//おかしな少年と神様の少女//

//二匹の兎//




05.













「・・・・・・・・・誰もいない。こっちだ」

幼い女の子にスク水着せて連れまわす。弁解できるなら、一応さっきまでコイツが必死に抱えてたタオルケットを体にかけている。
この状況だけ見るのなら、多分俺はいろんな人にものすごく嫌な目で見られるんだろうが、幸いにも通路には誰もいてくれなかった。ありがたい。
「てか何でお前そんなのしか持ってねーんだ。もっと普通の服とかあそこに無かったのかよ・・・」
「し、しかた、なかろう、たまたま、あそこにあっただけ、な、なんじゃ!」
少し無理に引っ張りまわしすぎたか。だいぶ息があがっている。
「もう少し我慢しろガキ、もうちょっとで外に出れる」
「ガ・・・ガキなどではない!ワシは主よりも数十倍も!」
「ギャーギャー騒げる位元気があるなら黙って走って静かにしてろ、見つかるだろ」
といって黙るような奴ではないらしい。けど相手にしてるとこっちが疲れる。てか目のやり場が無いから非常に困る。

来た道は覚えている。だから迷う理由は無かったはずだ。皆無だ。
けど、本日二回目の迷子を俺は体験している。
「・・・おい、此処は数分おきに通路が入れ替わる仕掛けかなんかが備わってる最新施設か秘密基地とかなのかよ。」
さっきは始めて来た場所だから迷子になってた。けど今は違う。明らかに通路が変わっていた。
いったん足を止めると、大きく肩で息をしているガキが言った。
「あたり、まえじゃ、ばか、者。ワシを、封じておった、のだぞ。逃げられた、ときの術式など、既に、組まれて、おるわ。」
見た目と打って変わって、随分と年寄りくさい口調だ。
「てか、何で言葉通じるんだ?」
「なめるな小僧。そのくらい、朝飯前で、あろうに。其れ、よりも、何故お前はここに、入れたんじゃ・・・」
ガキにガキって言われるのは癪だが、とりあえず「知らん」と答えておいた。

てか術式なんだ?
いったい何の話してんだコイツは。
まぁいい、詮索は後だ。先に此処を出ないと何も出来ないような気がしたから、細かいことは考えないとくことにした。
「その術式ってのを説く方法は?」
「悪いが、ワシにも、わからなんだ。なんせ、外に、出たのは、随分、久しい、からな」
もう走れないと顔を見れば解るほど疲れている。
・・・仕方ねーか。
「ちょっ、まっ、待てお前っ!」
「おい暴れるな、じっとしてろ。」
俗に言う『お姫様だっこ』ってやつだ。感触は少し、てかなんていうか、あれだけど、この際仕方ない。
ただ、見た目よりやけに、異常に軽い。
声が上ずってじたばた暴れまわっていたガキは、諦めたのか顔を真っ赤にしたまま小さくなる。まぁそのほうが暴れられるより助かるし、連れまわすより手っ取り早い。てか暴れられるとこっちもこっちで、変なとことか、さわりたくねーし。

にしても進んでも進んでも出口が見つからない。幾ら軽いとはいえ疲れてきた。どんくらい走ったんだか解らねーけど、2時間たった辺りから計算するのをやめていた。
かといって立ち止まると追っ手が迫ってくる。十字路、曲がり、階段。どこをどう行っても出口はみつからねーし、後ろの方からはなぜか何時までたっても英語でなんか言ってるような声が聞こえてくる。

「・・・ワシを置いて行けばここから出られるのは、もう主にもわかっておるじゃろう。なぜ主はワシを置いて行かん!」
いつの間にか疲れているのは俺で、ガキの方は落ち着いていた。むしろ叫んだせいでまた息が荒くなっていた。
「・・・ちょっとだまってろ。」
「だまらん!見ず知らずの他人の主に、ここまでやってもらう必要など無いのじゃぞ!」
聞かなかったフリをしてまた走り出す。膝が笑ってるがんなもん知らねーよ。
走りながらも、ガキは必死に俺を見て叫んでくる。
「話を聞け!主!ワシを此処に!」

「おい」

一言強めに言い放った。するとガキは喋るのをやめて、俺の次の言葉に耳を傾けた。
「お前、外に出てたいんだろ?」
チラッと下を向くと、ガキが俺の腕の中でビクッと震えた。
俺が怖いのか、追っ手が怖いのか。どっちがあっているか解らないけども、ガキは恐怖心を押さえつけて、俺の目を見て小さくうなずいた。
「じゃぁ、グダグダ言ってねーで出る方法を教えろ。疲れてきた」
その言葉をきいたガキは多少驚いたような顔をした。別に俺は、ガキがこの場所を出る方法を知っているとか知らないとかは、知ってるわけが無い。カマをかけてみただけだ。

存外やってみるもんだなと思ったが、なぜかガキはまた顔を赤くして、体をもじもじと動かし始める。人の腕の上で。
「・・・主、ワシが今からすることは、その、わ、あ、わわ忘れてくれ!」
「は?」
こちとら走りながらでそろそろぶっ倒れそうなのに、何を言い出すんだコイツは。

