//おかしな少年と神様の少女//
//母狐の書き方//
10.
「お母さんー」「朝だよー」
といった具合に、この二人に体を揺さぶられながら起こされるようになって、もう3日が経っていました。お陰さまで、ここ最近はとても、とっても、早起きです。日が昇ってすぐ辺りだろう。窓から差し込む朝焼けの橙色たるや、とてもきれいな色で、とても二度寝をしたくなる。けれどこの二人、私が二度寝を始めると、お腹とか腕とか太股を、甘噛みし始めるもんだから、こそばゆいとかそんなの通り越してくるから、否応にも目が覚めてしまうのです。あれは辛い、色々と、洗濯物もふえて、ほんと。
そのまえに何とか体を起こした。刺さるような肌寒さを感じて、さっきまでくるんでいた毛布を掴み、体に巻く。もう裸で寝るのは無理かなぁ。そろそろ冬がくるんだなと、文字通り全身で実感するほどの寒さに、体が震えてしまう。
「おはよう、オキ、シオ。あいかわらず、早起きさんだね・・・」
「お母さんおはよう」「おはよう」
ショートヘアーの方がオキで、髪の長い方がシオ。二人とも私の上着を着ていた。サイズ的に、上だけですっぽりと体が隠れていた。なんだかその姿が微笑ましくて、伸ばした腕で二人の頭を優しく撫でる。
「くすぐったいー」「むー」
「はは、ごめんごめん。朝ごはん今から作るね。」
そう、三日前に私は、あの狐さんと一緒になって、この子達の母親になりました。いや今では、最初から母親だったというべきかもしれません。なぜなら私は、私には、狐さんだった頃の記憶が、少し残っているからです。
記憶というか感情でしょうか。場面場面でこういうことをしたとか、こういうことがあったとかいう記憶も、ないわけではないです。けど、こういう感情だったとか、この二人にたいしての感情だとか、悲しいなと思ったこととか、嬉しいなと思ったこととか、そういうものの方が大きい。感覚的には、私は元から、二人の母親だったのです。全部が全部じゃないけど、たとえば二人を生んだときの記憶、いや、感情があります。その前の記憶は、あの狐さんからはさすがに受け取ってないようだけど、狐さんがこの子たちをとても愛していたということを、ひしひしと感じられる。感じていたことを、思い出せる。自分自身が亡くなってしまう直前までも、本当に心配していたということも。狐さんの体は狐さんの願い通り、あの山の中、湖のほとりに、しっかりと丁寧に埋葬してもらっているようだ。そうしてもらえたことを、白と黒の神様にとても感謝している。
そして、狐さんの魂というものが、は私に「とりついた」という事にはなるのだろうけども、あの青い髪の人が云うには「とりつく、よりも、融合に近いんじゃないかな。」とのこと。
「普通、とりつくなら『とりはずせる』ものだ。ここには神様の娘までいるんだから、雑多なものなら、一晩もすればもう外れていてもおかしくない。しかし君のソレは、元の狐の意図も叶えられているようで、『一生取り外せない』状態のようだ。その証拠に、ほら、君の頭の上。」
あのあと、鎹さんのところでお邪魔したお風呂(アパートのはずなのに、どこかの温泉のように広かった。絶対外と中とで広さが違うんたけども、あれがあのウサギのように美味しそ...ああいやかわいい小さな女の子の魔法なんだ、とかなんとか)でそういわれて、頭の上に手を当てる。
「…耳?」
「そう、耳。獣耳。おいしいポジションだなぁ君は。そこに耳があっても、違和感を感じるかい?」
いわれてみると、なにも違和感を感じない。初めから、生まれた時からそこにあったような、そんな気が。こっちの耳からも音が聞こえるし、というかとてもよく聞こえる。
聞こえるどころじゃない。見ているものも、なんか違う、いや初めからこうだったような気も。
「黒いのも予想外だろうな。こんなにも『真っ暗』がなじむなんぞ。なじみすぎてとりついたものが混ざってしまっているじゃないか。」
今度の青い髪の人の声が、不敵に、とても怪しく聞こえた。
けれどその声は透き通っていて、絶対に聞き逃してはいけないような、そんな気にさせる。
不敵なのに、怪しいのに、頭の方の耳から聞こえるその人の声は、とても神聖なものだと思わせられた。聞き逃してはいけない。そんな感じにさせられるほど。
「神様に天使に魔女に獣。いやはや、いい具合で揃い踏みじゃないか。
改めて、ようこそ、こちら側へ。」
で、そのあとその人に思いっきり胸をもまれた。
お風呂を出た後は、なんかもう恥ずかしすぎて、周りの人の顔を直視できなかった。
