津軽富士見湖。

またの名を、廻堰溜池。

農業用水の溜め池としても使われるているけれども、温泉やキャンプ場などのレジャー施設も設営されており、冬以外は観光客や利用客も多い、県下最大の溜池だ。

そして、日本一長い木造の橋「鶴の舞橋」がある。地名にちなんで、と言うのもあるけれども、丹頂鶴の飼育も、この溜池の付近で行われている。それもあってか、鶴が舞うような橋として、地元からも親しまれている。


歴史はそこまで古いわけでもないが、1660年に藩主「津軽信政」により、貯水池としてて作られた。

だがしかし、白上姫伝説や、キクリヒメを主神とした白山姫神社との縁も、少なからずある。また一説によると、1600年頃に起きた「岩木山噴火」の影響もあってか、この地に大きな貯水池をもうけることも出来た、という話も伝わっている。


たまたまなのか、それこそめぐりあわせなのか。

白比瑪と白神姫。白神山地。お山の岩木。鬼。などなど

それぞれが別の逸話だというのに、不思議とつながるものが多いのも、魅力の一つでもある。


「ああ、そっか、そろそろ花火大会かぁ」


八月十六日。毎年、お盆の終わったその翌日。

空と湖面の両方に咲く大花火が、街ぐるみの観光イベントになっている。

まるで送り火の代わりと言わんばかり。大きくきれいな花火が、昼かってくらい大量に光り咲くのだ。

悲恋の姫君へ、白上姫伝説のその人に向けた、供養とでも言わんばかり。


それこそ私も、子供のころからよく見に来ていた。付近のリンゴ畑沿いの道路や、穴場スポットである湖の裏手などなど、隠れスポットによく連れてきてもらったものだ。

思えば当時は白姫伝説なり、空飛ぶ女の子なり、ソウイウ類のものを信じていたなぁ。


そんな夏祭りの準備をしている人を横目に、こうやって真夏の炎天下で散歩していられるのは、水面を駆ける涼しい風と、名物のバニラシェイクをすすっているお陰。それでもレギンスの中は汗のせいでベトベトしたいやな感じだし。今日はオフショルで良かったけれども、紫外線が日焼け止めを貫通しないかと不安にあるくらい、快晴だった。

まぁ、散歩、というか、体よく言えば取材かな。

目的は、例の空飛ぶ女の子。この溜池の付近で目撃されている。

…が、其くらいしか手懸かりがない。この溜池に因んだ逸話や伝説はあれども、その女の子に繋がるような感じはなかった。



すこし、白上姫伝説についておさらい。


今から約600年前のこと。

この地に名を馳せていた清水城の城主「間山之守三郎兵衛忠勝」が、たまたま里にある太右衛門の家に立ち寄ったらしい。狩りから上がった後だからか、体を休めるためだったのかもしれない。もしくは縁ある家柄だったのかもしれない。