と思った瞬間、ガキは自分の体を起こして、キス、した。

つい足が止まってしまった。
「ぷはぁっ」と息を吐いてガキは俺の口から自分の口を離した。
「お、お前何して・・・」
言い切れなかった。

俺が文句を言い切る前にガキは俺の腕から降りて壁に手を当てた。
その瞬間、少女の周りの壁は豪音と共に爆発して、壁には綺麗な丸い穴があけられていた。
「主、早く!」
頭は混乱したままだが、俺はガキに促されるままに外に出る。
思ったとおりだったが、あれだけ走り回ったってのに、大聖堂の大きさはとても42.195キロ走るには到底無理な大きさだった。
あいた穴の中からさっきまで俺たちを追いかけてきたと思われる奴ら(スーツを着た男三人)が見えたが、ガキが再び手をかざすと穴の入り口はまた爆発した。
そこまでする必要があるのかとは思ったが、事がすんだようだから、俺は何も言わずにガキを抱え上げて再び逃げ出すことにした。
ただ、男達が手にしていたのが黒塗りのマシンガンだったってことは、忘れたいと思った。

 

 

まだこの時間帯は誰も着ちゃいないはずだ。確か自主見で、いるのは連絡係の先生だけだ。
その自主見学の最中、集団から逸れたのは誰でもない、俺だが。どうせ誰も探しもしないし、最後の最後足りなかったら探す、ってくらいだろうと考えている。
ロビーも人がまばらで助かった。エレベーターに乗るまでが鬼門だと予想してたけど、如何にかなった。
それにしても、変わった学校だ。何の嫌味でゴールデンウィークに修学旅行なんだ。こんな私立に入るんじゃなかったと今でも思う。しかも無駄に金がある分、ホテルもそれなりに高級仕様と来ていやがる。俺には正直似合わない。
「なぁ、此処はどこなんじゃ。宿か?」
エレベーターに乗って二人っきりになったから安心したのか、ガキがやっと口を開いた。それも俺の服の裾を引っ張って、足にすがり付いている。
「俺の泊まっているホテルだ。とりあえず部屋に行って落ち着きてーんだよ。」
さっき出くわしたことなら、もう頭の中で分別できている。けど、このガキが絡んでるから不確定要素が多すぎる。
「先ずはお前から話を聞かなきゃいけないし・・・」その格好、どうにかしないとこっちが困る。動きづらいし、困る。
ため息で最後の言葉を消す。
「あぁ、ワシの格好じゃな。ワシは気にしないが、なんじゃ、ヌシもまだまだガキじゃなぁ」
クククと笑いながらガキが言う。お前の方がガキだろーが。
「ガキの体見て欲情なんてしねーよ。バカかお前。」
「なっ・・・」
またガキが足と元でギャーギャーと騒ぎ始めてる。煩い。

エレベーターが仕事を終えて、早く降りろという催促のチャイムを鳴らした。
ギャーギャーとジタバタと暴れる五月蝿いガキを片手で抱え上げて口をふさぐ。さっきよりも誘拐らしいスタイルだ。
エレベーターを降りてまっすぐ行った先、突き当たりに俺の部屋がある。他の奴らとは違って一人部屋なのがよかった。まぁ、だれも俺に近づくなんてことはしねーけど。
カードキーを差し込んで鍵を開ける。内側にカードを挿すと部屋の電気がついて、オートロックがかかる仕組みだ。内装はあまり日本のホテルと変わりない。字が英語だってだけだ。

ベットの上にガキを投げ捨てる、ってのは語弊があるか。ベットの上に落とすっていったほうが解りやすい。
「きゅん」と鳴ってベットの上に乗ったガキは、起き上がって、ペトンと座り込む。小さな部屋を見渡して、最後に俺を目を合わせると、急に顔を赤くしてあたふたし始めた。小動物のように壁の隅によって小さい体を更に小さくする。初めて出くわした時みたいに、引き寄せたタオルケットで体を隠すように覆うと、顔を赤くしたまま小さく口を開いた。
「・・・こ、此処はヌシの部屋か・・・?」
「まぁ。とりあえずあと三日はな・・・・・・・・お前なんか勘違いしてそうだから言っとくが、俺はガキを取って食ったりする趣味なんてねーよ。」
ため息混じりに言い放つと、ガキは「そsっそんやことkなかな」と、更に顔を赤くして、言葉にならない位動揺した。

「とりあえずその上から着とけ」といって、クローゼットにかけてあった服をガキに向かって投げる。ハイネックの黒いセーターに、薄い灰色カーディガンのようなタイプのものだ。ぱっと見、上着一枚で十分隠すところは隠せるだろうと思った。
と言っても、アレは俺の服だ。どうせ買うものもないし金もそこそこあるから、後でガキ用の服を何着か買って、あの服洗濯しとかねーと。

