//おかしな少年と神様の少女//

//二匹の兎//




14.







ロンドン塔の中の構造は、出発前に記憶した資料通りで、難なく上へ登っていける。
それでも多分、あのガキが居る高さまでは届かないだろう。
それならば、すぐ正面にあるタワーブリッジに登ったほうが利口だったかもしれないが、あえてそれはやめた。
ここから時間がかかるのはもちろんだが、
さっき落ちてくるときに放たれてきた光の矢は、タワーブリッジから射出されたように見えたからだ。
あんな狙い目のいい場所に伏兵がいないわけがないだろうと、ミリタリーバカの姉貴なら云いそうだ。

てか、そもそもなんで俺は、こんな事しているのか。アホか。
そうやって自分自身に罵倒しながら階段を駆け上がる足は、何故かさらに勢いを増していく。
やめればいいのに。めんどくさいはずだろう。
畜生。一段一段が長く感じる。膝が鈍くて、足が重くなってきた。
時間が止まっているからか?
いや関係ないだろうな。俺が焦っているからか。なんで焦ってんだか。

それでも、おれの足は止まらなかった。
走りながら外を眺め、気がつくと視線はガキのいる上空を見ている。
さっきまでのガキとは、まるで違うように見えるが、それでもあれはガキだという、根拠のない確信が俺にはあった。

ぎっと歯を食いしばって、握りこぶしに力が入る。
汗が気持ち悪い。背中に服が張り付く。
おい、なんで俺はこんなことをしているんだ。
ただのガキだろう。今日出くわしたばかりのガキだろう。
そんな、相手にすること、ねーだろう。

そうこうしていると、ロンドン塔の屋上に出た。息が完全に上がっている。
登ったはいい。けどどうする。
なんだ、何も考えてねーなんて、俺らしくもない。

上空を仰ぐと、ガキ、いやガキだった奴が一人でステップを踏みながら、優雅に踊っていた。
その踊りに合わせてガキから無数に放たれる青い炎が、うねり狂っていた。
ただ、おそらく見えない壁か何かか、青い炎は何もない空間でぶつかった様にはじけて、轟音を上げる。

「しぶといものじゃな。さっきはしかと割れたろうに。」

離れているとはいえ、ガキの笑い声がはっきりと耳に聞こえた。耳というか、頭の中か。
てか、やっぱり『楽しんでいる』ように見える。あれが本当に「あの」ガキなのか。

「おい!ガキ!」

呼んではみるが、振り向きもしない。
ある意味理不尽だ。あっちの高笑いは嫌になるほど頭に響くくせ、こっちからの訴え申し出は却下ときた。

『…い』

あ?
なんだ、今の、ガキの声か?
呼吸がうるさくて聞こえない。落ち着け。おい、なんて言ってんだ。

「っは。楽しいぞ。ワシは心底楽しいぞ。これだからやめられないのだ。」『…て』

また聞こえた。やっぱガキの声か。
声にしている言葉と別に、頭にもう一つの言葉が聞こえている。

「いいだろう、もっと踊ろうではないか」
『…か…けて』
「いやはや100年ぶりじゃ。愚民がここまで楽しませてくれるなんぞ、時代も変わったものだな」
『おね…い…れか』
「さぁ次の出し物はなんだ?そろそろ壁相手に踊り舞うのは飽いたぞ」
『わた…を…けて』

『おね…い……私を人間…して。生き…い。』

 

『おねがい、誰か、助けて』

 

 

『お願い。私は、誰か…。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いやだよぅ…静真ぁ…助けてよぅ…』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

握ったこぶしから血が出ているの気にが付かなかった。
あいつの顔をよく見ると、目から涙が流れているのが見えた。
なんだ、楽しそうに見えるのは、無理してるだけじゃねーか。
アイツ、自分で気付いてないのかよ。泣いてんじゃねーか。
なに無理して笑ってんだお前。中でぼろくそ泣いてんじゃねーか。

あぁもうめんどくせぇ。どうすりゃいいんだ畜生。

 

 

「こうすればいいんだよ」

 

 

一瞬、周りの騒音が止まって、その女性の声だけが聞こえた。
急に世界がゆっくりになったように感じた。反射的に振り向こうとする動きさえ、やけに遅く感じた。

背中の方には、白い巫女服の女と、黒い服の男が立っていて、俺の背中に二人で手を添えていた。

「なんだ、あんたら」
「神様」

黒い方がそう答えると、二人がおれの背中をトンと押し出した。

「君なら、きっとあの子を止められるから」

白い方がそう答えてにこりと笑うと、ゆっくりだった世界が動き始めたように感じた。思えた。

 

 

 

はっと我に返ったころには、見えない何かにブワっと押されて、
俺はガキのいる空の方へ勢いよくとふっとばされていた。
おいおい、ガキまでの高さは、ざっと軽く見ても20mはあんだぞ。どうすんだこれ。落ちたらどうすんだよ。

畜生訳が分からねェ。本当に訳が分からねェ。
空から落っこちたり、変な奴らに追われたり、ガキが急に大人びた格好になったり、時間が止まったり、
魔法だか魔術だかわけがわからねぇが、もういい面倒だ。どうでもいい。
魔女だかなんだかしらねぇけども、肩震わして、ビビッて、それでもギャーギャー騒いで、なんでもねーことで文句つけてきて、なんだ、その辺のガキと大差ねェじゃねぇか。だからガキは面倒なんだ。
それになんだ、あの二人組、神様とかいったか。俺なら止められるとか云ったか。
俺にはそんな大したことできねぇんだよ。せいぜいガキの相手するくらいしかできねーんだよ。
てか、柄にもなく学校行事に混ざって、こんな遠いところまで来て、ガキ連れ出して、
オカルトでわけわからないことに巻き込まれて、本当に何してんだ。

いや、それでも。

今俺がガキの方に向かってふっとばされてるんなら、好都合だ。

いいだろう、やってやるよ。泣いてんなら助けてやるよ。
今までにないくらい息吸って、出したことのないくらいの大声で、叫んで、呼んでやるよ。

手の届く距離までもう少し。
うねっている青い焔にぶち当たっても、それでも構わない。

思いっきり息を吸って、思いっきり手を伸ばして、おれは叫んだ。

「ヤウナ!!!」

 





ツギ