//おかしな少年と神様の少女//
//それと露の魔女//
12月24日
1.
『で、偉大なる魔女様は道に迷った挙句、警察のご厄介になった、と。・・・・・・・・・あぁもうだめ、笑い死んじゃう・・・』
朝っぱらから、温泉の宿から嫌がらせのごとく電話をかけてきた私の友達に、昨日私の身に起きた経緯を話したら、思いっっっっきり笑われてしまった。
受話器越しに向こうの風景がまるで手に取るかのように想像できる。
浴衣姿の友達が旅館の部屋で寝転がりながらおなかを抱えて大爆笑しているだろう。
なんとも、妬ましい。
「あのね、人が大変な目にあったって言うのに、笑うことは無いじゃない」
『いや、ごめんごめん。けど、だって、いや・・・・・・』
完全にツボにはいったらしい。
ドタンバタンという音とともに大きな笑い声が響いてくる。
『けどさぁ、完っペキ露華の自業自得じゃん。大体運がただでさえ悪いあんたが、もっと悪くなるほうに向かってどうすんのよ?』
「いやまぁ、そうなんだけどさぁ」
あきれた声で私は言葉を返す。
彼女は私の素性を知っている数少ない親友である。
けどだからこそ、私はいつも彼女にからかわれてばかりだ。まぁそれも嫌ではないんだけどね。
けど、
『[あなたは自分の道に迷うでしょう]とかでなかったの?占で』
「完璧嫌みにしか聞こえないよそれ・・・」
『流石魔女様、冬休み初日からようやってくれますわ。私にはできないね』
「もういいよ、あんたに言った私が悪かった」
『まぁそんに何落ち込まないでさ。帰ってきたら詳しく話してよー。じゃぁねん』
やっぱりからかわれているのはあまりいいものじゃないのです。
温泉旅行に面白い話のネタ、彼女は今年の冬休みもかなり満喫しているらしい。
部屋に電話の子機を持ってきて、私はベットで不貞腐れていた。
やっぱり私は、よほど運が無い。
白状すると、本当は、途中で怖くなって帰ってきただけだったりする。
バスの中で目が覚めた先は、知らない山村だった。
空も暗くなり始めてきていて、散在する民家にも明かりがともっていた。
バス停に書いてあった名前も、今までに見たことが無い字だった。
ただ何故だろうか、その字に違和感を覚えたのは未だ覚えている。背骨の下から上へ何かが登っていくような、なんというか、私が占をするときに感じるのと似ていたような気がした。
文字を見ただけでそんなことを思ってしまう私はやっぱりおかしいのかな?
と思いながら軽い坂道を登っていき、坂の上にある自販機を通り過ぎたところで、私の体は急に言うことを聞かなくなり、その場に倒れそうになった。
そんなに強くは無いけど、なんだか、とても嫌な気分だった。
嫌というよりは、怖いと思った。
さっきとは違って、背筋を通って頭から下へ何かが引っ張られる感覚。
その引っ張られる先が、なんでだろう、私は行っちゃいけないような場所のような気がした。
眩暈は一瞬だったはずなんだけど、それがとても長く感じられた。
おさまって改めて顔を上げると、さっきと何も代わりの無い風景が広がっていた。
青く暗くなっていく空に、よく見る赤いジュースの販売機、坂の上から見える麓の風景、そこに散在する明かりのついた民家、道端に或るよくわからない石碑、その道の向こうに広がっている街頭ひとつ無い暗闇、そこへ誘うように背中のほうから流れ込む澱んだ風。
私は思わず逃げ出してしまった。
ここは普通の山村なんだ、と何度も自分自身に言い聞かせる。
けど、私の脳裏には「この場所はおかしい」という言葉が何度も繰り返されていて、自然と私の足を速めていく。
そして気づいてしまった。
今は冬で、今年の日本列島は例年まれにみない大雪のはず。
なのに、風は生暖かくて、湿気が含んでいた。
アスファルトの路面からはまだ熱が感じられた。
帆の暗くなってきている山々の色は緑色だった。
ここには、雪なんてひとつも無かった。
ホラー映画の主人公の気分って、こんな感じなんだろうか。
気がついたら私は泣きじゃくったままどこかの駐在所に駆けつけていて、迷惑なことに車で一時間は掛かる距離はある私の家まで、車で送ってもらっていた。
ついでに、その駐在所があった場所は雪も積もっていたし、風も渇いていて寒かった。
ためしに、駐在所のおじいさんにあの場所の名前を知っていますか、と聞いてみたところ
「ん、あ、あぁ、おじいさん長年この地方に住んでるけど、見たことないなぁ」
と、お決まりの回答をいただいた。
どこか誤魔化されたよなきがした。
そして現在にいたるわけです。
おかげで全く眠れませんでした。
どうやら俗に言う「不思議体験」というものを、私はしたらしい。
今きっと温泉に入りなおしている彼女に話したのは、私が体験した内容の一部だけ。
イブのイブに、サンタさんは一人孤独で惨めな私に早めのプレゼントを渡したつもりだったのだろうか?
残念ながらすんごい怖かったんですよひげのおじさん?
今度からあなたのことをサンタとは呼ばないことにします。
ひげのおじさんでいいです。
と思ったけど、やっぱりサンタさんでいいです。
とことん小心者な私。
とりあえずどうしよう、着替えて朝ごはん食べたら、何から調べるべきなんだろう。
教えてひげのおじさん兼サンタさん。
2.
