「その話、ホントだったんですね。私てっきり、何かのおとぎ話かと」


十六夜千夜さん。

この岩木山の麓で、代々林檎農家をしている一家の娘さんで、今こそめずらしい、若い女性のリンゴ農家さんだ。

歳はあの司書さんと同じくらいだそうで、件の女性、十六夜トメさんの、曾孫にあたる。


この時期はひたすら草刈り機で、雑草を取り除いているらしい。

実すぐり、袋掛けも終わって、ひと段落した時期だとのことだ。

それでもやることはたくさんあるらしく、雑草の処理に加えて、実に影が作られないように枝を切ったり、品種によっては袋はぎや、反射シートを敷く作業に入るらしい。

千夜さんの弟さんと思える子供もいて、手伝っている姿が見えた。

聞くところによると、ほかの畑とは違って狸やネズミといった獣類の被害が少なく、台風の被害もここ数年少ないこともあってか、とてもいい林檎が出来上がっているようだ。


ちなみにあの司書さんの言った通り、トメさんは15年前に亡くなっており、まもなく16年になるとのことだった。


「空を飛ぶ女の子。子供の頃に一度だけ聞いたことがあるんです。50年も前にあったことなんですけど、大火事で死んだはずの女の子が大ばっちゃの前に現れて、きれいな翼を付けて空へ飛んで行ったと。」

「それは、トメさんから?」

「いえ。ばっちゃからの言伝です。なので、私も信じてはいなかったんです。」


私たちは丁度一服(休憩)時に伺ったようだ。

リンゴ箱を椅子にして、千夜さんはよく見るりんごジュース缶を片手にくつろいでいる。

炎天下だというのに、心地よい風と、林檎の木々が作り出す木陰のおかげで、車の中にいるよりも快適に感じる。

それでも千夜さんは農作業もあってか、頬や胸元は汗だくで、くつろぎながらも手拭いで汗をしきりにぬぐっていた。


・・・ちなみに、農作業服からでもわかる、ボディスタイルの良さである。

私と違って。ええ、私と違って。


「その大火事で、大バッチャと仲の良かったご家族さんが亡くなったらしいんです。よくお菓子をあげたり、挨拶も返してくれるくらいの元気な女の子もいたとか。」


ここまでは聞いた限り、私が調べた内容とも類似している。

信憑性が増してくるのが、手にとってわかるほどに。


「ただ、私が知っているのは、これしか。バッチャは今日病院だから、もしかして直接聞けば、また何かわかるかもしれないですが…。」

「ああ、いえいえ。これだけなんてそんな。むしろ十分なくらいです。」


情報の確度が上がることは、何よりも代えがたい。

おつりがくるレベルだもの。


「…あ、もしかしたら、なんですが」


十分に話も聞き、礼を言おうとした瞬間だった。

千夜さんは何かを思い出したかのように呟いた。


「これも、バッチャが大バッチャから聞いた話の一つなんです。

 その女の子はきっと生き返って、『山伏』になったのだと、たしか言っていました。」



・・・あれ、聞き覚えがある。

・・・たしか…。



「あの、その『山伏』というのは…」「まごちん聞いて〜!おばあ様方から、ちょーいっぱいお菓子とリンゴジュースもらっちった!お手伝いに来てた弟君からも、僕の代わりにってこんなに!!!」


「…どこに言ってたと思ったら、ごめんなさい千夜さん、こんな騒がしいのが。」


「いえいえそんなことはないですって」と、こちらが申し訳ないほどの笑顔で、千夜さんは返してくれた。

信政こと、のまのまの持っているビニール袋の中には、たくさんのお菓子やリンゴジュース缶が入っていた。


「この畑広くて、よく近所のおばちゃんたちも手伝ってくれるんです。若い人って私くらいしかいないから、のまのまちゃん?のような娘って珍しいんだと思うんです。

 ちなみに、あののまのまちゃんは、貴女の妹さん、ですか…?」


「あー、えーっと、まぁ、そーですね。」「おねーちゃん(笑)」

おい、(笑)がついてる。きゃぴ、じゃない。


「私たちはそろそろ。今日はほんと、突然お邪魔して。」

「いえ、とんでもないです。お役に立てたようなので、何よりです。また是非いらしてください。」


千夜さんは深々とお礼を返してくれた。何とも礼儀正しい子だろうか。

最後に、リンゴ畑をバックにした写真を一枚とり、千夜さんに送ると約束して畑を後にした。

最近ではネットを通して林檎の試食なり、販売も始めたらしい。それならば私の雑誌でも、多少なりとも宣伝効果になろう。



「えーもうかえるの〜」と渋るのまのまを引っ張り、私は車のエンジンをかける。

「てか、帰るもなにも、貴女どこまでついてくるの」

「え?まごちんの家に決まってるじゃん〜。アノ神社、正直なーんもなくて暇だし、夜は怖いんだぢょ〜????」


・・・まぁ、そんな気は、した。どうせついてくるんだろな、と…。

ええそうですね、この人が本物の津軽信政ならば、もっと聞きたいこともあるし…。

都合は、良いか…。



それに今回の千夜さんへの取材、収穫はあった。


大火で亡くなり、天女なった女の子。

死体は見つかっておらず、変わらぬ姿のまま知人に会い、会話までしている。

その知人ですら、その女の子が「翼を広げて空を飛んだ」という。

目撃証言と一致する体験談。



そして、『山伏』。



この言葉を、私は聞いたことがある。


















「…やっぱり気づかれなかったね。たぶん。

 僕とちーちゃんの姿を見ても、この『耳』と『尻尾』も見えてなかったみたいだし」

「そうだね。ここで眼隴君の『姿』を、少しだけ見せてほしいってのが、母上からの伝言だものね。」

「けど、信政さんが「弟君」って言ってたの、正直危なかったと思うんだ、僕は。たぶんわざとなんだろうけどさ。」

「記者さんには気づかれないところで、まぁなんとも、悪いこと考えてそうな、面白そうな顔してたからね…。

 てか私、何気にあの人に初めて会ったんだけども、眼隴君知ってたの…?」

「まぁね。母さんとシロさん、それにクゥさんとも話してるの、見たことあるし。」

「となると、確信犯かぁ…。それにしても…」



『記者さんと話しているときに、人には見えない程度で、尻尾と耳、出してみて。

 それと、眼隴君を、ちょっと司会に入れる程度でいいから、目撃させておいてね。』


「なんて、今日の朝に連絡が来るものだから。

 そもそも、母上もだけども、あの女性記者さんに何をさせようとしてるんだろうって思って。だって『山伏』なんて言ったらね。」

「だよね、気づいちゃうよね。たぶん。母さんが何も考え無しに言うとは思わないけども…。」

「…むしろ、気づかせようとしている…信政さんにも会わせてまで……んー、わかんないや、まぁいっか。

 それよりも眼隴君、お昼飯食べていく?」

「食べるー\( 'ω')/」













マエ ツギ