//おかしな少年と神様の少女//

//二匹の兎//




13.







結界にヒビが入った時は、正直まずったと思ってしまった。
けど、流石というか、やっぱり抜け目無いというか、結界には自動修復も組み込まれていたようだった。
それと、術者(この場合は私)へのフィードバックも無かった。むしろこっちが大事。
もし何かしらの返しがあったのなら、私以前にあの子達が壊れてしまう。
「もう、はじめから教えといてっての、クゥさん。」
そう呟きながら、最後に置いた白の傍で、魔女の方を眺めていた。

1km四方を囲む陣をものの数秒でなんて、朱か白の力を借りなければ無理だった。
もちろん借りたのは白の方。空を飛ぶにはこの状況じゃリスクがある。
露華を引っ張って移動する必要もあったけど、負担とリスクを考えれば、自ずとこの選択に至った。
「にしても露華」
「ん、どしたの?」
「どしたのって、あんた結構余裕というか、余力があるというか、なんか落ち着いてるよね。」
「まぁそうかなぁ。」とえへへと微笑みながら、露の魔女は答える。
えへへ、じゃないっての。本当に、冬にどんな体験してきたのだっての。教えてくれたっていいのになぁ。
「まぁ、泡食ってるよりは全然いいわね。それに露華のその眼も、とんだデタラメじゃん。」
「そんなことないよ。私はあくまで流れと色が見えるだけで、それ以上のことは全然できないし。
このくらいなら、きっと他に誰かできる人いるって。」
そんなサラっと言うけど、できないから。
文字通り一寸のズレもなく四方の適切な箇所に誘導指示できるとか、きっと普通は無理だ。
少なくとも私の知っている限り、露華とクゥさんしか出来ないんじゃないか。

そんなことを考えられるほど、思いのほか冷静ではあったのだけども、それでも、疲れていないわけではない。
正直私も露華も、もう動きたくはない。
壁の向こうではものすごい速さと大きさで、魔女のお力が荒ぶっているってのに、
その目の前でベンチに座って、私たちはベンチでぐったりとしていた。
ここが安全でいられるのも、四方の箇所が 地脈に沿った場所で、
なおかつこれも札に仕込まれた、魔女の目にはわからないようにするための、姿と四点が隠蔽されている術が張られているからだ。
そうじゃなかったらもう、足が折れそうになってもさえ、意地でも露華を引っ張って逃げている。

ただ、少し無理をさせすぎているのか、はたまたクゥさんの準備した結界が桁外れのせいか、そろそろあの子たちが限界だ。
ある意味、本物の魔女をこうやって眺められるのも、いい経験かもしれないけども、この状態だと、あともって1時間か。待つしかできないってのがもどかしいけども、今はなんとか結界を持たせないと。

にしても西洋の魔女だから、てっきり有名どころのグリモア通りの魔法かと思いきや、どうも違うみたいだし。
独自のアレンジ、というか、新しい魔法、なのかな。
「ねぇ露華、あれなんだかわかる?」
おもむろに露華に訪ねてみた。
知識はなくても、きっとなんとなく、わかってしまうんじゃないだろうかと思ったからだ。
「うーん、何となくだけど、あれが魔法なんじゃないかと思う。
けど、さっきマコが云ってた協会の魔術師が使っていたのとは、なんか、ちがう。」
「やっぱり、そうなんだ。さすが露の魔女ね。」
「そんなんじゃないってば。けどさあの魔女さん、なんかマコに似てるんだよ。」
ん、私に?なんでまた。
私のはもう完全に東洋術式だし、魔術というか使い魔だ。
比べてあの魔女は確かに普通の魔法とは違うみたいだけど、系統は西洋だ。それだけははっきり言える。
「似てるって、どこが?」
「えっと、多分だけどさ。さっきの協会の魔術師さんってのは、必ず何かの力を借りてるんだよ。」
「それって、私のもそうだよ。さっきのだって、あの子達の力借りて走ってたし、他にも青の水とか、そういうのも借りてる力だよ。」
「そうなんだけどさ。もっと根本っていうのかな。
マコが言うような「魔力」ってのは、その人が持っている本や道具だったり、下に流れている地脈だったり、流れの色からだったりするんだよ。
中には、きっと魔術魔法で言うところの「魂や精神」を引換えて、魔力や術式を取り出している人もいたけど、やっぱりそれとも違う気がする。
けどマコって、力そのものはあの四神さんたちから借りているにしても、
それは四神さんたちが大元から引き出しているちょっとした力のことだけで、
マコ自体はなんか息するのと一緒みたいな感じで、『無条件で四神さんたちを呼び出して顕現、維持させてる』から。」
なんと、私たちを見てるだけでそこまで分かるなんて、やっぱり露華の眼は、露の魔女は、凄い。
いやけど、おかしい。もしそうなら、あの魔女が使っている魔法っていうのは、なにかがおかしい。
「ちょっとまって。もしそう言う意味で私と似てるってことなら、あの魔女は」
あの魔女は、何から魔力や術式を取り出している?
「魔力自体はあの魔女さんの中から出ているけども、なんていうか、タンクからただ出しているだけで、
あの魔女さんのモノっていうわけでもないみたい。
それに、術式も何かから取り出しているんじゃなくて、なんていうんだろう、
魔法そのものがあの魔女の体から直接出ている、ような感じがする。
ごめん、なんて言えばいいのかわからないんだけども…。」
「いや、なんとなく私もわかった。で、もしそれが本当だったら、とんでもないことかもしれないの。」
魔力は借り物で、体は器。魔法も唱えるものではなくて、体そのものから。
もし私の考えがあっているならば、あの魔女は厳密に魔女というべき代物ではなくて。
「魔法、そのもの…?」