昨日の夜、事を済ませて神社に戻って、晩御飯を食べたところまでは覚えているんだけど、どうやら僕はすぐ寝てしまったらしい。
確かに昨日は苦戦したが、結局はいつもどおりだ。
シロとコダマの協力で普段より強めの結界を張ったというから、おそらく当分の間は昨日のようなことは起こらないだろう。
とりあえず目を覚ますことにする。
朝だからというのもあってか、思い体を起こして目を開けると
「にゃーん」
「・・・」
猫耳。
・・・猫耳?
・・・・・・どっからどう見ても、うん、やっぱり猫耳。
・・・・・・・・にゃーん。
どうやら、目を凝らして何度確認しても、結果は同じらしい。
寝ぼけていても、はっきりと認識してしまっている、残念ながら。
そう、猫耳なのだ。
今僕の目の前には見慣れている巫女服を着た神様(猫耳ver.)がいる。
僕の体にまたがって、もう少しで唇がつくんじゃないかって位顔が近い。
けどそれよりも、目線を上に向けると見えるものが気になる。
「にゃーん?」
うん。
猫耳だ。
確かに、猫耳だ。
何故?
いや、とりあえず聞いてみることにしよう。
解からないことは遠慮なく聞くもんだって、夢の中の爺ちゃんも言ってたような気かする。
何事も挑戦が大事だ。
そう自分に言い聞かせて、僕は勇気を持ってシロに聞くことにする、単刀直入に。
「・・・何やってんだお前?」
「にゃんにゃーん」
・・・・・・・・・。
あー、いや、そりゃ見たら猫だってのは解かりますけど、猫耳なんだってのはわかってるんですけど、体をくねくねさせて猫だってことくらいわかるんですけど、いや、何故?
「あーいや、なんかね、悟っちゃった」
・・・神様は悟ると猫耳になるのだろうか?
僕の知る限り、昔の日本の古い伝承には、悟ると現代のニーズにも対応できる猫耳を装備してくださるサービス精神がとても優秀な神様がいるというのは、過去聞いたことが無い。
「ねぇねぇ、似合うでしょ?」
「体をくねくねさせながら寄ってくるな、僕の上でゴロゴロするな、上目遣いで僕を見るな」
「あ、クロ、鼻血でてる」
・・・・・・・・・。
まぁ、ええ、そうですね、似合ってますとも、そりゃぁ、勿論、うん、ごめんなさい。
俗に言うクリスマスイブというものは、実際クリスマスの前の日というだけであって、クリスマス自体にはあまり関係が無い。
ただ、前の日から雰囲気を作っていって、0:00分、日が変わった瞬間に迎えるクリスマスが”ろまんちっく”、ということらしい。
そのクリスマスという行事が、神社で神様をしているシロや僕みたいな奴らに何の関係があるのかといえば、あんまり無い。
強いて言うなら、大昔に誕生した成人の誕生日であり、仏教に囲まれた日本といえども、オカルト的な力の作用に影響があるかないかの程度だ。
罰当たりな話にはなるが、もしシロがキリスト教で伝えられているような神様だったとするのならば、大いに関係はするのだろう。
だがシロは日本の神社に居る神様である。
シロの根源的な部分が宗教や文化と関係ないとしても、今はこうやって日本のどこかの山の古びた神社の神様をしているわけである。
それなのに。
「ろまんちっくにいこうぜ!」
あー・・・・・・え?
「クリスマスってのは、女の子と男の子が(以下自主規制)なんだよね?」
「お前はどこからそんな間違った知識を覚えてくるんだ・・・クリスマスってのはね、サンタさんが健気で可愛い子供達にプレゼントを与えてくれる、子供達にとっては大事なイベントなんだ。それとサンタの唯一の仕事の日」
「けどそれって、結局はその子供達のお父さんがサンタの役をやってるってこの本に」
そういえば、いつだったかシロが現代になじめるようにって本とかあげたんだっけ。
なるほど、原因はそれか。
「まぁ、強ち間違ってはないけどさぁ。せめてシロは神様なんだから、子供の夢は守ってあげようよ。ついでに最初に言ったのも一部地域の話だから関係ありません」
「じゃぁ私達がその一部地域に入れば問題ないにゃ?朝から」
あからさまにキスを求めながら再急接近してくる神様の唇を、僕は片手でガードする。
まぁしてもいいんだけど、朝からは流石にね。
もういろいろと疲れてるし。
「はいらねぇ。それと上目遣いで語尾に”にゃ”をつけるな」
「あ、クロ、また鼻血」
「・・・」
いや、これはね、頭に血が上ったからだよ、疲れてるんだよやっぱり、きっと。
なんて言い訳したら、シロはいとも簡単に言い寄ってくるだろう、いつもみたいに。
いつから僕の威厳というものがなくなってしまったんだろうか。
きっとこの神様となら最初から無かったんだろうなぁ。
「まぁとりあえず、その、”ろまんちっく”ってのは無しの方向で」
「にゃー、仕方にゃいね」
鼻血を拭きながらシロに促した。
めずらしい、素直に引き下がってくれるとは。
どことなく物足りなさそうなオーラをシロは僕に向けてはいるけど、そこはスルー。
そうしたら、シロは立ち上がって、腰を半回転させて袴をめくり始めた。
「折角尻尾もつけてみたのに・・・」
諦めてなかったのか、やっぱりいつもどおりのシロだ。
「わかった、解かったから袴をめくるな。」
見方によっちゃ危ない行為だ、それは。
「いやぁ、クロは可愛いねぇ、いい栄養分ににゃなるにゃん」
・・・
僕の威厳が鼻血になって抜けていく。
だんだんそんな気がしてきた。
まぁ、僕が可愛かったらシロは比べ物にならないほど可愛いんだがな、と思ったが、流石にこれは言わないことにした。
「はぁ、そのかわり」
シロが目を光らせて、餌を目の前にした猫のような顔をして、僕のほうをぎょろっと向いた。
ろまんちっく?
