//おかしな少年と神様の少女//

//母狐の書き方//



6.


なんだか、とても眠い。温かくて、体がフワッとしている。ここは、とても居心地がいい。

ここでずっと、浮かんでいても、いいのかな。



けれど、なんだろう。

私、さっきまで大事なことを、いや、なぜかこれが大事なことだと思って、私は。



私は。










「お父さん!」


愛娘が僕を案じてくれて、心配そうな声を上げる。

大丈夫、心配ないよ、と返したかったが、目の前の獣の猛攻が激しく、僕は息をつく暇すら無い。少しばかり、いや正直に言おう、僕は顔をしかめていた。いかにも、苦しげに。

幸い、この獣は僕にロックオンしているようで、他は眼中にない。もはや双子すら気にかけていないのではないかと、そう思わんばかりにだ。熱烈なアタックは、僕はシロ以外お断りなんだけども。

そんなことを考えていたからか、ジリッと不吉な音をたてて、獣の鋭い爪が僕の頬を翳めた。翳めたんだけど、少し頬肉を持って行かれているのが、感触で解った。もうすこし深くいっていたなら、いとも容易く、顎を千切られていただろうね。しなやかに延びる獣の腕は、直ぐに次の鉤を継いて、僕をとらえようとする。

ついに避けきれず、獣の腕を、僕の腕が弾く。ガードしたのだ。赤い獣の目はその手ごたえを感じたのか、さらに猛攻が激しくなっていく。獣が踏み込む毎に大きく地面かえぐれる。正確には、踏み込んだ後に、地面が抉れる。もはや物理法則が追い付いていない。抉れると獣はすでに違う場所に足をおいているのだ。

流石に、余裕がないか。だけど、殺す訳にはいかない。そのギリギリのラインを、僕は未だ見図れずにいる。

それに、次第に人の形を保てなくなっている獣、いや女の子にも、このままでは時間がない。既に7割は、人ではない。

だめだ、それ以上は、戻れなくなる。

いやけれども、もう、打つ手なしか。仕方ない、のか。

諦めかけたその時、僕と獣の足元に、青い炎の模様が浮かんだ。

すぐさま僕は察した。

獣の横凪ぎの一撃を、あえてガードで受けて、僕の体は大きく右に飛び退く。その隙をのがさまいと、二撃目の右腕のアッパーが、ほぼ僕の真下から迫り来る。それが僕の頭蓋を捉えて腕もろとも吹き飛ばす寸前、獣の動きがピタッと止まった。

僕は勢いを殺せず、そのまま真横に体を投げ出した。受け身もとれず地面に投げ出されると、一瞬息ができなくなった。それでもなんとか呼吸をしようとして、咳き込みながら肩で大きく息をした。

「ナイス、援護。魔女っ娘ちゃん。」

ぜーはーと研ぎ途切れ途切れの声で、愛娘の親友に感謝する。本当、ナイス援護だよ。まさかの物理で死ぬかと思った。

けど、右腕を前につきだしたまま、魔女っ娘の表情は、次第に辛いそれになっていた。

「まぐれじゃな、これは。この獣の体の時間を止めたが、なんじゃこいつ、あまり、持たんぞ。」

その言葉の通りだろう。少しずつ、一秒刻みで、獣の体が動き始める。ギラリとした紅い眼だけが、いまだに僕を睨み付けているままだ。

「なら、私がこのまま」「駄目だちぃ」

愛娘の気持ちはわかる。とても有難いが、僕は止めるを得ない。

「けど、このままじゃお父さんもよーちゃんも、、、、」

刀を抜こうとする構えのまま、愛娘は警戒を解かず、それでいて心配しているけれども、ちぃはまだ加減がわからない。

ちぃはきっと、殺してしまう。意図せずとも。

それはいけないことだ。

まったく、刀の使い方だなんて、じいちゃんはなんてことをちぃに教えたんだろうか。いや賛成したのは僕だけどさ。この子本当に天才肌だし、なによりじいちゃんのようなホンモノの教授を受け、そしてそれにあっという間に順応してしまうんだから、そりゃ素手たけで木も切り始めるわけだ。