エサを目の前に出されたて、ガキはたおるけっとのかたまりから首をスポンと出した。恐る恐る手を伸ばして服を手に取ると、俺に服に顔を突っ込んで動かなくなった。
「・・・おい、何してんだ?」
あまりにも動かないから、思わず聞いてしまった。返答は数秒たって、篭った声で「なんでもない」と聞こえた。
「いいから早く着替えろ。見やしねーよ。」
別に脱ぐわけでもないから、恥ずかしいことなど何も無いけど、ギャーギャー騒がれると五月蝿くてかなわない。

「そもそもお前、最初にも聞いたけど、何なんだいったい。」
「むしろ聞き返そう、なぜ主はっぷはぁ、あそこに入れた?」
服に首を通しながらガキは言った。
「しらねーよ。普通に道なりに入ってきただけだ。てか、誰もいなかったし。」
「誰も・・・?どういうことじゃ。あの大聖堂はワシを封じるために何十もの警備と結界が張り巡らされているのじゃぞ。破ったものなどそうおらん。ましてやヌシのような人間には到底無理な話じゃ。」
封じる・・・軟禁でもされてたのか?
実はお姫様でした、とかそんな今時時代遅れな話じゃ、ってねーか。
「そんな危なっかしい場所に年がら年中観光客とか入れんなよ。てか、その口ぶりじゃ俺以外にもあそこに入ったやつがいるんだな。」
「あぁ、百年前と・・・あれはつい最近じゃな。十年位か。併せて二人ほど、まぁどちらも一応器は人間じゃったな。」
百年という数字をさらっと言うが、冗談じゃない。コイツが百歳超えてるんならとっくの昔にババァになって死んでる。普通なら。

「ワシもヌシに聞きたいことがある。その髪と眼はどうしたんじゃ?」
白髪というよりは、銀色の髪。それに血の色で充血した眸。肌も若干、普通の黄色よりは白い。不思議なことに、俺とガキには身体的特徴が一致している点があった。
「あぁ、先天性の病気みてーなもんだよ。俺の場合、若干でしかないから、せいぜいこんなナリになる程度で、別に日に当たっても焼けたり、目が視えないってワケじゃない。」
至って普通に生活できる。それこそ、俺がガキの頃は随分とこの病気のせいで苦しまされたが。主に人間関係に・・・・・・いや、今もか。
「・・・魔力が先天的に宿った器か・・・だからあの時たったアレだけであの威りょ・・・く・・・・・・・っっっ!」
ぶつくさ言い始めたと思ったら、ガキはまた顔を赤くして何も言わなくなった。
「おい、どうした?」
そう聞くと、ガキは首を横に振って「な、なんでもないなんでもない」と誤魔化した。
正直、何で顔赤くしてんのかは大体見当がついてる。けど俺はそのことについて聞くつもりも無い。そのうち無かったことになるだろ。
初めてがガキとか、こっちこそ首が吊りたくなる。

ガキは小さな手で両の頬をパシッとたたいて、気を取り直す仕草をした。
「スマン、取り乱した。さぁ今度は主の番じゃ。何なりとワシに聞くがよい」
ガキが威張ってどーすんだよ。というか、聞きたいことがありすぎてまだ収拾がついてないし、よくよく考えると、コレ完全に幼児拉致監禁だよな。やっぱり関わらないで置いてくるべきだったか。
とりあえず、名前がわからんと、何時までもガキガキというのも、俺自身なんか癪に障る。

「「お前(主)名前は?」」

俺が口を開いて振り向いたのと、ガキが思いついたかのように口を開いたのは同時だった。
数秒間目が合った。
「・・・・・・なんで顔を赤くするんだお前は」
「・・・・・・眼が合った」
それだけだろうが。
顔を離して小さくため息をする。本当に置いて来るべきだったかもしれない。
けれど、俺にも気まぐれってのはあるらしい。
「静真」
俺はガキを横目に言い放つ。ついつい名前を告げた。
「それが、主の名か?」
「あぁ。」
普段は名前で呼ばれることなんて無いから、自分から言うのもなんか微妙な感じだ。
「で、お前は」
そう尋ねると、一呼吸置いてから小さな手を胸に当てて、まるで中世の女王みたいなイメージの感じで、言った。
いや、女王じゃない。俗に言う、魔女みてーな、感じで。

「古来より伝わりし、天魔の始祖の伝えを身に刻みし崇高なる魔女。神をも恐れぬ姿は神すらも恐れ慄かせた、我が身に宿されし名は」
「前置きが長い。」
つい邪魔をしてしまった。悪気は無い。
「んなっ!おいヌシいまかなりいいところじゃったのに何故口を挟んだんじゃー!」
しくった。ガキがまたガキみたいにギャーギャー騒ぎ始めてしまった。
「だから、長いっての。前置きが。いいから早く名前教えろ。」
するとガキは頬を膨らませて、おとなしくなった。
気を取り直して再び名乗りを上げる・・・いやまぁ邪魔したのは俺だが。

「むぅ・・・いいか、しかとその耳にとどめておけ!ワシの名は」





ツギ