//おかしな少年と神様の少女//

//二匹の兎//




03.













「簡単に言うと・・・まぁそうだな。面倒な魔女復活って所か」

大図書館の館主の口からそう告げられると、連れ立っている二人の少女は唖然としているようだった。
一人目、背が高く女性として強調されている部分が目立つ少女は「またですか・・・」と呟き、肩を落としている。
二人目、身長も強調もあまり芳しくないと思われるツイテンテールの少女は「急になんですか・・・」と 館主の告げに呆れているようだった。

飛行機の機内、パスポートや記録なんてものは偽装するものだと、どこかひねくれた思考を持つ館主は、二人の『魔女』と呼ばれる少女と共に、空の旅を満喫している。
語弊が在るとすれば、おそらく満喫しているのは館主だけだろう。
ふかふかで高級なチェアーに座れることなど滅多に無いというのに、露華と真琴の顔から伺えたのは、とてつもない「不安」と「倦怠」だ。
あきれ返っているようにも見える。

「どうしたお前ら。もうちょっと楽しんでもいいのだぞ?折角の海外旅行だ」
と、ファーストクラスと名のついているからこそ、手にとって楽しむことが出来るカクテルやワインなどの嗜好品を片手に、
悠々と自前の美脚を二人の前で組んで見せた。
誰からみても解る明らさまな『意地悪』だ。
いつものことだ。
「・・・クゥさん」と、とうとう痺れをきらせた露華がたずねる。
その質問の内容を察してか、館主は口を開いた。
「あぁ、そろそろお前達に教えてもいいな。ここまで連れてきたし。」
半ば強引な形ではあったが、とは付け足さなかった。

「まず真琴、そろそろ四神を召喚び出してもいいぞ。ここまでくれば、もう誰の目にも留まらないからな。
それに今回は四神にも役立って貰わなければならんからな。」
そう告げられた真琴は溜息一つついて、だるさとともに吐き出すように「おいで」と告げた。
瞬間、一瞬の光とともに四匹の使い魔が召喚びだされた。

『・・・・・・・・・気持ち悪い・・・』

と、現れて開口一番に愚痴をもらしたのは、白虎であった。
玄武の背に鎮座する姿は相変わらずであったが、(人で言うならば)顔色が悪く、背の上でもそわそわしていた。
地を駆けるモノである為だろう。空にいると落ち着かないようだ。
『つまり、飛行機酔いだ。』
そう代弁したのは青龍である。
「やっぱり…」
呆れたように一言呟く真琴。それを観て館主は必死に笑いをこらえていた。
「しかたあるまい、白虎とて空は落ち着かないだろうに。さて、続けるぞ。」
切り替えが早い館主は、笑みは浮かべていたにせよ真剣な眼で再び口を開いた。

「魔女って云っても種類はある。露華のように占術使いや、真琴のような使い魔の使役。
だが大本をたどれば、『魔法』を使う女性の総称だ。
『魔女』という単語自体は至極最近、あぁいや、千と数百年位前に創られた言葉ではあるが、定義ははるか昔から存在していてる。
それと、『魔女』の単語が創られた当時、『サバトで悪魔と交わった女』としての意味も含まれていたんだ。
まぁ悪魔ってのも種類がある。悪魔のような男だったり女だったり悪魔そのものだったりとな。
その悪魔と交わることによって女は杯に魔力を授かり『魔法』をなす。
だがね、稀にそんな事をせずとも力のある天然モノが存在する。」
露華のようにな。とは館主は付け加えなかった。

「はいクゥさん」と露華が手を上げた。
「はい助手君」と館主が露華に指を挿して言うと、続けて露華が質問する。
「サバトって、なんでしょうか?」
「簡単に言うと淫乱乱交祭りだ」

さらっと答える館主に対し、回答を得た露華とその隣に座っている真琴が同時に顔を赤くした。
ボンッ、という効果音がにあうだろう。
「ははは、すまんすまん。あぁだが、実際の話でもあるんだ。サバトというのは魔女と悪魔の集会のようなものだ。
17世紀頃まで行われていたという記録もあるが、実のところ、今でも密かにやっているところもあるだろう。
捉え方は今言ったとおりいろいろある。
悪魔との儀式で混じることで魔女となる人間の集まり、魔女というモノ達の酒の席や色恋沙汰世間話与太話といった宴会ごと、
噂によると、神々の宴会も当時はサバトだと言い包められて呼ばれることもあった。
まぁ女は人種と時代が変わっても、同じ生き物だということなんだろうな。
悪魔と交わった魔女達には魔女の刻印というものがあって、体のどこかに記されていいる。
そこだけ感覚がそぎ取られているのが特徴だが、おっぱいやふとももってのは、なかなか美味しそうなのだが、
うれしいことに、ごく稀にま」
「クゥさん、そそそそれ以上はいいですから」
と静止したのは露華である。
慌てふためくように顔を真っ赤にしている。
普段から館主の冗談をどうにか冗談として寸止めさせていられるのは、確実に露華のおかげだろう。
館主は息を呑んで言葉を切り、顔はにやけていた。
真琴はというと、露華の隣でノックダウン状態だ。露華以上に顔を真っ赤にしている。
使い魔の四神たちはというものの、玄武は沈黙を守っており、青龍は小さく咳払いをしている。
ただ、四神の女衆である白虎と朱雀は、どこか楽しそうに館主の言葉を聴いている。
「別にいいだろう。誰も聞いちゃいないんだし。」
どこか拗ねた口調で云う館主。あからさまに露華達をからかっているのがわかる。
露華と真琴と、それに四神の行動までもが、この館主の読みどおりだということは誰も気づきはしないだろう。

