//おかしな少年と神様の少女//

//二匹の兎//




16.








「アイン、いいぞ、ゆっくりと降ろしてくれ。」
「うん」

天使の妹は、姉の指示通りにゆっくりと兎達を下して、4枚羽を広げてた。
中から表れた銀髪の少年と少女は、抱き合うようにして安らかに眠っていた。

「お前の羽の中にあんまり長い時間包まれていると、生きてるモノであっても満ち足りて浄化されてしまうからな。この辺がちょうどいいだろうさ。ありがとアイン。」

妹の頭をなでながら、館主は云った。
ちょっと乱暴なのか、頭をくしゃくしゃとなでられている妹は、少し嫌そうな仕草をしたが、褒められて照れるような顔をしているあたり、あながち嫌というようでもなかった。

「にしても、本当に安らかな寝顔だこと」
「そうだねぇ。なんかうれしそうだね」

いつの間にか、館主の隣に白い神様も現れていた。相変わらず気配もなく、突拍子もなく表れることだと思った館主は、「そうだな」と言葉を返す。
それもこれも、前の時はかなえられなかったことを、やっとできたのだから、やっとしてやれたのだからと、館主は自分でもらしくもなく、うれしそうな顔をしていた。

「さて、仕舞だ。あまり長くこの姿でいると、露華に見つかった時が大変だからな。」

「それもそうだね」と白い神様はいうと、先に戻っているよー、と館主と黒い少年に告げてまた姿を消す。

「じゃぁ僕もそろそろ」
「おい待て黒いの」

僕もシロの後を追って帰ろうとしたんだけども、クゥさんに肩をつかまれ止められた。
おおう、なんだろうこのプレッシャー。

「まだ一つ、頼みたいことがあるんだ。いいだろう?」

またまた人を殺せそうな笑顔だことで。
今回の僕のお役目は、あまり必要のない下調べと、搖動と、語り部だけだったはずなんだけど。
あぁ、そうか、語り部。

「証人変わりだ、語り部君。」

まぁそれなら、仕方ない。
家で待っているシロと娘のために、もう少し仕事をするとしましょう。

 

 

 

「ね、ねぇ露華、あれ何かわかる…?って、ちょっと、大丈夫!?」
マコがそうたずねて心配してくれる。それもまぁ、ちょっとあの光を視すぎたせいで、今少しだけ目が痛い。つい手のひらで目を覆ってしまう。
「うん、まぁ、大丈夫、前は見えるし、さっきよりも楽になってきたから。」
そうは言ったけど、ちょっとしんどいかもしれない。
クゥさんの指示で、『結界に異変が起きたら、すぐにマコの結界を閉じるよう指示してくれ。きっとお前なら異変が起きる少し前で感知できるはずだ。ただ、起きたらすぐ眼をそらすこと。いいな。』といわれていた。
三秒くらい前に、異変を感じ取ることはできた。結界の色がグッと変わったのだ。
それですかさずマコに教えることはできたし、クゥさんの言葉を借りるかなら、滞りなく予定通りに、ことは運んだ。

あとはすぐ眼をそらすべきだったんだけど、ついついその光景がきれいだった。美しくて見とれてしまった。
視蕩れたのがまずかった。
情報量というべきか、それとも単に光が強かったからというか。うーん、とにかく眼が痛い。眼を通して頭に痛みが響く。

解ったのは、あそこに本物の『天使』が居たということ。それが一番の痛み。
けれども、ずっとこのイギリスに居た感じもする。まぁイギリスだし、それもあるのか。なんたって魔法の国の本場だし。うっすらと青白い色。
けど次に、また例の『神様』が居たこと。白くて黒い、神様。黒い方も、天使と同様に、というか一緒に、イギリスに居た気がする。それは、なんでだろう。
けど、今もう白い方がいなくなって、黒い方だけいる、気がする。
あの魔女さんが、いや魔女ちゃん?が銀色で、ちょっと薄れた銀色が魔女ちゃんの隣にいる少年。あの二人は、もう大丈夫そう。