それに。

「大丈夫だよ。手なら、あるんだ。」

まぁ正直、いま、思い付いたけどさ。

僕ながら相変わらずだこと。

けど、最初にこの女の子に遭遇したときの感覚が間違ってなければ、うまくいくんだ。

ゆっくりと起き上がり、僕は獣のそばに近寄ろうとする。既に息は整えている。

その時、双子が体を震わせたまま僕と獣の間に入り、大きくてを広げた。怯えた顔のまま、泣いたまま、双子は必死に僕に、訴える。

「おね、がい」「ままを、ころさないで」

震えた声。どうにか絞り出したのだろう。

「大丈夫。そんなつもりは、最初からないよ。」

そう言って、僕は双子の頭の上に、ぽんと手をのせた。すると緊張が解けたのか、両手を下ろして、不思議そうに僕を見上げた。

「一応、僕も神様だからね。それに、ちょっと君らにも、手伝ってもらおうかな。魔女っ娘ちゃん、もう少し耐えれるかい?」

「愚問じゃ。」

そういいつつニヤリと笑うけど、限界も近い。

「ごめんよ、もう少し耐えてくれ。ちぃ、母さんから教えてもらったばかりだと思うけど、合図したら僕とこの女の子を、結界でか囲ってくれるかな。この双子たちと一緒に。」

「う、うん。けど、そうしたらよーちゃんの魔法が遮られちゃうんじゃ」

お、嬉しい誤算だ。

さすがわが愛娘、もうそこまで強く張れるとはね。多少遮れればと思ってたのに、流石はシロと僕の子だ。

「それでいいんだ。じゃあ構えて、行くよ、さん、に、いち。」

静かに、零と言う。

するとコンマのずれもなく、薄オレンジの結界が、僕と獣の回りを囲った。速度も申し分ない。本当、流石だ。

瞬間、魔女っ娘の魔法が解けて、獣の体が自由になる。魔女っ娘はその反動で、膝から崩れ落ちるように倒れ始め、そして獣は振り上げた腕を振り抜いた。そしてもう一歩踏み込もうとするために、僕に飛びかかる。



そう、そこだ。

その隙を逃がすものか。



僕の足元から、ぶわっとガスのような「真っ暗」が吹き出る。

我ながらバッチリのタイミングで、思わず口元がつり上がってしまう。きっと今の僕は、とっても悪い顔なんだろうなぁと思いつつ、真っ暗の中で、僕の意識と獣の中の女の子の意識、それに手をのせたままの双子の意識を、無理やり繋げた。


バチん。


きっと、そんな音が鳴っただろう。

















****************




「おや?」


おやおや?


ふと顔を上げた。さらにいうと、ついつい口から「おや?」なんて言葉が出てきた。

なぜならどこかで、もっと限定すると、クロがいるあたりで、なんかバチんって聞き覚えのある音がなったような気がしたからだ。


「シロ、さん?」

私の手がぴたっと止まったからだろう。あーちんが首をかしげて「どったの?」という具合で聞いてきた。

「いやぁ、たぶんなんだけどさ、まーたクロがなんかやってるなぁって、なんとなく思って。」

そう、なんとなーく。

さすがにあーちんの部屋のある「ここ」から神社のある山までは遠すぎて、なんとなーくってしかわからない。

ただ、私のカンだと、あの双子ちゃんたちに関わることで、しかも、女がらみか。むぅ、クロが浮気なんぞするわけがないけど、今晩あたりまた襲っておこう。ぐふふ。


じゃなくて、そうだよ。

「そう、そうなんだよあーちん。」

ぐぐぐいっと、私はあーちんの胸元に、超ないすばでーのおっぱいに詰め寄る。ついでにぐわって揉む。

「む、むねは、もまない。」

残念ながら、いやーほんとうに残念ながら、あーちんのほうがちょーっとぼんきゅっぼんで、背が高くて、ちょーっと私より足はすらっとしてて、腕もその分長いからさ、ほら、こうやってひっぺがされて頭を抑えられると、手が、とど、とどかな、あぁええそうですよ届きませんとも。どーせ幼児体系ですよー出産してもあんまりたいけいかわりませんよーおっぱいもそんな、そんな、そんなふくらんで、な、な…。