 

 

「そうだ、悪魔の気まぐれではあるかもしれない。だが、お前たちのような存在とも少し違う。
有り体に言えば、『人の祈りと呪いが生み出してしまった災害』をもたらす『魔法』だ。
例えるなら、人が弾を発射するために使うのが銃だが、あの魔女は人であり銃そのものなんだ。
仲介する道具は必要ない。強いて言うならば、トリガーを動かすための動力と、弾の火薬であるである『魔力』さえあれば、それでいい。」
温泉のあった場所から、はるか上空に登りながら、僕たち三人は会話を続ける。足元にはれの魔女のステージがある。
にしても、クゥさんがこうやって『羽ばたいて』飛んでいる姿を始めてみた。
全体的に白い服装で、裾が特徴的に長い上着と、足も隠れるほど長いスカート。
少し違うのは、現れている羽がアインさんと違って6枚に見えること。
やはりアインさんの姉さんだけあって、本来はこういう姿なのだろう。本人はあまり気に入っているようではなかったが。

さて、今のクゥさんの話。
確かに、そういうことであれば神様であるシロや、類似品の僕と近い。
そうしたいっていうある程度の範囲の意思さえあれば、その気になれば実現する。
ただ、その気になるには疲れるから、シロや僕でも仲介とする『御札』なんてものを使う。
結局形は人間だし、楽したいのは変わりない。人間でありたいし。人間だ。
けれども、あの魔女は違うのか。
「だから、魔法は協会が管理するものとして、魔女を幽閉していた、と。」
「残念ながら、そういうことだ。あぁ、あと言い訳みたいになるが、本当のことは助手その1とその2には伝えていない。
バチカン重結界の封が切られて、魔女が逃げ出したようだと云ってある。
おそらく、あの二人でならそのうち気づくだろうが、理由は云わんでも検討つくだろう。
それに、あくまであの魔女は、人間の祈りと呪いから生まれた自然発生なんだ。
だから、従来の魔法ともかけ離れた「魔法」を使う。もちろん通常の魔法も使えるだろう。
私が出くわした頃はあれほどしっかりとしたものではなかったが、古今ごちゃまぜの魔法だったからな。
しかしな、その魔法にもひとつ問題があった。」
「使い手が存在しなかったから、でしょ?」
シロがクゥさんの言葉に、すかさず答えた。
いつもの巫女服姿に着替えていて、登りきった上空から、魔女のいる舞台を眺めていたが、シロの視線はどこか魔女ではないような気がした。
やっぱり、あの少年だろう。
「そのとおりだ。人の祈りと呪いが作った『魔法』は、とてもじゃないが人には扱えなかった。
契約者はあの魔女を魔術書として使用できる代わりに、膨大な魔力を引換にしなければいけなかった。
幾人もの術者があの魔女を使いこなそうと試したそうだが、誰もかも魔力を吸われるばかりで終わった。
ちなみに、あの時はその魔力を空にするまで暴れさせて、費えた頃合を見計らって捕えたんだがな、多分今回はそううまくはいかないだろう。
恐らく、あの銀髪の少年から一度魔力が供給されている。」
きっとそれが、協会側にとっては、嬉しくもありえない事態だったのだろう。
長年扱うことのできなかった『魔法』に魔力を分け与えるどころか、あろうことか持ち出すことさえしてしまったのだから。
「クゥさん、それにシロ。僕は知識が浅くて少ないからよくわからないんだけども、
あの銀髪の少年のような『普通の人間』ってのは、偶にいるの?」