最後にもう一つ、あそこにクゥさんがいた。いた気がする。

「ねぇマコ」
「何、大丈夫、痛い?」
「あぁいや、そうじゃないんだけどさ。なんかクゥさんってさ」
「クゥさんが?」
「あ…いんや、なんでもなかった。」

『天使』に、似た感じが、とてもした。
なんて、何となくだけど、言えなかった。

どうしよう、好奇心があるけども、これ以上視たら、痛いんだよなぁ。
仕方ないなぁ。諦めてホテルに戻ろう。多分今ならまだ人が止まっているから、マコにお願いして、ちゃちゃっと…ていうか…前より見えるような…視えているような…………。

「ねぇ露華!大丈夫!?ねぇ!!」

ありゃま、マコごめん、ちょっと眠くて…………。

 

 

 

「む、ちょっちやばいな」

クゥさんが川の向こう岸を眺める。浄点の子と四神使いのいる方だ。

「露華に無理させすぎたか。悪いことしたなぁ。あとでちゃんと、謝らないとな。」
「姉さん?」
「ん、あぁ悪い悪い。大丈夫だよ。大丈夫だから、ささっと仕舞い片付けてしまおうか。」

妹が姉を心配する。僕の目にもクゥさんが、少し困ったような顔をしているように見えた。
まぁそれもそのはず、浄点の子には、さっきの光景はまだ負担がかかるだろうし、それに僕の予想を遥か超えて、浄点が強くなっている。
そのうち、完全な千里眼や、透視、未来予知まで行えるようになるかもしれない。ただでさえ占術に特異のあるようだし、組み合わせとしてはこれ以上にないだろう。
けどそれが危険だからとか、誰かが目を付けてなければいけないとか、そういうのを抜きで、クゥさんはあの子らを気にかけているのだ。
其れこそ、妹と同じほど。

そのクゥさんがまず始めたのは、また羽を広げて空へ上がること。
さっき魔女がいたあたりまで上がると、もう一人、クゥさんの隣に誰かが立っているのが見えた。

あぁ、あれが。
クゥさんやアインさんの話には聞いてたけども。

髪はぼさぼさで、顔は目まで隠れている。それに、クゥさんやアインさんとは真逆の黒で、黒いまがまがしい形の羽が、片方だけ伸びている。
ただ、見るからに男なのに、見るからにアインさんとはまるで違うのに、どこかアインさんに似ているように思えた。
雰囲気だとか、そういうものでもないような。

「さて、よろしく。アイン、黒いの。その子らと一緒にそこから離れるか、ここまで上がってきた方がいいぞ。」

「…」

クゥさんがそういうと、彼は無言で引き受ける。

「クロさん、上に…。」
「ん、了解。」

アインさんが魔女っ娘を抱きかかえて、僕が少年の肩を持つ。見た目以上に体か軽い。肌も異様に白く、先天的なものだろう。これだけならシロより白い。
グッと上に上がると、クゥさんがいつにもなくまじめな顔をしていた。
今日はこの人のいろいろな顔が見れる日だ。これはこれで面白いな。

昇ってからこそわかるが、結構な被害がロンドンに出ていた。建物は崩れ、河川や街並みの土はめくれあがって、局所局所に普通の赤い火の手も見える。それに、本来の魔術魔法なら、ああいう古い教会や由緒ある建物が壊れることはないのだろうけども、まぁあの魔女っ娘のは特別製だからなぁ。
それでも破れないシロの結界がすごいと思うけど。

そして例の彼が、壊れた街並みに向けて手をかざす。するとその範囲だけが『切り取られたかのように』黒い線で切り取られ、紙のようにぺらぺらと浮かんだ。立体構造の街並みが、建物が、まるで平面を切り取っているかのようだった。
もちろん、浄点と四神使いは既にホテルの方に戻っていて、彼もそれを確認してから行っているのだろう。

「上出来だ。あとはこれを。」

さしかえる。
と、クゥさんが言ったように聞こえた。そこの部分だけ、聞き取れる言葉ではなかった。確かにさしかえる、といったような気もするけども、何か別の言語で言ったようにも。

その次は、瞬く間だった。

枠の中の世界は、喧噪も騒乱もなく、そこにいる人も普段通りの、つい数時間前の状態に戻ったのだ。その瞬間は音もない。本当に一瞬のうちに、まるで別の世界を貼り付けたかのように、黒枠の部分だけが差し替えられていた。
いや、それだと黒い枠の断面に居た人は、体の半分で時間のラグが起きて、とんでもない変調をきたすはず。其れなのに、同じように何事もなく、まだ時間は止まっているけども、またそこに居た。時間の差し替えではないのか。

