//おかしな少年と神様の少女//
//母狐の書き方//
5.
すこし疲れてうたた寝していると、とんでもない力の爆発を感じて、ばっと起き上がった。
まさかシロが、と不安感を感じたのは一瞬で、なんのことはない。あの魔女っ娘のお遊びだった。
あの子達、神社にいる僕からでもわかるくらい、どうやらド派手なことしてるみたいで、魔力でお絵かきとは、なんともあの子達らしい楽しみ方だなと思う。
ふむ、ちょっと、派手すぎかなぁ。
ただただ魔女っ娘ちゃんの無尽蔵な魔力を放出するだけなら、そんな害はない、とは実は言えなかったりする。そっちのジャンルのほうは詳しくないけど、魔方陣だったりとかそういうものを組まない限りは、確かに問題はないのかもしれない。それにあの娘なら、間違って出ても制御出来るだろうし。
ただし、だ。撒き餌に松阪牛のステーキをばらまいているようなものだから、今回は必要ないものまで寄せてきそうな。
そう、例えば「私のようなかい?」
背後からの一声。
気配と同時に声がしたら、この人だと思えと学んだほどだ。
「やっぱりでしたか。くぅさん。あいかわらず、神出鬼没ですね。」
まさに文字通り。突然『あらわれる』のだから。石段の上の方に腰かけて、僕の背中越しに演出を眺めていた。
まぁこんな面白いことに、この人が首を突っ込まないわけはないだろうとは思っていた。くわえておそらく、浄点対策だろうかと。
「む、なんだいその顔は。私は正直寝ぼけながら、露華の豊満ボディを楽しんでいただけで、気づいたのは露華のほうが先だったんだぞ。露華が気づきさえしなければ、ここには来なかったさ」
と、予想通りに加えて、このように供述しておりますが、まぁいつも通りかも。シロとはまた違った、丸で悪意のない笑顔で、くぅさんは僕に話す。
「浄点ちゃんはどんなご様子で?」
「なぁに、魔女っ娘の仕業と瞬時にわかると、そのやっていることも悪意もなく安全だと理解したようでな。まあまいいかと云いながら、また本の虫に戻ったところだよ。」
「それはなにより。」
本当に何よりだ。
弁明しておくけど、浄点ちゃんのことは嫌いではないし、すごいとも思ってる。思ってるけども、ちょっとばかり、相性が悪い。僕とシロには、特に。
ちぃはいいんだけどなぁ。仕方ないのかもだけどさ。
「くぅさん、一応なにかしらの対策とかしたんですか?」
「いや、なにもしてないぞ。言っただろう、瞬時に安全だとわかったと。だから一応、私が確認に来た。それになぜだかわからんけどな、今アイツは、私の『家』にいる」
「・・・なるほど。ある意味、安全ですけど。」
これは、正直の狐達どころじゃないが、くぅさんに任せた方がいい。むしろくぅさんでなければ、浄点を押さえ込められないな。
実質の検知半径は50kmといったところだろうか。透視に千里眼、いずれ先見もしかねない。加えて、『瞬間移動まがい』のことまでときた。たちの悪い妖怪やら化物ではなく、それ以上のものが釣れるところだった。
ふむ、すこし僕も考えなければ。
そんな僕を察したのか、くぅさんはいやいやと手をふる。
「露華は、なぁに、本人があれだから問題ないさ。」
うーむ、思えば僕よりも、いやシロよりもまずいこの人が言うのだから、まぁ、いい、か。
ぶっちゃけこの人、なんも考えてなさそうだけどさ。
「それよりも、あの魔女っ娘達は何をしてるんだ?わざわざ黒毛和牛ステーキをばら蒔いてるようなことをして。」
「あぁ、僕と似たような思考なんですね。あれはですね。狐っ子を誘い出すための」
バチん。
と、どこかで聞いたことのある、強いて言えば結界に呪符紛いの札を当て付けて火花散らしながらぶち破るような音が聞こえる。
僕の会話を遮るには、十分な音だった。お互いに目を丸くする。
まさかあの女の子、ではないだろうな。こんな早く戻るとは思えないし。
僕は口を半開きにしたまま、くぅさんをまじまじと見つめる。含みも何もないし身に覚えがあるけれどもまぁ気にしてないけど、じーっとくぅさんを見る。
「い、いや、私じゃないぞ。いや確かに、お前の結界をぶち破ったときのそれにとても似ているが、ここに来るのにわざわざそんなことしないし、あれはお前の結界だからああしたんだぞ。」
「いや、わかってますよ。何となくなんかなー、と思っただけで。」
「お前、どんどん爺さんに似てきたな。」
「それはどうも。」
素直に喜んでおこう。