ろまんちっくのかわりにやっぱりろまんちっくなんだね?
にゃにゃにゃにゃにゃ
と、わけの解からないことを考えているのが見てわかる。
「・・・あー、言っておくけど、ろまんちっくは無いから」
「にゃー・・・」
シロはそう言って、いかにも残念そうに俯いた。
あーもう、解かりやすい、解かりやすすぎる。
「というか、ちょっと位は自分の身を案じてくれ、頼むから」
「大丈夫大丈夫、この状態でも出来ることは出来るからさ」
「せんでいい」
親指を立てられても説得力の増しにもならないって。
さて、ここに来て僕は(シロの行為によって)暖められていた策を講じてみることにする。
「ふむ、折角ケーキでも作ってあげようかなと思っ」
「さぁクロ、材料の買出しに行こう!」
早っ。
いつの間に着替えたこいつは。
シロはいつもの巫女服から、お出かけ用の服(冬使用)に着替えていた。
けど猫耳使用のまま。
よほど猫の状態が気に入ったらしい。
「取らないのか、猫耳」
「どうせ飾りにしか見えないし、可愛いから大丈夫だよ」
自分の耳をなでながら、自慢げに言ってきた。
最近シロの現代社会の認識がどこかずれてきているように思えるけど、まぁいいや。
それに可愛いのは否定しない。
「とりあえず気が早いよシロ、まだ朝だし、僕だってご飯も食べてなけりゃ、昨日体洗ってないから少し臭うし。」
「大丈夫だよクロ、私その気になれば匂いフェチにだってな」
「なるな。その単語の使い方は間違ってないけど、いろいろと危ないぞその発言」
「むー、嫌いじゃないのになぁ、クロの匂い」
・・・・・・・・・・・・・あー、まぁ、突っ込まないことにしよう。
けど、だんだん現代に対応していってるシロを見ていると、嬉しいような、悲しいような。
「まぁいいや。じゃぁ私ご飯作ってくるから、クロお風呂入ってきなよ」
「うん、そうします」
といっても、いまだにドラム缶風呂だが。
しかも今は冬だから、かなり寒い。
「でシロ、何故お前も脱ぎ始めるんだ?折角着替えたのに」
ドラム缶風呂に入ったまま、後ろを見ずにおもむろに言ってみた。
別に後ろのほうにシロがいるって根拠は無いけど、言ってみた。
そうしたら後ろのほうで、
「・・・ぐぅ〜・・・」
というシロの唸り声が聞こえた。
はぁ、やっぱり。
我家の神様は愛も変わらず元気です、お爺様。
間違えた、相も変わらず。
わざとなのは秘密だよ、よいこのみんな。
大体朝っぱらから青春期の中学生にはハードルが高いやり取りをしているってのが、疲れる。
シロにはもっと体と心をいたわってほしいものだ。
主に恥じらいとかその辺。
まぁなんだかんだ言っても、結局は一緒にドラム缶風呂に入ってるんだから、きっと僕には何も言う権利は無いんだと思う。
言い訳は見苦しいよね、男として。
だから僕、ずっとシロに背中向けてるんだ。
それに朝っぱらから思春期の中学生の妄想以上なことはしない。
朝じゃなきゃするんだ、とか憎たらしい子供みたいな発想も却下するよ。
でも徐々に膨らみを増してくるシロの下腹部が目に入ってしまうのは、きっと親心なんだと思う。
いや、まじめに。
本当だってば。
僕は後ろをチラ見して貧相な胸を眺めるほど趣味は悪くないつもりだ。
よし、聞こえてない。
ただ、こうやってシロと背中合わせに風呂に入るのも、悪くは無いと思った。
なんか、こう、安心できるというか、落ち着く。
シロがそばにいることが、とてもほっとする。
シロも、僕がそばにいることでほっとするんだろうか?
「ほっとするよ、クロ、好きだもん」
・・・そっか。
よかった。
「僕も好きだよ、シロ」
心を読むんじゃない、といいたかったけど、こんな恥ずかしいセリフが自然とこぼれてしまったから仕方ない。
ほっとした。
あぁそういえば、
昨日の女の子は何だったんだろう。
3.