「うーん、偶にっていうよりは、稀になのかなぁ。」
先に応えたのはシロだった。
少し考えるような、思い出すような仕草をしながら、「うーん、そうだなぁ」とうなっている。
「『普通』だけども、魔力が無尽蔵で、なおかつある特定の条件でしか取り出せないようなもの。
それがあの子なんだよね、クゥ。どこで見つけたの?」
「見つけたもなにも、こればっかりは実は偶然なんだよ。」
「ありゃ、めずらしい」とシロは少し驚いたように、クゥさんに向けて言う。
「そもそも最初の私の計画は、ざくっと言えば協会を出し抜く為に結界を張り、
其の隙に魔女を引っ張り出してある程度暴れさせて、また魔力がなくなって疲れきったところを拉致する、だったんだよ。
ほれ、今もあのとおり魔力を出しまくっている。性格は意外と単純でな。」
拉致とは、まぁなんとも、穏便なのか過激なんだか。
ただきっと、その程度のことなら僕なんぞ必要のない状況だったろう。
四神の力と結界の複合、それと浄点による正確な逃亡ルートさえ見いだせれば、クゥさん含めて三人で十分だったはずだ。
そうも行かなくなったから、僕のところまで話が回ってきたということか。

そんなことを頭の中で巡らせていたら、シロがまたクゥさんに訪ねていた。
「もしかして、依頼主っていうのはクロのお爺様、だよね。」
「ん、そのとおりだ。」
クゥさんはいつ言われるんだろうかと待っていたように、さも当たり前のように答えた。
当然、僕もそれについては検討がついていた。
「ただな、頼まれた時は驚いたさ。あの老人、なんて言ったと思う。あの魔術書を人にしてやってくれだとよ。
その依頼自体は実のところ、結構前から受けてはいたんだが、
さっきも言ったように、協会が魔女を『魔法』として使おうとしているらしくてな。
なんに使うかは思い付くものが多すぎて見当がつかないが、いずれにしても何人もの人が死ぬ。
それはあの魔女にとっても同じで、それは嫌だ。
悪いが私は、誰かが死ぬとか居なくなるとか、悲劇が凄く嫌いでね。幸せが一番、じゃないか。」
なんだかんだで、誰にでも優しいのだ、この人は。
妹さんや助手さんにはセクハラしてるみたいだけど。

「けど、なんとなく、あの少年があの場にいて、魔女を連れ出せて、あんな特殊な体質であった理由が、わかった気がする。」
そう言うと、シロも「うん、私も。」と答えた。

つまるところの、僕で云うシロなのだ。
きっとたぶん、シロでいう僕なのだ。

顔を見合っている僕らを横目に、クゥさんは「相変わらずだな、お前らは」とため息混じりに云った。
おしいです。「愛変わらず」ですよ。

「ただ、今回だけは必ず叶えたいことがあるんだよ。いいかい神様。」
それも冗談なのか、それとも本当かは、正直僕には判断つかなかった。
シロはそう云ったクゥさんに向けて、「まかせろい」と腰に手を当てて云う。
きっと冗談でも本当でも、ただ単にシロを得意にさせようとしているだけでも、きっとシロはそう言うだろうさと、僕は思う。
「本当ならば、前の時に私が匿って何とかしたかったが、そうすることしかできなかった。
それに悔いがあったんだ。私が悔いるなんておかしい話だがな。
だからこそ、あの時魔女がつぶやいた言葉は、今でも覚えているんだよ。

『人になって、だれかに愛されたい。助けて』と。

少し、さびしそうに笑って、クゥさんはそう云った。





ツギ