活発になる。

「なっ・・・手が回らないよそんなに」

『今コダマたちが迷路敷いてくれているけど、もうそろそろ突破されそうなんだよ』

「コダマたち様様だねっ!っと危ないからお前は黙ってろっ!!」


必死の攻防が、クロの声から伺える。
こりゃまた今日もお楽しみなしかな、てか今は無理か、なんて事を楽しそうに考えていた。
しかし次の瞬間、シロの御札から大きな爆発音が聞こえた。
それと同時に、シロは神社の左手のほうから大きなブレと歪みを感じる。

心配そうな声を出しながら、シロはクロに向かって声をかけた。

「く、くろー?だいじょぶかーい?」


沈黙。


「あ、こりゃまずいかも」と思ったけど、すぐ隣にクロを感じた。
数百メートルも離れた位置から、一瞬のうちにクロが移動してきたのだ。
コートのところどことがほつれて、髪もぼさぼさになっているが、どうやら無事のようだ。
シロは安心して声をかける。

「大丈夫クロ?髪ぼさぼさだよー」

「ん?あぁまぁね。」

本当にちょっとなんだろうかと心配する。

「もしだめならここで迎え撃ってもいいんだよ?私もちょっと位ならいけ」

「だめだよ。シロはここで安静にしてなきゃ」
シロの言葉はクロによってさえぎられた。

「というか、シロこそ境内から出て大丈夫なの?」

「神様を舐めちゃいけないよクロ?こうやって毛布だって何枚も着込んでるし」

ちっちっち、と横目にクロを見るシロ。
それをクロは呆れたようにして受け答えをする

「毛布って、それ神様関係ないだろ」

「さてどうでしょう?くるむって行為自体に意味は無くは無いんだ・・・って、迷路が破られたね」

「そうみたいだね。コダマたちでも抑えられないとなると、ちょっと厄介かな」

二人同時に神社の右の方向を向く。
周りは暗くなっているし、実際木々が邪魔をして視認はできないが、それとはまた違う何かをこの二人は感じ取っている。

「二匹だけど、そんなに大きくないね。個体の力はそんなでも無いから多分大丈夫だよ」

貧乳でも(今は関係ないが)神様というだけあってか、クロの感じるはるか向こうを察知できるシロ、それも手に取る用にだ。
だがしかしこれにも勿論力を多少は使っている。

「無理するなよ、ある程度近くなってからなら僕にもわかるから」

「そう?なら任せてもいいかな。にしても、最初は力の使い方もわからなかったクロがここまで成長するとは・・・思わず抱きついちゃうっ」

「やめれ」

実はまんざらでもないが、うっとうしそうにシロを引き剥がすクロ。
けどこれがシロなりの心配なんだというのはわかっている。

「じゃ、もっかいいってくるよシロ」

「ん、いってらっさいクロ」

クロの周りから何かが吐き出されるような間隔があったのもつかの間、大きく踏み込んでジャンプしたクロは、あっという間に見えなくなってしまった。

真っ暗になった木々の向こうで、大きな歪みが生じる。
クロが普段よりも力を行使しているということだ。

「あっというまに慣れちゃうんだもんなぁ。やっぱり。」

さすが『真っ暗』あらため『真っ黒』なだけはあるなぁ。
そう呟きながら片肘を突いて、その様子を感じ取っていると、てこてこと一匹のコダマが歩いてきた。
クロに良くなついてるコダマだ。シロの隣に座ると、毛布をつんつんとつついてくる。

「ん?大丈夫だよクロは。心配することは無いよ。だって私の夫で、この子のお父さんなんだから」

シロはにっと笑って、下腹部をさすりながらコダマに答える。

向こうのほうではまだ続いているらしい。
多分もう20分もしないうちにクロは帰ってくるだろう。
さてと、といいながら立ち上がり、境内に戻っていくシロ。

「君も手伝ってくれないかな?クロが帰って来る前にお夕飯作らなきゃ」

コダマに向かってそういうと、コダマは立ち上がっててこてことシロのあとをついていった。

「今日は何がいいかなー♪」

鼻歌を歌いながらシロは境内に戻っていく。




補足しておくと、

シロは現在妊娠3ヶ月。
おめでたである。




そうもしないうちに喧騒は終わって、クロが帰ってきた。
20分もたっていなかった。












//おかしな少年と神様の少女//

//それと露の魔女//




12月23日 終


ツギ