ともかく、若干たじってるくぅさんも珍しいけども、本当にあの呪符とは別だろう。それこそあれの出所は爺さんだろうし、あんなものそう簡単に作れるもんじゃないのは、僕にだってわかる。
さてと、そろそろいこうかなと、悠長に構えていたその時。
バンっ。
2度目の破裂音と、違和感。
この違和感は、つい数時間前にも、感じ取ったものだった。くぅさんもそれには、はっきりと気付く。そして、はっきりと、顔をしかめる。
「おい黒いの。確かに狐は釣れたみたいだが、アレは、まずいぞ」
多少くぅさんの口調が変わるも、それどころではない。
馬鹿か、僕は。本当に。
くぅさんんからの忠告を聞き終える前に、僕は文字通り音もなく、風も立てずに、娘の元に跳んだ。
昨日の夜に遡る。
僕がそこに着いた時は、その女の子はもう手遅れだった。
文字通りの惨劇が、眼下に広がっている。
鼻につく血の臭い。鉄の匂い。
枯れ草のと土に染みていくのが追い付かないのだろう。まさに血の海だった。その中心に女の子は、光のない眼をうっすら開けて、あおむけで倒れている。
出所は喉と脇腹の傷。いや、穴だった。出血が止まらないのはもちろん、きっと出てはいけないモノも、彼女の脇腹から、はみ出ていた。
誰が見ても、あぁこれはと、そう思っただろう。
そのそばで、血まみれの狐の双子が泣きながら、女の子に対して謝り続けていた。ごめんなさい。ごめんなさいと。
双子の顔はもう、血なのか涙なのかわからないくらい、グシャグシャになっていた。
傷口を押さえていたであろう真っ赤な手を、今は顔をぬぐうために使っている。
あぁ、これはあまり、いい絵面じゃないな。
さすがの僕も、自分で言うのも変だけど、冷静ではいられない。
どうしてこんなことを、ってのは、後にしよう。十分に、この双子は悔いている。
それにまだ。まだこの女の子はまだそこにいる。
すでに心臓も止まっているし、もう脳死しているだろう。それでも、まだ。そこにいる。
「大丈夫。まだ、この女の子は、生きるから。」
双子の頭に手をのせて云うと、まるで神様にでも祈るように、真っ赤な手を合わせ、目をぎゅっと閉じた。閉じた瞼からは、まだ涙があふれ出ている。とめどなく、泣き続ける。
神様、ね。
それならば、この際反則技でも結構。シロやクゥさんととちがって、僕はこういうの慣れては無いけど、まだ何とかできる。少しばかり力は使って、完全に元に戻すことはできなくとも、傷口を塞いで、この女の子を向こう側から連れ戻すことぐらいは、いや、できるできないじゃなくて、やるしかないだろう。
血の海に膝を立てて、僕は女の子のそばによる。ズボンが血でしみていく感触。水と違って、ドロッとした感じが、尚更僕を覚悟させる。
少し。ほんの少しだけ、「真っ暗」を入れ込む。基本的にやることは、それだけでいい。
蛇口の調整を、僕は必死に行えばいいだけのことだ。
そして僕は、右手で女の子の傷口にふれて、蛇口に少しだけ手をかけた。
途端。
ゴゥという風圧と共に、血飛沫が舞い上がった。
もちろん、僕の周りに広がる血の海も。
宙に舞い上がったところで、全てが静止する。
真っ赤な血だけを残して、視界に映る全てがグレースケールになった。唯一、僕の目だけが動く。
驚いた顔で、僕を見る双子たち。その視界に点々と飛び散っている血しぶき。
次第に風圧は威圧感へと変わり、僕の視界と思考が、だんだんと鮮明になる。
僕の目を、ゆっくりともとの方向へ、掌の先に向けて戻すと、次第に鮮明に、明確に、確実になっていく。
これは、ちがう。
僕はまだ、手をかざしただけだ。蛇口に手をかけただけだ。
いけない。
この女の子に、「真っ暗」を流してはいけない。
そうか、だからこの双子たちが、この女の子を。
そう気づいたときにはもう遅く、というやつで。静止した視界が、一時停止から解除された。一気に加速した視界が、その情報量の多さを処理するのに時間をとられる。
その焦りが、一瞬僕の判断を鈍らせた。
すぐさま手を離そうとしたが、一気に、女の子を中心に、吸い込む渦のように廻りはじめる。
同時に、僕の中から、想定以上の「真っ暗」が、ふれた手のひらを出口に、吸われていた。
触れている手が、まるで磁石のようにはがれない。それでも、出口を無理やり閉じて、ぼくは大きく後ろに下がった。
ぐしゃっと嫌な音が聞こえた。反動で激痛が体に走り、視界がぐらっとゆがむ。手のひらがいやに熱い。皮膚、表面が剥げてしまって、彼女の血ではなく、僕の血で赤くなっている。すぐさま、すこしグロテスクに泡立ちながら、僕の傷が塞がり始めるが、治り終わるまで待ってはくれないようだ。