駅から徒歩20分、少し山間のほうに歩みを進めれば一際大きく目立つ、その建物は見えてくる。
オカルトからゴキブリ飼育方法まで、この世にあらん限りの本を集めたと噂されている図書館。
勿論そんなのはあくまで噂、建物の大きさから見てもそんなはずはありえない。
大体この世にあらん限りとか、きっと噂が肥大しすぎただけなんだだと思う。
けど市立にしては書物量が尋常に多くて有名である図書館は、私のお気に入りの場所でもあるのだ。
で、
世間はクリスマス一色なのに、なんで一人寂しく図書館にいるんだろうか、と考えるのも今さらだった。
しかも、もう3時間も居るのに、収穫なし。
「あーあ・・・んーーー・・・・・・・・・はぁ」
本を閉じて、ため息をつきながら背伸びする。
長時間座っていたから、首や背骨の骨がきしんでいる。(実は肩こりが最近の悩みだったりします。)
この三時間、ずっとあの『 』という場所について調べていた。
こんな調子で調べてもきりが無いってのはわかってるんだけど、このくらいしか調べる方法が無いのです。
視線の傍らにある本の山を戻しに行くのすら面倒くさくなってきた。
そう思ったら欠伸が出たから、一緒に背筋も伸ばそうとした、瞬間
むにゅ
という変なSEが聞こえたような気がした。
むにゅにゅにゅにゅにゅにゅ
「ーっ!!」
口では言い表せないような感覚が体を走った。
恐る恐る視線を下げてみたら、急に私の上半身の真ん中の首の下辺りに、というか胸に手が伸びてきていた。
「んー、この手に溢れんばかりのおっぱい、露華、また成長したな?」
「ややややわわわああわあぁああわわあややああわわあや止めてくださいクゥさんっ!!」
「止めろと言われて止めるような奴がどこに居るんだ、いやぁなんていやらしいブツをぶら下げているんだお前は、とわかった、わかったからそう睨むな露華、お前が無防備すぎて、つい揉みやすそうなおっぱいだなと思ってしまったのだよ」
「・・・う”〜・・・」
私はテーブルの上にあった本を両手で、胸を守るようにしてに抱えながら後ろを向いた。
そこにはこの図書館の館主が、小動物でも眺めるような愛らしい顔でこちらを向いて立っていた。
神出鬼没で現れて、気分で私の胸を揉んでくる変態館主クゥさんである。
スタイルがよくて美人、青白い長い髪を普段から赤い大きなリボンで束ねていて、頭のてっぺんにあほ毛が立っている。(染めたのか地毛なのかは解からない)
またまた噂なんだけど、どうやらクゥという名前は偽名で、しかもこの大図書館を一人で管理しているという噂だ。
信じられない話だけど、私はこの図書館で彼女以外の職員を見たことが無いというのを考えれば、どうやらこの噂は本当のようだ。
ちょっと変わってはいるけど、私は嫌いではない。セクハラさえしてこなければ。
ちなみに、彼女も私が魔女と呼ばれていることを知っているし、私の特異な能力(温泉に言っている彼女に言わせるとそうらしい)もしっている。
コートを着ている所を見ると、どうやら外出していたようだ。
「今度は何の本を読みにきたんだ?と、ずいぶん古い本を持ち出してるじゃないか」
「ええまぁ、ちょっと地名を調べようと思って」
「ほう、よほど暇ならしいな、イブだっていうのに。彼氏の一人も居ないのか?そんな胸で」
「セクハラで訴えますよ、クゥさん」
「むぅ、もったいないな。よしわかった、私がお前をいただくことに、わかったよ、冗談だよ冗談」
この人の冗談は、とても冗談に聞こえないから怖い。
とりあえず話を切り替えることにした。
「あぁそうです、クゥさんに聞きたいことがあるんですけど」
「なんだ?私の胸は露華よりは小さいぞ?」
「もう胸の話はいいです。」と私は一蹴する。
しかもそのスタイルで私より小さいというのは信じられないような気がするけど。
「そうじゃなくて、クゥさんはこのあたりの古い地名とか知ってますか?」
「古い地名、というのは、この辺が昔なんと呼ばれていたかでいいのか?だとしたらお前の持っているその本に書いてあるはずだが」
「それがないんです。だから聞いてみようと思って」
「本に載っていないことが私に解かるものか。まぁ一応聞いてみるが、なんと言う名だ?」
「ええっと、読み方は解からないんですけど、こんな形の字だったような気がします。」
そう言って私はその字を紙に書いてクゥさんに渡した
「なんだ、読み方も解からないで探していたのか。それじゃぁ見つかるわけ無いだろうに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だと?」
その字を見た瞬間、クゥさんの顔つきが変わった。
なんか、ちょっと、怖い。
「あぁすまん、そんなに怖がらないでくれ。露華、この名前、どこで見たんだ?」
「あぁええっと・・・バスに乗っていたら偶然目にして、見慣れない文字だから覚えてるんですけど」
「バスねぇ、そうか・・・・・・・・・ふむ、悪いな、私も初めて見た字だ」
そういうと、いつものクゥさんの顔に戻った。
もしかしたら何か知っているのかもしれない。
「そうですか。けど意外です、クゥさんならもしかしたら読み方は解かるんじゃないかなと思ったんですけど」
一か八か、クゥさん相手に鎌をかけてみた。
「高く評価してもらえているのは嬉しいが、買いかぶりすぎだよ露華。私は単なる図書館の館主なのだからな。そうだ、この紙貰ってもいいか?どうせ暇だし、調べてみたいんだが」
なんと、意外な回答が戻ってきた。
どうやらクゥさんは本当に何も知らないらしい。
「じゃぁお願いします。私も手詰まりで困ってるんです」
「手詰まり?お前に限ってそんなことは無いだろうさ露華。いや魔女さま。お得意の占でいくらも調べられるんじゃないのか?」
「んーそれが、画数とかも不明ですし、なんて読むのかもわからないんじゃぁ何も出来なくて」
「そんなのに頼らなくてもいいだろ、お前の占術には形は無いんだから」
形が無い?
