//おかしな少年と神様の少女//

//二匹の兎//




11.







振りおろせばいとも容易く人間を縦に分割できる大剣を構えた、銀色と装飾が施された鎧の騎士。
一点突貫するだけに視点を置いた、中世を彷彿させる強兵達は、自らの旗と槍を高々と掲げる。
身が人ではない黒い影を覆う黒ローブは宙に揺らぎ、自らを従える術者の号令を待つ。
教会の司祭神官を仄かに伺わせる様な風体の一団は、片腕に乗せた本を開き、古き教えの通りに構える。

緊張と怖れを含まれた彼らの眼が向く中心には、黒いドレスに身をまとった、女王と名を冠してもおかしくない、魔女。
彼女は月夜の真ん中で踊っている。ロンドン塔をも飲み込まんとするほどの範囲の魔方陣を舞台に、
相手のいない魔女のワルツが次々と蒼い炎を生み出す。

現れる時代を間違えたのではないだろうかと思わせる、まるで劇舞台のような光景。
しかし、少年の目前に広がる光景は劇でも舞台でもない。魔女が放つ蒼い炎は、紛れも無いホンモノだ。
液体窒素なんて話にもならないような冷たさの炎は、冷たいのか熱いのかの判断がつかないほどの温度を放ちながら、
魔法使いの一団を飲み込んでいく。

まさに地獄絵図。

「・・・なんだこりゃ」

片膝ついて、少年がつぶやく。
前方の空を仰ぎ見ると魔女がいて、蒼い炎が蛇のようにうねる度、、其の廻りにいたはずの魔法使いの一団が数をどんどん減らしていく。

だが少年は違和感に気がつく。『自分の周りだけ炎がこない』のだ。
むしろ、近づくと向こうから避けているかのように、炎が翻していく。

めんどくせぇ。

そう思いながら長いため息をついた後、少年は膝を立てて立ち上がり、魔女のいる舞台に向かってゆっくりと歩みを進めた。

 

 

 

 

もはや少年の動向にすら気づかない魔女は、高笑いをしながら踊り狂う。
表情はとても楽しそうではあるが、それがいいものか悪いものかと云うのは、おそらく誰が見ても判断がつくだろう。
魔女はワルツをとめ、惨劇となったあたりを見回す。

蒼くうねる炎の蛇。時が止まったロンドンの夜景。なんとすばらしきかな。

そう、魔女は自らの行いに歓喜していた。
指をかざして向けるだけで、今の彼女は街一つ容易く吹き飛ばせるであろう。しかし、魔女はそれをすることはなく、あくまで楽しんでいる。

「手始めに、まぁそうじゃなぁ、座に踏ん反り返っておるガキ共をあぶりだして・・・とかいっておると、
こうして来客者が来るのが、『物語』というやつなのだろう?」
「まぁそうだね。けど僕は今主人公じゃないし、ただの脇役だから」
「ならなぜそこにいる。ワシの舞台に土足で上がれるなど普通の人間にはできんようになっていてな。」
「じゃぁ問題ないよ」
ぜひともタイトルを思い出してもらいたい。僕はおかしいのだから。

『クロ、やっつけちゃだめだよ?』
「うん。本当なら、今回は僕の出番じゃないからね。」

ただの時間稼ぎ役なわけで。
こうやって適当にあしらってれば、そのうち別の役者さんが登板してくれるはず。
ん、舞台って登板でいいんだっけ。まぁいいや。

てかすごい冷たいねこの炎。蒼いし。
いつぞや読んだ本には、こういう魔法はないって書いてあった気がしたんだけど、まぁ今の僕がいるくらいだし、結局何でもありか。
「シロ、これが魔法ってやつ?」
『たぶーん。こういうのはクゥのほうが詳しいんだけどなぁ。』
「そのクゥさんがいないわけで。来てるって話だったんだけどね。」
『クロわかんない?』
「うーん、まぁ今は無理。手が離せないし。」
『まー、そのうちくるでしょ。』
「そのうちねぇ。というか僕もう早く帰りたい。」
『いやん』
「そこでかよ、何でだよ。まぁ否定はしないけど。いや実はそれだけじゃなくてさ。」
『浄点の子のこと?』
「まぁ、うん。いや、まださすがにねー、あれはちょっとねー」
『じゃぁ早く帰ってくるのだ。にゃおん。』
「はやくかえりまするのだ。がおー」