「まぁいい、話を戻そうか」
と言い、話を本題に返そうとする館主。
「自分から話折ったんじゃないですか・・・」と露華は呟いた。その頬は未だ赤いままだ。
「問題はその天然モノの魔女だ。
有り余る力によって魔女狩りでも狩りきれず、悪魔や神々でも手を焼くという異端。
永らく封印されていたのだが、どういう訳か先日私のところに『封が切られた』と連絡があってな。」
「連絡って、どこからです?」
『真琴、鼻血鼻血』
真面目な顔の真琴は、半笑いの白虎が咥えたハンカチで鼻を拭かれながら、館主へ質問した。
「うむ、丁度いいし、今回のクライアントについて少し話そうか。」
ファーストクラスと名のついたふかふかのチェアに沈ませていた身を、少し乗り出して話題を変える。

「二人は大聖堂や寺院などは耳にしたことはあるな?」
「聖うんたら大聖堂とか、ヨハネやらペテロやらピエロやらの名前の?」
「それをもし司教共が耳にしたら大問題だぞ真琴。まぁ確かに、実際その程度のもので合っているのかもしれないな。
大聖堂や寺院にも管轄ってのがあってな、バチカンや修道院とか、そういうのは何かしらで聴いたことがあるだろう?
そのなかの一つで有名なのが、さっきも言ったバチカンだ。
あの小さい国にして力は相当なものだ。
よく映画とかで地下に秘密の空間があってそこに秘密の組織があって、とかあるじゃないか。
実際そのような組織もあれば、地下にそれなりの設備も備わっているんだよ。
ただ、トップにいる奴のやり方が少々セコくてな、自分の領地外に聖堂を創ったのだよ。
それがやっかいで稀な魔女を封印するためのものだったというわけだ。
もちろん、ロンドンはそれを黙認しながらも協力はしていたのだがね。
おかげで其の辺の術師が数十人集まっても千年は破ることは無いだろうという『結界』を張った。
向こうの言葉に合わせるのなら『聖域』だな。だがそれでも、封が切られた。」
「・・・誰かが意図的に結界を破った、ということですか?」
真琴がそう聞くと、館主は答える。
「あまり考えたくは無いが、そういうことだろう。自然に壊れるものではないからな。」
「かといって、人一人で壊せれるようなものでもない、と。」
露華が真剣な眼でそう言うと、「そういうことだ」館主は返す。

その時、真琴の頭の中には、冬に遭遇した神域の結界のことについての記憶が引っ張り出されていた。
もしかしたら関連性はあるんじゃないか・・・?と。
だが真琴はそのことについて考えないようにした。もう既にどうでもいいことだ、と。

また同時に、露華もそのことについて考えてはいた。
露華もまた、『結界』という言葉に瞬間的に記憶を探っていた。
結界の消失、神域の進入、浄点の力。
一人の『人間』としてなら、おそらく稀代の魔術師よりも遥かに高みにいる存在である『露の魔女』は、自身の力の大きさに無自覚でいながらも、少なからず『結界』という言葉には脳裏をよぎる記憶がある。
(・・・クゥさんに胸もまれたりセクハラされたりさらっと死にそうになったりとしたことしか覚えてないような気がする・・・)
思い出す内容はどこと無く真琴とは違うものではあるが。

そのことより、何故この人にはそんな大それた人たちと繋がりがあるのかが、二人は不思議でならなかった。
しかし、あえてそのことについては、聞こうとは思わなかった。この館主は『こういう人』なのだ、と知っていたからである。
ある意味この人こそが『魔女』と呼ばれるに相応しいんじゃないかと二人は思った。
実際それどころじゃないのだが、この少女らは知らないことだ。