どういう意味だろうか。
「いや、深く考えなくてもいいさ。今のは露華の占に対する私の率直で好意的な感想だよ」
「そう、ですか?」
どうも引っかかる言い方をするけど、彼女らしいといえば彼女らしい言い方だった。
とりあえず褒められてる、ということにしておく。
「けどどうすればいいんでしょう?」
形が無いといわれても、どんな占にもやり方が一応あるものです。
ぱっと見でわかるのは流れくらいだし。
この人に通じるかどうかは解からないけど、オカルトらしいことを聞いてみる、単刀直入に。
「これって魔術的な字とかでしょうか?ルーンとか、梵字とか」
「んー・・・・・・・・さぁ?魔術なんてものに私はかかわりが無いからな。はいココア」
「あぁありがとうございます」
どこから出したんだろう、というかいつの間に作ったんだろうか。
と疑念を抱いていたんだけど、クゥさんの後ろにチラッと見えたポットのおかげでうやむや解消、すっきり。
「ところで露華、私に鎌かけたりするなんて、そんなに胸揉んでほしいのか?」
ばれてた。
流石クゥさん、敬意を心の中で称えながら、口でごまかす。
「かけてませんし、揉まないでください」
「じゃぁそろそろ次の段階に」
「何ですか次の段階って!?」
「いやぁ、そりゃぁ(自主規制)。まさか私にそこまで求めていたとは、じゃぁ今からここで」
「しません!!したくもないです!!」
突っ込みを間違えたようです、もうすこしで危ない世界に踏み込むところでした。
「むぅ・・・」
あれ?本気でへこんでるよこの人・・・
けどここで慰めでもしたら付け込まれるから、ここはスルーしておこう。
「まぁいいさ、また今度の機会に期待しておこう。それより露華、真琴はどうした?」
真琴とは今温泉に居る彼女のことである。
「あぁまこは今温泉です。私も本当なら行くはずだったんですけど」
「なんだ、寝坊でもしたのか?」
「・・・・・・・・・はぃ」
見抜かれていた。
「じゃぁよかった。ちょっと付き合え露華」
「よくないですよ、しかも付き合えって何ですか?」
「ちょっと面倒な調べものがあってね、露華、お前どうせ暇なんだから手伝ってくれ。勿論、なんらかの報酬は出すから」
「セクハラ以外の報酬なら受け取りますよ」
「心配するな、仕事とプライベートくらいは私でも両立できるさ。」
セクハラがプライベートってのもかわった日常だと思う。
「まぁ、じゃぁいいですよ。けど私の調べ物が・・・」
「あぁそのことなら大丈夫だ。心配するな」
「大丈夫って、何でですか?」
「なんとなく、だよ」
この人がなんとなくでモノを言うときは、必ず何かあるんだと思うことにしている。
ということは、やっぱりあの字が何なのか知っているんじゃないだろうか、と私は思った。
まぁ別に今日でなくても調べれられるんだし、そもそも暇だったから調べ始めたんだから、やることが出来たんなら、そっちのほうがいいのかもしれない。
「それで、今から調べるんですか?」
「あぁ、三日ばかり付き合ってもらうよ露華」
「三日・・・まぁどうせ暇だからいいですけど。けど三日も手伝うって、どこか出かけるんです?」
「察しがよくて助かるよ、流石魔女というだけはあるな」
魔女は関係ないような気がするけど、深く考えないことにした。
「あぁ、代わりといっちゃ何だが、泊まりは旅館で露天風呂のおいしいご飯だ船盛りだ、しかも私の奢りだぞ?」
というとクゥさんは、封筒に入った札束を取り出した。
それは諭吉さんが束ねられた、一般人にとっては夢の宝物だった。
「どこから出したんですかそのお金?まさか危ないお金じゃあ」
「いんや、図書館費用だ」
「いいんですかそれ!?」
横領です。
現行犯です。
「ばれなきゃいいさ。それに一年の間まともに使う金といったら、本を新調するか、私の食費くらいにしかならないのだぞ」
「公用経費を自分の食費に使わないでください。給料があるでしょう」
「いやこれでも低賃金で困っているんだぞ?いいじゃないかたまには」
この調子だと、噂どおりこの人はここに住み着いているようだった。
「本はそのままにしといてもいいぞ、どうせここに来るのはお前のような変わり者だらけだからな」
「本人の目の前で言わないでください、少しショックです」
「褒め言葉として受け止めておいてくれ、露華魔女。さぁ行くぞ、女二人っきりのピンク色温泉旅行だ」
「何ですかそのピンク色って表現。何か古臭いですよ。ついでにピンク色になるようなことには絶対なりませんから」
「つれないなぁ露ちゃんは」
「へ、変な呼び方をしないでください!」
今更ながら、何か不安になってきた。
この人と三日間行動をともにして、私の貞操は大丈夫なのだろうかと、すごい不安。
そんな私の心配は名のとおり露とも感じず、クゥさんは「さぁいくぞ」と私を促し、エントランスに『休業中』の札をかけて扉の鍵を閉める。
外に出ると雪が降っていた。
私が図書館に来るころは晴れていたんだけど、あっという間に灰色の空と白い景色に模様替えしていた。この季節だと、午後四時になるとあたりがだんだん暗くなってくる。
今日も寒くなるな、と思いながら、クゥさんの赤い色のスポーツカーに乗った。
「では行くか」とクゥさんが言うと、エンジンが本格始動して、車が発進した。
「ところで何の調べものなんですか?」
