//おかしな少年と神様の少女//

//二匹の兎//




15.







少しだけ表現を柔らかくするのなら、ずっと独りだった。

いつ生まれたか、何処で生まれたか、これは忘れて幸いだったかもしれない。覚えていたら、きっともっと、辛かった。
何度か優しくしてくれた人もいた。生きるための知識や、言葉を教えてくれた。寝る前のおとぎ話や、木々や草花、動物のことを話してくれた人もいた。
けれどその人たちはいつしか衰弱していって、死んだ。それでもさびしくて、さびしくて死にそうになって、辛かった。誰かと一緒にいたかった。
それが最初の100年。

いつしか協会という人たちに魔女狩りという名目で追われて、この体が普通とは違うものだと気が付いたそれは魔術とか魔法とか、ずっと独りだった私にとって、唯一すがれるものだった。
けどこの体のせいで、私のせいで、今まで一緒にいてくれた人が死んだこと知って、もっともっと辛くなった。きっとこれ以上となく、どうでもよくなった。どうでもよくなって、この体の使い方を知って、いろいろな魔法を知って、人を殺めるすべを知った。
それでも辛くて、本当に本当に辛くて、さびしくて、悲しくなって、生きることを諦めてた。それでも死ねなくて、悲しくて、苦しくて、泣き続けた。
それが次の100年。

火あぶりや串刺し、ギロチンもあった。けれども、私は死ねなかった。生きることを諦めていたくせに、火は体を焼くこともなく、槍は体を貫くこともなく折れて、刃は体を切り抜くこともせずに砕け、至近距離でも矢は体を避けていく。
ただ、魔法や聖宝、聖遺物なんかって言われているものだと、とても痛くて、苦しくて、泣いても叫んでも誰も助けてはくれなかった。それでも傷はすぐにふさがるし、そのたびに私の体と心は苦しめられた。いつしか痛みを感じることもなくなって、感情すら、感じられなくなった。
それが次の100年。

ついに私は逃げだした。きっかけは、牢屋のカギの閉め忘れ。たったそれだけのことで、私に感情が戻って、たくさん、殺めてしまった。いや、楽しんで、殺めた。
私は使える限りの魔法を使い尽くして、殺めた。楽しかった。
けど私は、そんなことしたくなかった。けれど、止められなかった。
それを天使と一人の人間に止められて、私はまた捕えられた。その天使に助けを求めたが、それはかなえられなかった。
けれど、捕えられはしたが、協会はもう私を苦しめることはせず、私は地下に閉じ込められた。幽閉というやつだ。そこでは沢山の術具や聖遺物というものがあって、私は魔法を使うことができなかった。それでも苦しくはなかったけども、また、独りっきりになって、さびしくて、そして自分のしたことを悔いて、また死ねないことに気が付き、泣いた。
それが次の100年。

あぁけど、20年位前かな、初めてあの部屋に人が来た。占い師だといったその女性は、張り巡らされていた結界をかいくぐって、遊びに来たという。
いろんな話をした。今の世界のことや、占い師の出身の日本という国について。あと初めて「女の子トーク」というものをした。好きなタイプの男の子ってのを話したり、お菓子作りの話、日本で流行っているという漫画というものや、着る服のことだったり。
ただ、私を連れ出してはくれなかった。占い師の力では、結界をかいくぐることはできても、連れ出すことはできないというんだ。

「ごめんね。それに、そろそろ私はいかなきゃ。ただね、ヤウナちゃん。一つだけ言えることがあるんだ。これは露の魔女からの確証で、真実で、絶対のことだから。もう20年我慢できれば、きっとヤウナちゃんだけの王子様がやってくるの。ヤウナちゃんと一緒の銀髪で、背の高くて、歳は18歳の高校生。ちょっと性格はぶっきらぼうだけども、いろんな相性もばっちりで、ヤウナちゃんのために何があっても頑張ってくれる人。 覚えててねヤウナちゃん。きっとあなたをここから連れ出してくれるから。それまで頑張って、待ってて。

忘れないでね。」

 

 

 

 

 

名前を叫ばれるまで、忘れていた。
さっきまであれほど覚えていたのに。あれほどうれしかったのに。

「ヤウナ!!!」

あぁ、私の名前だ。
彼が私の名前を叫びながら、飛んできてくれた。
其れなのに、なんで私はまだ楽しそうに笑っているんだろうか。
楽しそうな顔で、彼の方を振り向いて、手を向けているんだろうか。
彼に向けて、魔法を放とうとしているのだろうか。

頭ではもうわかっているのに。なんでまた体がいうことを聞いてくれないの。
やめて。お願いだから。彼を傷つけたくない。これ以上誰かを傷つけたくない。
私が魔法だから?
私が人間じゃないから?
嫌だ、もういやだ。
せっかく彼に巡り合えたのに。
せっかく彼があの場所から連れ出してくれたのに。
せっかく彼が、世界に連れ出してくれたのに。

彼を好きになったのに。
彼となら、どこへでも行けそうなのに。

その瞬間、やっと私が泣いていることに気が付いた。
はっと、気が付いて、そして私も叫んでいた。

「静真!!!!」

 

 

 

 

 

「今だ」
「うん」
館主が告げると、天使がうなずく。
すると、天使の4枚羽が大きく広がって、結界を包み込んだ。

「来たよマコ!」
「了解!」
結界を包み込む羽を視て、露の魔女は四神使いに合図する。
すかさず四神使いは、自分の分身らを支点から呼び戻すと、結界はガラスのようにヒビが走り、大きな音を立てて割れた。

「シロ」
「まっかせなさい」
黒い少年が白い神様に告げる。白い神様は空に手を差し伸べて、ガラスのようだった結界を液体に変え、兎達のいる一点へ凝縮させた。

 

 

 

 

青い炎のうねりは、天使の羽に包まれた瞬間に、音もなく消失した。
魔女の手から放たれていたそれも同じように消失し、魔女はさっきまでの誇らしげな顔とはまるで違う、無垢な女の子のような笑顔で、泣きながら少年を受け止めた。
抱きかかえるように受け止めて、鳴き声を上げると、まとっていた服も同時に消えた。液状化した結界が彼らを包み込むと、魔女の姿は数時間前に初めて少年とであった、幼い少女の姿の戻っていた。

「あり…がとう」

「いいから黙ってろ」

「いやだ…お礼云う…ありがとう」

「いいから

「静真ぁ…静真ぁ…」

「わかったから。落ち着け」

少年は何かしらの液体の中にいるのを認識している。さらに、白い翼のようなものに包まれているのも理解している。広がる光がまぶしくてたまらなかったが、だがこれは悪いものではなくて、暖かくて安心感のあるものだと、感覚的にとらえていた。その中で、少年の目の赤い目は、しっかりと魔女の姿を捕えていた。

ぶっきらぼうな返答ばかりだが、少年なりの優しさだと、魔女はなんとなくわかっていた。長らく、永らく待ち続けて、俟ち焦がれた少年と巡り合えたことと、その少年を含め、また他人を傷つけてしまった悲観と、その両方の意味を込めて、魔女の少女は泣き続けた。
そのたびに少年は繰り返し繰り返し言葉かわし続けて、少女をなだめ、受け止める。そのうち兎達はゆっくりと眠りに落ちた。





ツギ