無邪気な声で「お母さん?」「どうしたの?」と聞いてくるあの子たちの顔すら見れなかった。おねがいだから見ないでと、へんなこと覚えないで、と。
…もしかして、毎朝寝過ごした時に二人にされるあれって、あの青い髪の人の影響…い、いや、そんなことはないだろう、けど…。
「おかあさん、こげてる」「こげてる」
「ふぇ、え、あ、あわわわあわわわ」
いい音を立てながら、フライパンの上にいた卵焼きの色が、こんがりきつね色を通り越して、真っ黒になっていた。嗅覚も随分とよくなっているんだけども、ぼんやりしていると全然気が付かないもので。改めて焦げたにおいが鼻につくと、思わず目を凝らしてしまうほど。
「これ」「たべれる?」
「い、いや、これはやめておいた方がいい、かな。」
もったいないから、後で生ごみと一緒にブレンダーで肥料にしちゃいます。あぁけど、嗅覚がよくなりすぎて、それすら億劫になるほど…。
この体になって分かったこと。
便宜上こう呼ぶけど、人間モードと、半分モードと、ほぼモード、この三つに私は変身できるということです。
人間モードは今までとさほど変わらない、そのままの人間。
半分モードは、こうやって家にいるときになっていて、獣耳が生えて、いろんな感覚がよくなっている状態。正直なところ、人間モードより、半分モードのほうが楽だったりする。人間モードのときに気が緩むと、すぐ半分モードに戻ってしまうほど。ただ仕草というか、そこも其なりに狐っぽくなる。半分モードの時に食べる稲荷寿司は半端なく美味しいし、正直いうと、鎹さんたちがウサギに見えてとても上手そうな、なんて思うことも。いや、だからといって食べたいなんては思わないから。そこは大丈夫。半分は人間なんですから。
で、最後がほぼモード。私が一週間前、暴走していた時はこの状態だったようで、身なりがほぼ獣っぽくなる。これになると、見た目が少し人に近いだけで、もう恥ずかしくなるくらい開放的になって、外に飛び出したくなる。おもいっきり野山や草原を駆け回りたいし、もうなんか狩りしたい。黒い神様にわたしえらい!って見せびらかしたい。飛び付きたいいやいやいやいちがうちがうよ!?そんなんじゃないですから!!ぜったい!!!
...なんか、半ばもう暴走してるけど、どうやらもう私は獣モードになっても、前のように見境なく暴走することはないそうだ。これについては安心している。これも青い髪の人が云っていた。
「まぁその理由が、私がさっきから言っている『真っ暗』ってやつの恩恵なんだがな。半端にあの黒いのから吸いとったせいで、言うなれば活性化したんだ。だから君は、あの時もっと『真っ暗』を求めて、黒いのに襲いかかったんだ。そしてあの子らを守るためにという強い衝動が、そのまま暴走する形で現れたわけだ。今なら狐としてもなっている君に、真っ暗による恩恵がより一層いい形で現れているはずだ。そうだなぁ、たとえば、私を見てどう思う?」
「ど、どうといいまし、ても。」
それっぽく、セクシーなポーズを湯船の中で見せつける、青い髪の女性。
「せ、せくしーな、人?」
「うむ、正解。」
あ、正解なんだ…。
「だが、もっと踏み入ってみると、私のことは『どう思う?』」
「そ、それは、なんというか…」
これがたぶん、獣のカン、というやつなのかもしれないけど。
「あ、あなたの声は、なんか、お告げというか、絶対に聞き逃しちゃいけないような、それに…」
「それに?」
グイッと私に近づく青い髪の女性。近い、近すぎる。もう少しで唇が当たる位置まで、青い髪の女性は近づいてきた。私の胸と胸がぼよんと当たっては、私は後ろに後ずさるけれど、女性の腕は私の太ももの間に腕を置かれて、ついには壁際まで追いやられた私の顔の横に、壁をつくように女性が腕を伸ばす。前髪で隠れているとはいえ、思わず私は目線を外してしまう。これから私何かされてしまうんだろうか、と、あらぬことまで考えられてしまっているし、だれが見てもあたふたしていただろう。
ふっと横目に助けを求めようとしたけど、子供たちはみんなで大量の泡を前にはしゃいでいます。万事休す。
「あ、あの、ち、ち、ちか、いで、す」
「なぁに、私は気にしないよ?」
いやいや私が気にしちゃうんです。
そう口には言えず、私の胸はどんどんと押され続けて、女性の顔が首元に、く、くび。
「で、わたしを、どう思う?」
「あ、あの、あの、そ、その」
声が上ずってしまっている。
するとその女性は何を考えたのか、私の首筋をペロンと、首筋を舐められ、な、舐められ、な、な、な…。