「んー、未だ秘密だ。クライアントがガチガチの秘密主義野郎でね、今は未だ教えられないんだ。正直私も詳しいことは知らない。目的地につけば詳しい指示を仰ぐとも言っている。」
「そうなんですか。じゃぁもうひとついいですか?」
「うむ、どんどん聞いてくれてもかまわんぞ。答えられるものは限られるがね」
「私の調べモノにも関係してますか、それ?」
「今のところはとりあえずノーコメント、とさせてくれ」
「だめです」
「なかなか厳しいじゃないか。うん、そうだな、露華が昨日遭遇した事象については確実に絡んでいると考えてもいいかも知れんぞ?」
「私未だそのこをとクゥさんに話してませんよ?」
「あれ、そうだったか?じゃぁ聞かなかったことにしてくれ」
「そうしておきます」
離れていく図書館をサイドミラー越しに眺めて、チラッとクゥさんのほうを見た。
年齢不詳で、いつからこの大図書館の館主をしているのかも不明、それに職員はこの人だけ。
ついでに言うと、彼女を知っている獄少数の中では、私と同じく、けど私より明確かつ本当の意味で、クゥさんはこう呼ばれている。
「魔女」と。
魔女二人の温泉旅行。
まぁ一、人で寂しく不運なクリスマスを過ごすよりはいいかもしれないと、思った。
どうやら私の知りたことも解かるようだし。
とりあえず、ひげのおじさん、願い事変更します。
どうか私の貞操を守ってください。
そういえば、女性同士でも貞操って単語はあっているんだろうか。
あぁ私今変なこと考え始めた。
この人と一緒に居ると毒されているような気がする、絶対。
「どうした露華、今日の夜どんなプレイをするか考えているのか?」
「し、し、しませんよ!!!」
顔を真っ赤にして否定する。
「かわいいなぁ露華は」
やっぱり不運だ、私。
助けてひげのおじさん改めサンタさーん。
と、心の中でボソってつぶやいてみた。
4.
途中でシロが生クリームまみれになったり、コダマ達がなだれ込んできたりとアクシデントはあったものの、どうにかケーキは完成して、マリーあんとわなんとかの精神にのっとって、晩飯の代わりにまるで結婚式のケーキのような大きさのものを食べることになった。
といっても、コダマ達が押し寄せてくるなどの事態に見舞われたため、いくら量が多いとはいえ、満足に食べることは出来なかったんだけど。
まぁシロはそれでも満足らしい。
シロがあんな状態だからお酒抜きの炭酸だけのシャンパンまで買ってきたりして、まるで本当のクリスマスパーティのようだった。
神社でそれをやるってのにもどこかおかしく思えるけど、シロが終始楽しんでいたからよしとしよう。
疲れたのか、今シロはぐっすり眠ってしまっている。
これは朝まで起きないだろう。
コダマ達もいつの間にか帰っていた。
結局片付けも一人ですることになったのだけど、例の気が合うコダマだけが手伝ってくれたからかなり助かった。
そいつも元の場所に戻って、今は僕一人であまった酒抜きシャンパンを飲みながら、昨日の女の子のことについて考えをめぐらせていた。
女の子。
その子はシロの結界に入り込んで、すぐ消えた。
見つからないように監視していたけど、その子は僕の気配でも察知したのか、すぐ出て行った。
それもあって、シロに無理言って強めの結界を張るように頼んだ。
偶然入り込んだ、という考え方も出来るけど、今シロはあんな状態だ。
この神社までたどり着くことは無いとは思うけど、弱っていたとはいえ、シロの結界に入り込んだということは只者ではないはず。
シロの結界は二種類張られている。
ひとつは僕の家がある(はずの)村に、簡単に言えば退魔のようなものを張っている。
もうひとつは、この神社周辺を覆う隔離結界。
この神社は集落のある山のなかに確かに存在する。
だけどそこにたどり着けないようにしているのだ。
だけどそれは人よけの結界とも違う。
この一体の空間自体を別の位相(次元といったほうがいいのか)に移しているのだ。
人よけよりも安全性は増すが、リスクは大きい。
まぁそのリスクでさえ、弱っているとはいえ神様が手がけているものなんだし、何しろ『真っ暗』となる僕が居ることで解消されるのだ。
シロには女の子のことを伝えてはないけど、おそらくバレバレだろう。
いつもなら「にゃぜに?」とか聞いてくるはずなのに、じゃなきゃすんなり僕の承諾を飲んでくれるはずが無いのだ。
どうせシロには僕が心配していることすらすかされていると思う。
だからなおさら、何かあったら困るのだ。
まぁけど、なるようになれかな、と思う。
あまり暴力沙汰は嫌いなんだけど、もしシロにちょっかい出そうって奴が居るのなら、それがもし神様とかでも消すつもりでいるのだから。
なんだかんだいって、僕はシロの力や、自分の力を過信してるんだと思う。
けどそれを無下に振るうことはしない。
使う時があるのならば、それはシロの為だろう。
「それと、この子のため、かな」
そう言いながら、僕はシロのおなかをなでる。
日に日に膨れてるような気がする。
そういえばまだ猫耳だ。
お、意外とさわり心地がいい・・・
・・・
「・・・はっ」
つい夢中になって触りまくってしまった。
あー、恥ずかしい。
なんだこれ。
絶対僕酔ってる。
寝よう、よし寝よう。
自分にそう暗示(精一杯ごまか)して、シロの枕元にクリスマスのプレゼントというものを置いて、布団にもぐった。
あー恥ずかしい。
5.