気づいて女の子を見ると、女の子は起き上がって、変貌していた。
文字通りの変貌だ。人から、獣に変わっている。
見るに堪えなかった傷なんて、そりゃもちろん消えていた。それどころか、乱れた髪の毛からみえる獣の耳と、背のほうに見える獣の尾。赤い瞳が、僕をにらみつける。さながら、この双子と同じような、そんな見た目。グルルと唸りながら、四つん這いで、じりじりと近寄ってくる。
おいおい、僕はそんな美味しくないぞ。さっき十分味わっただろう。それに僕はまだ転んだままの格好だ。立ち上がる隙でも見せると、流石にやられるかな。
けどまぁ、このままでも、不味いか。色んな異物とやりあってはいるつもりだったけど、ここまで威圧されて、ひるんでいる僕が、正直信じられない。シロに羽交い絞めにされるときくらいじゃないかな。冗談、でもないけど。
けれどどうするか。そんなに思案している暇も、冗談かましている余裕もなさそうだ。確実に距離を縮められいる。ならいっそ襲われた瞬間に。
と、幾ばくもない覚悟を決めたのだが、女の子の体が、ピタッと止まった。僕の背後にいる双子が視界にはいったのだろうか、一瞬女の子の表情が、優しくなった。あぁ、きっと普段のこの子の顔だろう。なるほど、
怒るととっても恐いタイプね。
それを、その一瞬を、冗談を思いつくくらいの一瞬を、僕が見逃すわけもないだろう。
治りかけの右手を前につきだし、痛みをこらえてぐっと力を込める。滲む血の色が、暗く変色すると、真っ暗が僕の握り拳を型どった。
名付けて、ロケットパンチだ。
安直だが、まともに出すよりはこのほうがいいはずだ。まともに出せば吸われて終わるか、女の子の体に穴が開くかのどっちかだろうから。
空気を固めて前に出すイメージで、真っ暗の僕の手が飛ぶ。女の子のお腹に向かって勢いよく飛んでいく。
その挙動に気付かれたのか、女の子は瞬時にまた獣の顔にもどった。
けど、残念。ちょっと遅いね。
瞬時に避けようとするも、反応が遅れた分のタイムラグが顕著に出る。
女の子の脇腹に真っ暗がぶつかり、パンっと、風船が弾けるような音がした。
僕のロケパンが直撃して浮いた女の子の体は、大きく後ろに飛ばされて、背中から木にぶつかった。
カハっと口から空気が漏れて、前から地面に倒れこむと、ピクリとも動かなくなった。
それをしばらく僕は眺めて、ようやく右腕を下げる。ぼくの口からは、自然と大きなため息が出ていた。どうやら、うまく気絶してくれたようだ。死んではいない、よね。
弁解すると、女の子を腹パンする趣味はない。断じて。ま、若干博打だったけど、まぁ結果良しだ。いや良しとする。
ゆっくり起き上がり、女の子に近づく。改めて確認すると、息はあるし、元の人の体に戻っていた。脇腹は、もともとこの女の子のお腹が裂けていた部分だ。多少ひどいことをしたが、今回はご勘弁願いたい。でなければ、危うく僕が喰われつくされていたかもしれない。
また、苦手なものができちゃったなぁ、なんて思いながら頭を掻くと、半端ない激痛が僕の体を駆け抜けた。
しまった。掌がもうモザイクアートになっている。治るんかな、これ。いやここから治るからすごいんだけどさ、前なんて腕生えたし。
まぁいいや。
あの双子は、と、流石に動物だね。さっきまで背後にあった気配が、もうなくなっている。色々と聞きたいことがあったんだけどもなぁ。
しかたないな、と僕は呟く。とりあえず、この女の子は人の目につくところに、あ、思いきってあの病院の入り口にでもおいていくか。あそこなら僕も世話になってるし、なんとなく大丈夫だろうと、そう思うことにした。うん。思うことにした。
ここで、なんでまた僕は「大丈夫だろう」なんて思ったんだか。すこし考えなければって、そう思い付くのが遅すぎやしないかね。
疲れていた、と言うのは言い訳か。僕の予想よりも、早く、女の子はまた、「狐」に戻ったのだ。あの時、病院ではなくて、シロのところまでつれていくべきだった。たとえ知られてはいけない場所でも、そうするべきだったのだろう。
僕の昔の家の辺り。
愛娘とその親友の魔女っ娘、双子の狐に、狐に為った女の子、それにすっかりと掌が完治している僕。
いわゆる鉢合わせだ。登場人物立ち揃い、いさ幕開けといったところだろうか。
さて、どうするかな。これ。