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「・・・・・・・・・まさか」

迷子になるとは。

と白髪でツンツン頭の少年は、明らかに分の悪そうな顔で呟いた。
其れも仕方の無いことなのかもしれない。
なんせ人生初の修学旅行で海外旅行なのだからだ。
右も左もわからない土地で調子に乗るとこうなることは少年にも凡そわかっていたはずだ。
わかっていたはずなのだが、なってしまったものは仕方が無い。
頭をがしがしと掻いて後悔しながら迷っていたが、とりあえず動いてみることにした少年は、
正面に見据えた大聖堂へ向かって足を伸ばし始めた。

そもそも、日常ろくに学校へ行かず、こういうイベントごとに限って姿を現す。
普段はフラフラと街に出没し、基本的にマンションの一室で何もせず唯々時間が過ぎるのを待つ生活。
ピアスなんてものはチャラチャラしていて嫌いだ、とはいうものの、その生活と自信の形では、他人の目からではどうしてもそう云う扱いをされてしまう。
それでも『修学旅行』というものには惹かれ、尚更『海外』という単語に手を引かれてしまっては行くしかないだろうと思っていた。
しかし、この少年に集団行動をしろという方が難しく、案の定はぐれてしまったわけである。

このまま海外で暮らすのもいいかもしれない。
と思ったりしてみる。
言葉はそのうち通じるようになるし、住む場所もこの辺なら誰も入り込みそうも無い、立ち入ることの出来ない場所が山のようにある。
もしかしたら今までよりいい生活が出来るかもしれないし、何も無くまたぶらぶらと放浪するのもいいかもしれない。
少年は、そんな淡い期待さえもこの状況に抱いていた。

レンガで創られた町並みは日本で見ることは出来ない。
イギリスと日本とでは明らかに文化も違うし、人も違う。
そんなこと小学生でもわかる話ではあるが、いざ実際に行ってみると、改めて認識させられるものだ。
骨格から来る顔付きの違いはどうにも出来ないが、少年の白い髪と赤い目のおかげで、人ごみにまぎれても格別変な目で見られることは無かった。
観光客か、それとも信仰者なんていう者達の集まりかは解らないが、兎も角その人ごみを潜り抜けて大聖堂に入ることに成功した。

リッポン大聖堂。とりあえず少年が、形上のクラスメイト達と別れたのはこの近くだ。
夜にでもなれば、流石に教師共が慌てふためいて自分の事を探すだろうし、ちょっと時間はかかるが、1、2時間歩けば宿泊先のホテルがある。
とりあえず今は何もやる気が起きないから、何処か人目のつかないところで横になりたかった。

中はそれほど広くは無い。
というのも、一般関係者が立ち入ることの出来る場所が少ない、という意味でだ。
だが、やはり大聖堂というだけはある。
装飾の一つ一つがすばらしく、無駄が無い。
一度や二度、倒壊した場所もあるというが、それでもすばらしい建造物だということにはちっとも代わりが無い。
これも一つの遺跡だ。半世紀もの時間を持っており、存在自体にそれなりの意味があるものの一つだ。
イギリスにはこのような大聖堂や寺院などが沢山あり、先ほど少年が『寝泊りすることろ』といった場所が、失礼にもこれらの遺跡のことだ。
観光客は数多くいるが、それでも遺跡の数はかなりある。
基本的には西方(カトリック)の関係物が多いのだが、それもそうとはいえないだろう。
数多くある遺跡の中には、東方(正教会)や、ローマ(バチカン)に関わるものもあっただろう。
そうだとしても、神域であり、聖域である。神につながる場所だ。
数多くの信仰者があり、其の人々を神のように包み込むことの出来るほどの空間を有しているのだ。
各々の大聖堂の名前は違えども、それら全ての存在する理由は、どれも酷似しているであろう。

そんなことはどうでもいいといった様な顔をしながらも、少年はその存在に圧巻されているようだ。
だが、不思議なことに、外にはあれほどの人数が集まっていたというのに、中は意外と伽藍としていた。
司教とか、シスターとか、そう云う人も見当たらない。
数人の人が祈りを提げるような格好を取っていただけだった。
唯、気味の悪いことにピクリとも動かない。
こういうものなのかもしれないし、邪魔しちゃ悪いなと思った。
そのうち、周りに誰もいなくなり、そろそろ人気も無くなったし、
この辺どっかに横になるような場所は無いか、と探していた彼は、地下に向かう石段を見つけた。
クリプト、といわれる、大聖堂の地下のことだ。
現存するクリプトの中で、このリッポン大聖堂のものは有名である。
有名であるが、普段は人が立ち入ることは出来ない場所もあることは確かだ。
だが、少年は生憎そんなことは知りようも無かったために、飛び込んではいけない穴の中に入り込んでしまった。

そもそも現代であのような、もう着ている人など古き人しかいない民族衣装を、若い女性の人が着て聖堂で祈りをささげていたこと事態、おかしいと考えなければいけなかった。
だが、少年は気づくよしも無かったのだ。

これも仕方の無いことなのかもしれないが、そんなこと知ったこっちゃ無い少年は石段を下り続ける。
湿気を含んだ冷たい風が下から上へ昇ってくる。
地下から風が吹くものなのだろうか、と少年は思ったが、日本にもそう云う場所があるのを知っていた少年は、大して気にも留めずにまた一歩一歩石段をおり始める。
だんだんと照明は消えていき、進行方向から蝋燭で照らされているかのように淡く光る空間が目に入った。
白髪の少年は今になって『おかしい』と思い始めたが、其れも遅かった。


下りた階段の先は、広い空間だった。
だいぶ潜ったというのに不思議と湿気もなく、快適な温度であった。
空間は縦に長い形で、壁は今までと同じような石造りだった。
気づくと、奥のほうから沢山の蝋燭の光が延びていた。
その光が影を映して、スクリーンとなったカーテンの向こうに誰かがいることがわかった。
まるで宮殿の応接間のようだ。もともとは色のついていたであろう絨毯を歩んでいく。
足音で少年が近づいてきたのが解ったのか、向こうもこちらに気がついたようで、ガタッという音が聞こえた。
驚いたような反応だ。
「・・・・・・誰かいるのか?」
と通じる筈も無い日本語でそう告げながら、少年は影を映していたカーテンを引いた。
そして、少年は驚き目を剥いた。


ベッドの上には、ウサギがいた。
自分と同じ白色の長い髪を揺らしていた。
自分と同じ赤色の大きな目をしていた。
異様で様々な宗教道具のようなものに囲まれて、
白いタオルケットで必死に裸の体を隠すように、少年のことを驚いたような顔で見る、ウサギのような少女がいた。

あまりの急な出来事に、少年の動きは止まり、少女は隠しきれていない部分があることにも気にもしない。
白い肌の太ももより少し上の部分が見えていても、少年は気にもしない。する余裕がない。
数秒の邂逅を経て、少年と少女は口を開く。


「「なんだ、お前」」


少年の声と少女の幼い声が、広いクリプトの中を駆け、消えていく。
時間が止まったかのように、少年と少女は動かない。
この瞬間、少年の日常というきわめて普遍のものが、不変を破り一変する。

 

ウサギが飛び込んだ先には、違う世界が広がっていた。

 





//おかしな少年と神様の少女//

//二匹の兎//




ツギ