//おかしな少年と神様の少女//

//二匹の兎//




10.










「露華!ほら早く来なってば!」
「ちょ、まって!」
私より背の低いマコに手を引かれ、夜のロンドンに群らがる、蝋人形のごとく動かない人並みを颯爽と掻き分けていく。
おそらく体感時間が止まっているんだろうな。と、クゥさん風に言えばきっとそうだ。
ただ、止まった時間の中でも、このとおり私とマコ、加えて別行動をしているはずのクゥさんは、今のところ何一つ問題なくいる。
ただし、今現在の状況が普通じゃなくて、こりゃまたなんでか関わってしまっている『オカルト』の世界の出来事だってこと。
これが問題であって異状であって、はたまた私の口からのため息の原因であるのだ。
「露華、次どっち!?」
「え!?次!?あぁ右!そこ右曲がって!」
私の必死な道路案内を聞くなり、マコはさらにグイグイ腕を引っ張っていく。
川のほうだ。あと少し先。
私の五感+第六感が、吹き出る気の流れを感じ取る。
冬の一件のアレよりは勢いはないけど、その足元に及びはするんじゃないかと、私の中で結論付ける。

「アレが本当の、魔女…」

見てもないのにわかってしまうのが、占いしかできない私の得意技。
…んー、得意技って言うのも、なんかアレだけどさぁ。なんにせよ、桁外れだというのは、私でもわかった。
普通の人たちの体感時間が停止しているのも、たぶん魔女のせいなんだろう。私たちみたいに、それ以外の人間は動いているからだ。
何でか解らないけれど、川岸にいる大勢の何かが、
スポットライトで装飾されたロンドン塔に向かって移動して、点々としてるけど、
各所に集まっている何かが、ロンドン塔に向けて何かを飛ばしているのも、なんでかわかる。
一対大多数。そろいもそろって、たった一人の女性相手に群がる集団。
よく広告とかテレビとかで、「いじめいくないよ!」とかいうのがあるけども、この場合どっちがいじめられているのだろうか。

多勢に無勢。けど、数が多いから勝るわけでもなくて、どうやら負勢は多勢のほうらしい。

 

「マコ、向こうにすごい人の数。動けるってことは、きっとたぶんみんな魔術師なんだと思う。」
「そりゃそうでしょ。なんたってロンドンなんだから。」
魔術学校やら協会やら結社やらと、こっちの世界の住人にとってはひとつの拠点であり、魔術国家であるロンドン。
私程度の腕のヤツなんて腐るほどいるだろう。だけど、たった一人の魔女に対しては多すぎるんじゃないかと私は思う。
まだこれが、顕現した天使悪魔の神仏級なら納得はできそうなんだけども。

向こうの様子を伺いに向かわせた朱を頭に載せて、かまわず足を走らせる。
正直、様子見というよりは、確認なのかもしれない。あくまで露の魔女の宣言の確認。
まぁ朱も露華も、どことなく天然ボケなのが似ているから、ここまでしないと私が不安なのが本当の理由かもしれないけど。
「マコ、ちょっとストップ!」
「・・・ッ!」
露華の言葉でとっさに自分の足を止め、露華と二人で物陰に隠れる。
正面に構える数人の人影、たぶん協会の術者だろう。
ひそひそと声を静めて露華と話す。
「なんでもっと早く言わないの」
「あ、まぁ、ちょっと向こうのほうに集中してて、気づかなかった」
多少おどおどしている様が可愛くて辛い。いや幸い?まぁいいやそんなことは。
灯台下暗しとはこのことだ。足元がおぼつかなくなる露華の性格を知っている私としては、まぁそうだろうなと納得してしまう。
なんたって露華だし。露の魔女ですし。

さてさて、そんなケタ違いの大魔女を目前にしてなせることといえば、単純明快逃げることに限る。
どうやって逃げるか、どうやって生き延びるか。それから次の手を考える。
あくまでこれは、相手が自分の身の丈よりも大きかった場合だ。
小さいもしくは同じ高さなら、正面切ってぶった切る。荒っぽい表現だけど、わかりやすくていいと私は思ってる。
因みに今回は前者だ。どっちかって云えば。
そもそも経験がまだまだ浅い私にとって、いきなりこんな大物と遣り合えなんていうのが
無茶だ。肝心要(のはず)のクゥさんにいたっては、
「もうちょっと露天風呂を楽しみたいから、お前たちに任せるよ。助手一号二号。」と云って、未だに露天風呂を満喫している。
はずである。

「で、任されたのが、これねぇ。」
ベルトにつけたポーチから、4枚の御札を恐る恐る取り出す。直筆で字が書かれているけれども、達筆すぎて読めないし、
露の魔女いわく、それほど呪力があるわけでもないようだ。ウチの四匹でも判らないものらしい。
ま、障らぬ神に祟りなしって云うし、気にも留めないでおく。
クゥさんの差し金ともあれば、冗談抜きで神物だって云われても疑いもしない。気がする。してしまう。
「さぁて露の魔女様、案内ヨロシク」
ため息は我慢した。全部終わってからたっぷり温泉で吐き出すことにしよう。
露の魔女の手を引っ張ると、露華は「うわっ」と小さく云って立ち上がる。揺れる胸がちょっとむかつく。揉みちぎってやろうか。
はてはて、第一のチェックポイントはどこだろうかと露の魔女にナビゲートを依頼する。
案内役より前を走らなければいけない事に疑問を持ちながら。

 

 

走りながら振り返るマコの視線が、やけに私の胸にいっているのは気のせいだと信じたい。
正直大きいと邪魔だしクゥさんにもまれるからイイコトナイヨと云いたいんだけども、
それを云うとなんだかいろんな人から不のオーラを浴びせられそうだから云わない。
ただひとつだけ、云わないといけないような気がするのに、マコに内緒にしていることがある。
クゥさんから受け取ったあの御札のことだ。

指定された四箇所に貼ればいい。今回の仕事はそれで終わりで、あとは勝手に終わるから、ゆったりと旅行でもしようじゃないか。
というのが、私とマコが任せられた今回の仕事。
もはや図書館館主秘書兼助手の仕事ではないなと思うも、クゥさんだから仕方ない。しょうがないと割りってしまう私。
ただ、それを貼るとどうなるのかと訪ねても、クゥさんは広々とした露天風呂で体を伸ばしながら、「秘密だ」と云う。
だけど、もし私の予想と視た色が本当に当たっているのなら、なんとなく判るのだ。
ついでに、クゥさんが何を目論んでいるのかも、ちょっとだけ判る、気がする。これはちょっと自信ないかな。
確証がないからマコに言わないわけではない。
そういうわけじゃないんだけども、どうしても内緒にしておく必要があるんじゃないかと思ったのだ。

なぜならば、冬の一軒の前の晩、あの時夢で視た白い少女と黒い少女の二人、
特に白い少女の感じが、とてもやさしくて清らかで強い感じが、その御札から視得たからだ。






ツギ