するとその家には美人で可憐である、白上姫が居た。

まぁよくある話、お互いが一目ぼれだった。

二人は深く愛し合って、事が起きたのは、一年が過ぎたころだったらしい。


忠勝は城主。時代は戦国江戸の世。

なれば、決まった縁談があるのも、仕方ないことだったのかもしれない。

地主の娘である琴姫との婚約は、あれよあれよと進んだ。そして残酷なことに、忠勝はいつしか、白上姫を忘れるようになってしまったのだ。

罪悪感故か、忘れたほうが、幸せだとでも思ったのか。一側面から見ると「なんて野郎だ」とも思うけども、きっとそれだけではなかったのだろう…。


だが、白上姫は、彼の正月用の晴れ着を縫い上げて、城下へとやってきてしまったのだ。

彼の婚礼の日であったとも、彼が婚礼を結ぶ相手がいるとも、露も知らず。


そして最中だ。祝いの道中だ。

彼と琴姫の、晴れ姿を、その目で見てしまったのだ。


彼女が手した晴れ着は、

人目を避けて帰る足はいつしか大溜池の畔に姫を運んでいた。水草が揺らぎ、波紋を残して白上姫の姿は水中に消えていった。


その後、この湖には龍が住むといわれた。

悲恋の死を遂げた、白上姫が白龍となった。そう思うのも当然のタイミングであったらしい。

だが、その白龍を、忠勝は一切信じなかったそうだ。

自分のせいだと、信じたくなかったのか。

その後錯乱した忠勝は、後年になると藩士や妻までもその手にかけて、いつかの白比瑪と同様に、湖に身を投じたという。


それを嘆いた里の人たちは、反対岸には白竜を祀るための「戸和田神社」を。

そして反対岸の村の中に、縁結びの神であるキクリヒメを祀った、「白山姫神社」を建立したそうだ。

今では白龍のおかげか、湖にはコイやフナが多く住み着いて、豊作の神としても祀られている。



…なんとも。嘆かわしい話である。


が。

この話、実は時代背景に矛盾点があるのだ。

そもそも津軽信正がこのため池を作ったのは、約400年前。

しかしこの話は600年前のことという。

そうなると、岩木山の噴火でできたという話も、実は違うのではないか。いやもしくは、噴火はもっと前にもあったのではないか。とも。


記録として残っている噴火は、1600年前が最後である。

だが近年は研究も進み、800年前にも一度あったも。

そしてさらに、1300年前の岩木山神社建立の起源とされる、山頂のお宮が建立された直後も、小規模ながらあったのではないかとされている。


そうなると、津軽信正が作ったとされるのは、あくまで「整備」であったのではないか。

それより昔から、この湖は、津軽の不死の山を湖面に写すため、存在していたのではないかと。



…まぁ、本当のところは、わからないんだけども。

散歩を終えた私は、二つ目のシェークをすすりながら、件の「戸和田神社」の前に居た。

果たして、白上姫の思いは、無事成仏できたのだろうか。

人でありながら、まさかの神様というか、白い龍になった御姫様は。


「ちゃんと、報われているのかな」

「さぁ〜、どうだろうねぇ。」


背中から女の子に声をかけられて、ついびくっとしてしまった。


「あわわ、あ、ごめんなさい、驚かすつもりはなかったの」


「あ、え、あぁいえ。こちらこそ。」


タジタジになっている私に対し、白いワンピースを着た女の子は、長いポニーテールをなびかせて謝った。


「たまたま通りかかっただけなんですけど、お姉さんが『白上姫』って呟いていたから、今時珍しいなぁって思って、つい」


「え、あれ、私声に出してたっけ…あぁごめんなさい。いや、職業がらもあるんだけど、私、こういう昔の伝説とか調べるのが好きで。貴女は、この辺の子?」


「あ、えぇそうなんです。と云っても、これでもお母さんやってるので、実は…」


「え、あ、ごめんなさい!いや、全然そう見えなかったから、えー、良いなぁ、すごい若く見えちゃったから」


「えへへ。よく言われるんです。気が付いたら、しばらく見た目が変わらなくて」


そういう女の子、いえ、女性の薬指には、しっかりと指輪が付けられていた。

ぱっと見は『少女』と云ってもいいくらいなのに。内心うらやましいと思ったは内緒。

…あれ、さっきまでいた観光客の集団が、見当たらない。結構いたと思ったのに、移動したのかな。


「あ、その、実は私、雑誌の記者をやってて。取材でたまたま来ていたの。オカルトとか取り扱ってて。」


「おお〜すごいですね!

 じゃぁ、白姫伝説を調べに?」


「いや実は、目的はこの伝説じゃなかったんだけど、つい気になっちゃって。あ、そうだ、この辺で、空を飛ぶ女の子を見たこととかないですか!?」


「空を飛ぶ、女の子…?」


「あ、やっぱりわからないですよね。ごめんなさい、変なこと聞いちゃって」


「いえいえそんなことは〜。ただ、そうですね…。」


そういうと、目の前の少女、いや女性は、きれいな声で言った。




「いるかもしれませんね。火の鶴、とか。ふふ。」




「え、火の…あのそれってどういう」と、言葉を言い切きれなかった。

パチン

という音が耳元でなったと思ったら、ふっと、目の前から女性の姿が消えた。

消える直前、ワンピースではなくて、巫女服のような姿だった、気がする。本当に一瞬だけ、その姿が見えた気がした。

そして気が付くと、後ろのほうには観光客がぞろぞろと遊歩道を歩いており、湿気の含んだ熱気が、体をまとっていた。

というより、さっきまで、とても涼しかったような気が…。


「………え、あれ」


私、もしかして。

とんでもないことに、首を突っ込んでいたり、する…?


これは武者震いなのか。

もしくは…。















マエ ツギ