と、自虐的になって後悔したあたりで、私は腕をぶんぶん振り回すのをやめた。

「まぁきいてくれよあーちん。」

と、頭を、むしろ顔をあーちんの両手で抑えられたまま私は話し始める。若干いい匂いがする。すーはー。

「今日はクゥはいないじゃないか。」

「まぁ、うん、お仕事してくるって、図書館行った。」

「そうそう。その通りだよ。いやぁ困った困った。で、本題だよあーちんや。どうしてなんだろうか。」

「…何、が?」

「いやほら、私とあーちんの目の前に、具体的には私ちょっと今視界悪いけど、いや見えてないけど、ほら、目の前にいるじゃないか。ちょーっと、ここに来るのが早いんじゃないかなぁって、ほら。」

そう言いながら、私はいかにもという感じで、人差し指を立ててみる。


そのちょーっと来るのが早い人、今日何回目かの具体的に事申してみると、浄点ちゃんに向けて、人差し指をクイっと倒してみた。


「あ、あのー、なんで私、ここにいるんでしょうか…というより、ここは、どこ…?」


そうなんだよねー。ちょっとどころか、かなり早い。

もう私の想像を遥かに越えちゃってるんだよね、浄点ちゃんは。指した指をくるくる回して、しみじみとそう実感する。ズビシッ。

あーちんの寝床、ベットっていうんだっけ、の上に、ぺたりと座っている浄点ちゃん。少し髪がぼさぼさっとしている。まーそりゃそうだよね。困った顔をして正解というもの。いやちょっと私今前見えないけどさ。あと、クゥのいう通り、クゥ並みに、あーちん並みにでかい。なんだ。いじめか。泣くぞ。

傍らには、たぶんクゥの図書館にあったであろう本が数冊、散在していて、どこから来たのかがすぐわかった。

ただし、極めつけは、その後ろ。

ぐにゃぐにゃにねじれた空間。もともとのあーちんの部屋の壁と「思われる」ものと、本棚だったと「思われる」何かと、その他もろもろ、なんか見えちゃいけないような「生物的」な何かとか。ア"ア"ア"ア"ア"って言ってるし。なんか唸ってるし。

幸いこの「生物的」な何かが、人のそれではなくて、私も知らない何かだということだ。知らぬがなんつけって言うからね。

ただ、もしかしたらだけど、この本から「出てきた」もの、なのかなとも思ってたり。どうもそこにぐにゃって混ざっている開いた本から、這い出ているようにも見えるからだ。


何を隠そう!

今日あーちんにお呼ばれされたのは、あーちんが起きて下着を着た後何もせずぼーっとして日光浴さながらだらだらしていて数時間たったところ、突然壁がぐにゃったと思ったら、ぱっと浄点ちゃんが出てきたから、そのぐにゃった壁を修復するためだったのだ!


とはいうけど、ちょうど、こりゃちょっと時間かかるぞー、という見切りをつけたあたりでして。

只でさえあの山よりも面倒な造りの場所に「ここ」がある。それを前提に、あーちんが「元に戻す」をしながら、私がちょっとばかしこう、クイっと調整して、ちゃんとそれぞれ元の場所に戻るように、とやっている。簡単にかいつまんで説明してこれだけども、ってやつだ。あとであーちんのおっぱいを揉みしだかないと、本当で。本当と書いて、マジで。あれ、マジでいいんだっけ、この読み方。またクロに聞かなきゃ。

ああけど、もし隣の部屋でごろごろしてるXXXXくんがやったら、全部ズバッて切り取って、なかったことにするんだろう。とっても手っ取り早いけど、だけども、それはちょっとなぁというところだしさ。