なんだろう、気持ちが悪い。
「クゥさん」
「なんだ露華?」
「私昨日不思議体験したんですよ」
「ほう、どんな」
「風水で言う悪い流れをずっと追いかけてみたんです」
「露華、いくらお前運が悪いからって、そんなことしても意味無いだろう」
「マコとおんなじこと言われました。で、居眠りして目が覚めたら知らない場所だったんです」
「そりゃそうだろうな」
「で、クゥさん」
「なんだ露華?」
「なんでこの場所だってわかったんですか?」
「いや、私はその話を今はじめて聞いたし、此処には依頼主からの調べものに着ただけだよ。今日はその下見だけだ。明日改めて調べようと思っている」
にしては、出来すぎなんじゃないか、と思う。
バス停を通り過ぎて、坂を上り、自販機の前の石碑がある場所。
私達が居るところは、昨日私が迷い込んだ場所と同じ場所だった。
違うところといえば、人が歩いていて、バス停の文字が私でも読める字になっていて、雪が街と比べ物にならないくらいつもっているということ。
それと、前とは違う違和感を感じること。
「占術が体に染み付いているお前には、この場所がどれほどおかしい場所かわかるはずだ。だがひとつ言っておくが、お前が昨日迷い込んだという場所とこの場所は全く違う場所だ。よく思い出せ、似ているだけで全く違うはずなんだ。」
頭の中がおかしくなる。
記憶がごちゃ混ぜになる。
昨日のことがちゃんと思い出せない。
めまいが抑えられなかった。
私は気持ち悪くなって倒れそうになるところをクゥさんに支えられた。
「露華には未だつらいかもな。今日のところはひとまずこの場所を離れよう。説明はどこか旅館を探して落ち着いてからはにしよう。この先に温泉のある旅館があるはずだ。」
「ごめん、なさい・・・私・・・ちょっと・・・」
「いや、これは私が悪かったよ。とにかく無理はいけない」
そういわれて、私は支えられながらクゥさんの車に乗った。
「寝ててもいいぞ、ついたら起こすよ。ゆっくり休め露華」
「そう・・・します・・・」
そこから旅館に着くまで、私はずっと寝ていた。
着いてすぐ、クゥさんに連れられて温泉に入った。
「落ち着いたか?」
露天風呂に入って、どうにか体の調子が戻ってきた。
「はい、ごめんなさいクゥさん、私なんか・・・」
「いや、私こそ悪かった。事情を知っていたにせよ悪戯が過ぎた」
やっぱり、昨日私にあったことを知っていたらしい。
「説明、してもらってもいいでしょうか?」
「あぁ、今度はちゃんと話そう。そもそも私が受けた依頼の中の一つには、お前が何故あの場所に立ち入ることが出来たのかを調べてもらいたい、というものがあったんだ。契約で依頼主が誰だか明かすことは出来ないんだ、すまないな。まぁおそらくお前は面識がないだろうからいいがな。最初は私も疑ったさ。なぜお前がかかわっているんだ、とな。露華、お前が私に見せたあの字はね、魔術なんかで言うルーンみたいなものなんだ。おそらく、アレに力を流し込んで何らかの作業をすれば、結界が一つ出来あがるだろう、それもなかなかの力を持つものがな。私はともかく、お前みたいな特異な人間なら違和感を覚えてしまうだろう。」
「あの、クゥさん、質問いいでしょうか?」
「ん、なんだ露華?」
「魔術とかルーンとか、クゥさんって魔法使いとかなんですか?」
大図書館の魔女。
その言葉が私の脳裏をよぎった。
「私はちがうよ。露華が知っているとおり大図書館の低賃金で働いている館主さ。ただ昔ちょっとだけかかわる機会があってね、それ以降ちょっとだけこうやったまにて仕事を請け負っているんだ。」
やはり魔女というのはただの噂のようだ。
ただ、あながち間違っても無いような気もした。
クゥさんは説明を続ける。
めがねが曇ってよく見えないけど、どこか悲しそうな目だったような気がした。
私は今メガネをかけていないからちゃんと見えないというのもあるとは思うけど。
そんな気がした。
「で、今回偶然お前がかかわってしまったというわけだ。本来、あの結界の中にどうやってお前が入ったか調べてほしいなんて依頼は、最初の契約内容には無かったんだ。ついでなんだ、ついで。お前がさっきあそこで感じた違和感は、昨日同じような場所にいたという体の記憶が、お前の占術と重なってそうなったんだと思う」
「占と重なるって、どういうことですか?」
「お前は昨日、運が無いからって悪い流れの方向にひたすら向かっていたと言っていたな。おそらくそのせいだろう。あの結界はおそらく浄化するものではなくて、拒む結界だったんだろう。魔よけやそういった類と同じだと思えばいい。それに珍しいものには、危ないモノが集まるものだ。そういったのにも影響されて、さっきまで居たあの場所にも反映されているんだろう。普通の人ならなんでもないだろうが、お前の占術は脳とは別に、体でも記憶してしまう。これを見抜けなかったのは私のミスだ、悪かったよ」
「いえ、そんなこと無いですよ。おかげでだんだん楽になってきましたし」
「そういってくれると助かるよ露華」
「けど、私の知りたいこと解かっちゃいましたね。結局クゥさんしってたんじゃないですか。けどまだ聞きたいことがあるんですけどいいでしょうか?」
「何でも聞いてくれ。答えれる限りは答えよう」