「クゥさん。これはどうやって」
「ん?あぁ、なに、簡単だよ。入れ替えただけだ。『魔女が出現しなかった場合』の範囲で。けど久々にやったからしんどいな…。もう枠とってもいいぞ」

クゥさんの指示で、彼は黒い枠を消す。光も空気も何もかも、切断面はぴったりと、差し替えた世界に入り込んだ。

てかこの人、さらっとおもすごい恐ろしいことを言った。てか人ではない。これはもう神様とかのレベルとかでもない気がする。僕含めて、力のインフレがどうにかなっているんじゃないか。

「というか初めからこうすればよかったんじゃないですか。」
「ん、そうか?まぁ確かにそうなんだがな、これまで露華にみられると、私はもう居れなくなる。」

そこまで計算してたっていうのだろうか。浄点の子がこれを視ないように。
だからこそ、さっきはあんな顔をしていたのか。

ゆっくりと下に下がる。煉瓦のめくれた足元は、元もアンティークな道路に戻っていた。
さすが、というか、でたらめというか。僕が言えたことでもないけど、僕だからこそ言える気もする。僕基準でも、ありえないと思えるほど。まるでシロがやることみたいな。あぁ、シロ並みにといえば、いいのかな。僕なんぞ足元にも及ばないのだ。

「よし、これにて終了。アインはどうする?一緒に来てみるか?」
「ん、いい。帰る。」
「なんだそうか。飯くらいなら一緒に食わないかと思ったんだけどもな。ロンドンもうまいものはたくさんあるぞ?」
「もう作ってもらった」

そういいながら、アインさんは彼の方を指さす。
彼はうなずかず、答えず、黙ってそこにいたけども。

アインさんが抱きかかえていた魔女っ娘を、クゥさんが受け取っておんぶする。
ぐっすりと眠ったままだ。こっちの少年も起きそうにないくらい、寝息を立てている。

まぁそりゃぁそうだろうなぁと、何となく思う。
天使の羽による浄化と、シロの結界による浄化と。
詳しくはきかないけど、多分魔力は『なかったことに』したのはアインさんで、その影響で成長も服装も、魔力で構成されたものが消えたのだろう。おかげで今裸でクゥさんの背中にいるわけで。
僕シロの裸しかそそられないからいいけどねー。本当だよー。

「それなら仕方ないな。そういうことなら私もそっちのが食べたいが、やることがあるから、また今度にするとしよう」
「わかった。クロさん、またね。」

アインがちょっと笑ったようにこっちを向くと、パッとその場所から消えた。そこには白く光る羽が、少し待っている程度で、後ろにいた彼もいっしょに居なくなった。
というか彼、料理上手なのか。なるほど。今度教えてもらおうかな。

「さぁさて、黒いの。そっちの少年を貸してくれ。」

そういって、いつの間にか普段のジーパンTシャツになっていたクゥさんは、少年の肩を持った。背中に少女をおんぶして、肩に少年。重そうだけど、これでいいという。

「君を浄点の近くに連れて行くわけにもいかんし。それともまた女装するかい?」

「いや、遠慮しておきます。」

女装はシロからの指示だけによるものにしたい。頼むから。
そういって帰ろうと思っていたけども、「ちょっとまて」とクゥさんに止められた。

「黒いの。正直今回の仕事、どうだ」

「どう、って言われましても。まぁ自分から言うのであれば。」

強いて言うのなら、『クゥさん一人でよかったのではないか』と。

「思いますけども。」

「やっぱりそう思うよな。けど君らが必要だったんだよ。」

「そうなんですか。もしかしてクゥさん一人だと、不安だから、とかですか?」

冗談のつもりで云ってみた。
けれど、確信ももって云ってみた。
なぜなら、シロがそういいそうだからだ。

「うーん、まぁ、及第点といったところかな」

どこか照れくさそうにそう云って、クゥさんは二人を担いでホテルに向かった。
歩いて向かうと時間かかりそうだが、多分、今こうやって人にかかわっている時間が好きなのだろう。クゥさんはそういう人だから。何だかんだで、世話好きな優しい人だからなぁ。

さて僕も、自分の仕事は終わったし、語り部は誰か別の人にお願いして、僕はそろそろお引き取りするとしよう。
早く家に帰って、娘と嫁と、だらだらしたいのだから。





ツギ