「そこでまず、真琴とお前達四神に頼みたいことがある。」
たくらむような笑みを浮かべてはいたものの、館主の鋭く、人の奥まで見抜くような視線が、真琴に向けられた。
真琴は一歩引きそうになるも耐え、四神使いは頭を切り替え、使い魔と共に館主の言葉を一言一句記憶した。

「先ず本当に魔女が封印から開放されたのかを調べてほしい。
偵察だ。手段は問わないが、あまり気取られぬように頼む。もちろん、対象の魔女にもな。」
ということは、もう復活していると考えてもいいということ。というように真琴は察して捕らえる。
だが、気取られずに、というのはかなり厳しいことのように真琴は思った。
それほどの力を持った魔女だ。
手が無いわけではない。だが、この異文化の地でどこまで遣えるかが真琴に問われていた。

次に館主は露華の目を見て言う。
(正確には、しっかりとは目を見ているわけではない。この館主とて、浄点の眼はよほど厄介なものと見える。)
露華は少々戸惑いはしたが、館主の言葉をしっかりと耳に入れようと努力する。
「露華には、まぁ一日あれば十分か。現地の気の流れに慣れてもらうことには始まらないからな。
明日は特に成すことは無いが、まぁ真琴とともに行動しているといいだろう。」
文化の違う場所では、力の種類も違えば流れも違う。
その土地に染み付いた気の力というものがあるのだ。
それに、館主の読みが正しければ、真琴が行おうとしている術式なら、露華のようなものが居れば随分と楽だろうと思っていた。
露華はその言葉を聞くとコクンとうなずいて、膝に乗せた愛用のバックに置いた手に力を込めた。
機内だというのに仕舞わずに手放さないのは、中には愛用の占術道具が入っているからだ。

だが実際、露華にはそんな時間など必要ないと館主は思っている。
そもそも浄点は、館主すら『視る』、眼としては最高位クラスの眼なのだから。
そのことに無自覚な露華は、一部の人たちから視るとどれほど罪な女だろうか、と館主は思ってしまった。
ついクスッとこぼれてしまったが、二人は気がついていないようだった。

気を取り直して館主は締めに入る。
「てことで、今回の仕事はその逃げ出した『魔女』の調査だ。」
と館主が告げる。
すると、すかさず真琴が質問を投げる。
「私たちは封印とか、その、そういうのはしないんですか?」
「ん?あぁそれは、事の次第によっては、というやつだよ。どうせ私達では手も足も出ないだろうしな。」
この館主が言うことなのだから、よっぽどの力を持つものだろうと真琴は思ったが、今館主が告げたことがまるっきりの嘘だということは真琴と露華と、あまつさえ四神ですら気づかないようだった。
クゥがその気を出せば、復活した『魔女』を手玉に取ることもなど造作も無いのだから。
だがそれでも、彼女がわざわざ二人をここまでつれてきたのには、それなりの考えがあるからだろう。

「さて、つまらない話はここまでにして、ぶっちゃけた話、今回の旅行は魔女よりも観光がメインだ。」
清清しく堂々と言い切る館主。
まーそんなことだろうなー。と真琴と露華は最初から思っていたりする。
思っていたが、今回はそんなこと無いだろうな、と思ってしまっていた二人は、決まりが悪そうにジト眼で館主を見る。
「な、なんだその顔は、いいだろう別に。折角前金がたっぷりと渡されたんだ。楽しまんでどうする。」
確かに、折角なのだから、というのもあるのだが。
「といっても、あと6時間もかかるんだ。今のうちに寝ておけお前達。」
仕事を完全にこなすことを前提として渡された前金を、既に己のもののように手にするところ、いろんな意味でやはりこの館主は只者じゃないと、改めて真琴と露華は思う。

チェアを倒して、備え付けの毛布を体にかける。
眼鏡をはずしてアイマスクをつけようとした時、館主はふと思い出したようににこやかなで怪しい笑顔と共にこういった。
「おぉそれになお前達、イギリスは温泉が結構あるんだぞ。」

 

このとき、露華は寒気がするほど身の危険を感じたことは、言うまでも無い。

因みに、館主と視線は先ほどから露華の胸に向けられているのも、言うまでも無い。

それを見て、真琴は自分の胸に静かに手を乗せたのも、言うまでも無い。

『・・・・・真琴殿』
「うん、言われなくても解ってるから、大丈夫・・・」
青龍が慰めるとも、真琴は肩をガクッと落とした。

 

「さて、あいつはうまくやっているかな?」
とクゥは小さく呟いて、先を詠むことを止めて目を閉じた。
四神を眠らせて、二人でお土産の話をしている真琴と、
話ながら自分の愛用のかばんの中身を取り出してはタロットなどの道具を並べ始める露華には、
クゥの呟きは聞こえていないようだった。





ツギ