「あの結界、作った目的は何なんですか?というか誰があんなもの作ったんですか?」
「それを明日から調べようと思うんだ。依頼主からはやむなくは破壊してくれと頼まれている」
「クゥさんできるんですか?」
「いや、私は魔術とか魔法とかについてはそこまで専門じゃないんだ。けどどうやら依頼主がその道の人らしくてね、道具とその使い方や方法を伺ってきた。それともしあそこに行って露華の未に何かが起きたら渡すようにと言われているものもあるんだ」
「私に、ですか?」
「あぁ。それは明日渡そう。と、そうなるとお前をまたあそこに連れて行くことになるんだが、それでもいいか?」
「私なら大丈夫ですよ、なんたって露の魔女ですから」
自分から言うのは初めてだ。
けどクゥさんは私以上に私のことを知っているようで、どこかもどかしかった。
けど、それが悪いことだって言うことじゃなくて、クゥさんでよかった私はと思う。
「なら、今日はゆっくりしよう。温泉はどうやら私達の貸切みたいだからな。部屋は狭いがな」
「そうですね」
私達は笑いながらそういった。
クゥさんは笑っているほうが素敵だと、少し思った。
ところで、露天風呂で堂々とこんな話が出来るのは、周りに全く人がいないからだ。
お上の話では、普段からあまり人の寄らない場所だから、来ても地元の人くらいらしい。
けど温泉としては有名で、一部のマニアには名が知られているらしい。
だけど今日は珍しく(私が居るのに)運がよかったのか、私とクゥさんの貸切状態である。
「ということは」
と何か思いついたように顔を上げると
「そら!」
といって私の胸をめがけて抱きついてきた。
私はとっさに回避する。
「あまい!」
とクゥさんが叫んだと思うと、まるで私がよける方向がわかっていたかのように、よけた後の私の方向にむかって突進してきた。
これはよけきれない。
温泉の飛び散るバシャーンという大きな音がなって、胸をタオルで隠しながら上半身を起こすと、クゥさんが私の太ももにしがみついていた。
「おぉ、ふともももぷにぷにしてていい感じだ。よしもうちょっと奥を探ってみるとし」
「すとーーーーーーーーっぷ!!」
クゥさんを引っぺがしながら、思わず叫んでしまった。
気がついたら、クゥさんが仰向けでお湯の上に漂っていた。
私はおそるおそる質問してみる。
「・・・もしかしてクゥさん、私みたいに妹さんに手出したりしてませんよね?」
「さぁ?どうだろうね?ただお前よりは敏か」
「それ完全にセクハラです」
私はクゥさんの言葉をさえぎった。
この人のレズビアンは、シスコンという属性まで含まれているようだった。
危ない。
やっぱりクゥさんはクゥさんだった。
「あぁついでに、私はシスコンで、しかもかわいいものに目が無いんだ」
「認めちゃったこの人!」
「ははは、大丈夫だよ露華ぎりぎりセーフだ」
ぎりぎりアウトの間違いではなかろうか?
そんなこんなで一日が過ぎていった。
私は明日のために早く寝ることにした。
寝る前に、かばんに入れてあったタロットで自分を占ってみたが、結果は当然わからなかった。
どうやら明日の私の運勢は、いつもどおり『未定』のようです。
クゥさんは売店にビールを買いに行っていた。
寝る前に飲むとよく眠れるんだ、と言っていた。
クゥさんが何かしてくるんじゃないか、と心配はしたけど、私はクゥさんが無闇にそんなことをするほど変な人ではないと知っていたから、安心して布団に入り、紐を引いて電気を消して目を瞑った。
瞬間、まぶたの裏に黒い少年と白い少女の姿が浮かんだような気がしたけど、私はそれを脳で理解することが出来ないまま、深い眠りに落ちた。
6.
「いちいちこの寒空の中、屋根の上に呼び出すとはね。まぁ雪は落ち着いてきているからいいが。で、何のようだクライアント?」
「依頼人に向かってその言い方はないだろうよ。まぁたしかに、本来ならばワシが自らの手でどうにかせんといかぬのだがな。その辺は察してくれ。今日は最初で最後、ただ様子を見に来ただけさ。あと、あの娘をこの目で見たかったのもあるのでな」
「そうか。ではあなたは露華を見てどう思う?」
「耳にしている以上に、異も異だ。どおりであの中に入り込むことが出来るわけだ。あのようなのが存在していること自体、稀過ぎるとおぬしも思うだろう?」
「私からしてみれば、あなたよりはまともだと思うんだけどね」
「そうでもないさ、あの娘はおそらくワシよりも上をいけるだろう。もし道を踏み間違えなかったらの」
「あの娘はそんな娘じゃないから安心してもいいぞ」
「そうか。ではおぬしはどうなんだ?」
「私か?そんなの解かりきったことじゃないか、聞くまでも無いさ。じゃぁわたしはそろそろ寝るぞ。明日は依頼で忙しいからな。ではな人間」
「成功を、祈っておるよ×××。おぬしの兄弟にもよろしく言っておいてくれ」
「私は今ただの人間だよ、ってもういないか。人にしては相変わらず忙しい御仁だ。あれでまだ人間でいると言うことすら驚いてしまうよ、私は。だいたい貴方はあいつらのことは知らないだろうに。・・・・・・・・まぁいいか。おー寒い、さて早く寝るかな。フフ、露華の寝顔はどのくらい可愛いんだろうなぁ・・・」
12月24日 終
ツギ