なんてことない。
本当の「会話」だった。
私のことだったり。
私の知らないおばあ様の御話だったり。
今私の隣で、助手席でジュースを飲んでいるノマの話だったり。
後部座席でニッコリしている、山長の話だったり。
・・・いやー。こういう事体ですらもう…あぁもう、いいか。
追及するにもキリがないということを、さっき学んだばかりではないか。
おばあ様のやんちゃだった頃の話。
ノマが山伏ではない理由。
私が旅館で会ったのが(やっぱり)空飛ぶ女の子。
山長のお子さんは5人いて、みんなで配信している。
山長が配信にはまった理由。
山長が最近頑張りすぎて寝不足。
その他諸々エトセトラ。
思い返すだけでも、今までの人生の中でいえば、どれほど濃い時間だったことか。
「いやぁごめんねぇ。あそこから帰るの、結構大変だからさぁ」
「あぁいえ、それはいいんですけども…」
結局、あのお堂で会話したのは、ほんの十数分。
かと思いきや、外に出たころには日が傾き始めていたのだ。
「時間なんて傾いでなんぼさね。特にこういうところは。」
そう言いながら山長はいつしか、また最初のラフな格好に戻っていた。
「いつもはあの和服なんだけどね。けどあの格好で町は歩けないじゃない?」
そりゃそうだ。どことは言わないけども、際どいなんてものではない。
どことは、言わないけども。
兎も角。
体感と実感のズレ。
眩暈はしないが、焦ってしまうのは、なぜだろうか。
「そんなもんよ〜。よっぴーも最初は、そうだったし」
ノマは私を見るなり察したのか、おばあ様もそうだったと言い始める。
少し前はちょっと嫌に思っていただろうけども、今は逆だった。
御婆様もきっと、こう思ったに違いない。
目の前を歩く「きかっけ」の二つは、私よりもこの場所よりも「時間が傾いでいる形」は、自らの常識からは傾いでいると。
そしてもう今はきっと、私も傾いでいる。
と。
愛車を走らせて数十分。こんどこそ数十分だった。気が付くと、助手席のノマは寝息を立てていたし、山長に頼まれた場所までも残りわずかだった。
だからこそ私は、ここぞとばかりに私はまた山長に話しかけたのかもしれない。
「山長さんは」「土潤でいいよ〜」
・・ほんとうに気さくな人?だこと。
「ど、土潤さんは、ほんとに、その…熊なんです…?」
・・・どうしてそこでヒヨった私ー。
それを察したのか、山長はすこしクスっと笑って、私のヒヨった問いに答えてくれた。
「ふふそうよー、もともとはね〜。とはいっても、もう数百年も前に人似姿になってからは、戻れなくなったのだけどね。」
「それって、その、さっき話されていたお子さんたちの、それこそそれを飛ぶ女の子のように、突然…?」
そう聞くと、山長は「ん〜、どうだったかしらねぇ」と誤魔化すとも苦笑とも似た声で言った。
「いろいろあったから、どれが私の『きっかけ』だったのかしらね。コウちゃんは、どうった?」
「どう、とは…?」
「ここ数日。自分で言うのもあれなのだけども、『きっかけ』を追って走り回って、ついに到達したじゃない?」
にんまりとする山長は、きっと私の次の言葉を聞きたがっているのかもしれない。
そう思ったからこそ、あえて言わないというのも考えた。考えたけども…口から出してしまっていたのだ。
「…悔しいのですけども、ちょっと楽しかった、ですね。」
「あら、なによりさね。」
おばあ様も、『私と同じように』『きかっけを追った』そうだ。
同じように山長とも会い、横にいるノマにも会い。
山長の子供たちとは会っていないのかもしれないけども、きっとなにかしらの『きっかけ』から、このゴールまでたどり着いた。
まるで御山詣りのような……。
・・・あ。
そうか、だからおばあ様は…。
そう気づいて、私はルームミラー越しに、再び山長を見て言った。
「…私は『為り』ませんよ?」
「ありゃ残念。ふふ。」
「その言い方、為ってほしいなんて思ってないですよね…?」
「さぁ〜、どうかしら、ふふふ。私はただ、貴女とお話ししたかったし、これからもお話ししたいなぁって思っただけさね。」
きっと本心だろう。
けども、隠し方がどうもうちの編集長に似ている気がして、きっとそれだけが目的ではないのだろうと思った。
思ったが、それは聞くのも野暮だろう。
・・・そうだなぁ。
これはきっと、私だけの見出しだなぁ。
信号待ちの時間でその結論に至っただけでも、十分かもしれない。
そう思うのだ。