「ということで、浄点とゃん。」

かんだ。

お願い、ふたりとも、そんなじっと見つめないで。恥ずかしい。

「…じょ、浄点ちゃん。」

きっと顔が真っ赤だったろうなと思いつつも、恥ずかしさを押し殺して、改めて浄点という言葉を口に出す。

浄点、かぁ。なんとも大層な、名前だことだ。

「コレ、もうちょっとで片づけられるからさ、お互いなぜ今こうして向き合って『無事なのか』も含めて、さらにクゥがいたはずなのにもかかわらずに、何がどうなってこうなったのか、ちょっとお茶でも飲みながらお話ししない?」

いっつあ、がーるずとーく、というやつ。





****************







ふむ。


シロと出会った時以来だったけど、なんとかなるもんだ。

目の前には、とっても見覚えのあるスクリーンと映写機があり、カタカタとフィルムを回している。もちろん写っているのは、繰り返し切り替わる、シロとちぃの笑顔だ。

なぜならば、僕が前に僕だと認識したときの場所。

場所というか、僕の意識の中というか。潜在、真相心理の奥底というか。ほら、精神と時の部屋みたいなものだよ。うん。

で、僕だけか座席に座らず立っていて、両隣の席には、双子の達がすやすやと寝息をたてて眠っている。無理やり繋げた、というかそれ以外方法がわからないから、その反動だろう。ただ、そのせいで記憶がなくなるとか、なんか廃人になるとかはない、と、思う。シロいわく、僕がそうしようと思わなければ。


さてと。

「君たち、ほら、起きた起きた。」

双子の頭にポンと手を置く。すると、いかにも嫌そうに身じろぎして、先ずは髪がショートの方が起きた。

「ん・・・ん、え?」

目を開けて、回りをキョロキョロとし始めた。そして僕を見上げるなり、口が半開きのまま、なにここ、なんで、え、何、え、なんて顔した。

「自分が誰かはわかる?」

こくり。

「よし。僕は誰かわかる?」

こくりこくり。

「よしよし。さ、君らのお母さんを連れて帰るよ。いいかい?」

じーっと、思考停止。

まぁ、そりゃそうだ。うん、正しい反応だ。

けどすぐ、反対側にいるもう一人に気づいたようで、立ち上がって駆け寄っていく。

「シオ、起きて、シオ」

肩を揺さぶって、もう一人を起こす。そうか、その子はシオって名前なんだね。

「ん・・・オキ・・・?」

あ、オキは最初に目を覚ましたほうか。

「黒い方の神様が、ままを連れて帰ってくれるって。ほら、起きて」

「オキは私じゃないよ、オキの方だよ」

「ちがうよ、ほら、起きてってば。」

ふむ、どことなくこのシオって子、アインさんに似てるなぁ。特にこの、気だるそうなところ辺りが。

目をこすって、いかにもだるそうに反応を見せるけど、そこで静止して、スヤスヤとまた寝始める。あー、マイペースな辺り、ホントに似てるなぁ。

まぁいくらでもゆっくりしていいのが、ここの特徴だ。思考だけが動いて、外の時間はほぼ止まっているのだから。

とはいいつつもだ。

外の時間とは関係なしで、あの女の子の時間は進んでいるわけだ。つまるところ、まだ『止まっちゃいない』。そこまで時間はないことには、変わりはない。ここに居る分、さっきに比べると、そりゃ幾分かはましだけど、正直、どうだか。

「「神様」」

やっと目が覚めたようで、未だに慣れない呼び名で、双子は僕を「神様」と呼んだ。

ま、ひとまずはその呼び名でもいいか。

「起きたかい?なら、ぼちぼち行くとしようか」

「「どこに?」」

わお。きれいなステレオだこと。

そらと左右対称に首をかしげて見せるあたり、双子だなぁ。

まぁいいや。それよりもだ。

ここに来て二回目の、至って分りやすいたった一言の説明を、僕は双子狐に告げた。

「だから、君らのお母さんのとこだよ。」












マエ ツギ