以上、今回ののろけでした。

っと、気がついたら魔女様が激昂してらっしゃる。なーんでーだろーなー。
もちろん確信犯。
そりゃぁ、問答無用で殺しに着たのに、あの白髪の少年じゃないのに当たらないってきたら、怒ってもしかたないのかもしれない。
ここから動いてないし。
いやまぁ、色々してたけど。
とういか、そうか、あの少年がクゥさんの本当の目的か。読めてきた。

「・・・お前、何じゃ」
随分と直接的な聞き方だ。かえって答えづらいなぁ。
しかも質問を僕に飛ばしながら、止め処無く蒼い炎の蛇をよこしてくる。結構去なすのに体力使うんだよ、本当は。
何もしてないように見えるけども、実はものすごい速さ(かどうかはわかんないけども)で、炎の軌道を逸らしてるだけだったりする。
ただ、これすごい冷たいような気がするから、いくら僕でもちょっと面倒。
けども質問には答えないと。魔女様が踊ることすらやめてるし、すごい睨まれてるし。
・・・・・・まぁけどさ、兎ににらまれてもなぁ。怖くないんだよね。
「まぁ、強いて云うなら、まぁ、そうだなぁ・・・なんだろう?」
僕は僕。それ以上以下も無くてそれがすべて。とかかっこいいこと言ってみたかったんだ。
けどそうだね、何かいいのが・・・・・・あぁそうだった。名乗るのにぴったりのいいのがあったじゃないか。
しかし、魔女の兎のような紅い瞳が僕をにらみつけると、今までのとは比べ物にならないくらいの炎をこちらに向けて放った。
蛇どころじゃなくて、たとえるなら龍だろうか。空気すら冷たく震えている。
もちろんそれは僕を飲み込むことは容易い大きさで、それこそ、このロンドンを一つ丸々喰らえるのではないだろうかと、僕は予想した。
付け加えるなら、大きさだけの問題でもない。いわゆる、魔力のこめられている密度が、先程とは段違いだ。
そもそもの密度が、すでに完成された形を保っているというのに、それを超えて、蒼い炎の龍が在る。
顔をうかがうと、もはや名乗ることすら許されない程に、魔女は怒っている。名乗れといったのはそっちだったのに。

まぁ、それでも僕は、それすらも去なすんだけども。

音も無く、僕の目の前で龍の首が落とされ、無くなる。
そのまま慣性で突っ込んで来る炎も、僕の前で跡形も無く消える。
旗から観れば、僕はさっきから何もせずに、舞台に突っ立っているだけ。
けども、きっとその画がもう異状な光景なのかもしれない。なんせ僕はおかしいらしいから。

なんじゃ、それは。

消えた炎の先にたっている僕を見て、魔女はそう思った。
まぁ、魔女がそう思ったのも仕方が無いのかもしれない。紅い目を丸くして驚く。魔女には何が起こったのか判らない。
だって僕は、あなたのプライドごとへし折るのが今回の仕事なんだから。そうでないと、あの少年に役を引き継げないみたいだ。

んでまぁ、後は他の役者に任せる。あくまで今日の僕は、お膳立てに過ぎないのだ。
どうせ全部、クゥさんがうまく仕込んでくれているだろうし。

では、最後に改めて名乗らせてもらうとしよう。

「真っ黒」
元、真っ暗。

僕が短くそういうと、次の役者が舞台に上がった。






ツギ