「そ、そそ、そそそそ、その、貴女は、なんか、あの黒い神様とはちがう、けど、なんか、同じような、神様みたいな、その、なんか…」
やっとの思いで口に出すと、自然と早口になっていた。
けれどそれを聞いた女性はやっと、私から離れてくれた。そして私は、なぜか意味もなく、肩で大きく息をしていました。はぁ...。
「ふむ。まあ及第点かな。相手が何者なのかを、今の君は野生の勘と『真っ暗』によるブーストで、おおかた直感できるはずだ。ある意味で、肉体的にその『真っ暗』でブーストをかければ、暴走することなく、それ以上の力は発揮できるだろう。まぁそんなことになることなんて、滅多にないだろうけどね。」
『真っ暗』という単語には聞き覚えがあるけど、狐さんの認識では、とても恐ろしいもので、あの黒い神様にしか扱えないものだということ、らしい。
けど正直、とても情けないのだけれども、この女性が話す話の半分も、私の頭は理解できていなかった。
ポカーンとした顔の私を見て、女性は「まぁそんな気にするほどのものでもないから、気にしなくていいさ」といいながら手のひらでまぁまぁというようなしぐさをして、別に忘れても構わないというくらいのそぶりを見せた。
「それよりも、いやー君もおっぱいがでかくて私はとてもヤリがいがあるね。それに獣属性まできた。今度露華にも試そう」
ああ、この人はそういう人なんだと、何となくわかってきた。ある意味分かりやすく、変な人だ。
それに、なんでだろう、ヤリの意味合いが全く違うように聞こえます。
...ん、あれ、今この人。
「あ、あの、貴女、今、誰かの名前を...」
「ん、露華のことか?」
「露華、さん......露...あ、先生の、娘さんの...」
「先生?
あっもしかして、結露、結露のことか!」
すると女性が、私の両肩をつかんで、驚いたような顔をグッと近づけてきた。
「えっあっその、わ、私の、お母さんになってくれた人だから、その、先生って。」
なぜかそのあと、胸を揉まれたわけだけど。
けれどその女性は笑いながら、懐かしいなーとか、そうかそういうことかーとか、心底楽しそうに湯船ではしゃいでいた。
「そうか、なら君の名字は碧生か!
なるほどな、どおりで君が『真っ暗』を取り込むことができたのかが分かったよ。普通、その程度の症状でも、何ら普通と変わらないからな。けれど成る程なぁ、結露が絡んでいるのなら納得だ。あぁ、とりつかれるのもこれで合点がいく。してやられたな、こんな逸材、私が見逃していたのも、もうこれでは返す言葉もない。」
色々とわからない話はあったけど、ただ、症状という単語に、私の体は少し、ビクリとしました。
「ああすまん、落ち着いてからでいいから、今度、私の図書館に遊びに来るといいさ。いや、君ならいつでも、困ったときにも、時間構わず来るといい。それにその子らに勉強を教えるのには、丁度いい『先生』がいるんだ。君が今悩んでいることは、それなのだろう?」
その通りでした。
だから、私は素直にその誘いを受けることにしたのです。それにあの人、先生に会ったことがあるんだ。でなければ、私の、先生の名字を知っているはずがないから。
今度こそうまくできた卵焼きを、オキとシオのお皿にそれぞれ盛り付ける。幸い子の子達は、前の私から箸の使い方は教えてもらっていたようでした。未だどこかおぼつかないけど、しっかりと使えている。前の私も人間モードになれたようだったからだろう。万が一のことは、教えていたようです。
ん、いつしか私の中で、狐さんを『前の私』という名称になっている。これがあの女性が言う『混ざる』ってことなのかもしない。けど、本質的には、今までの私と、何ら変わらない気もする。
以外と、前の私は今の私と似ていたのかな、何て思ってたら、二人が箸を止めて、私をまじまじと見つめていました。不安なのが伝わったようだった。
「ん、あぁいや、ちょっとね。」
二人は同時に首をかしげる。ほんと、双子らしい。
今聞くべきでもないのかもしれないけれど、そうわかっていたのに、つい私は口に出してしまった。
「今のお母さんでも、二人はいいの?」
聞こえようによっては、とても残酷な事を聞いている。
ああ、今聞くべきでは、むしろこれはずっと聞くべきではなかったかもしれない。
けれど、けれども、二人はなんてことないように、にこやかに私に笑顔を向けてくれた。
「うん、だってお母さんは、」「お母さんだから」
「それに今でもお母さんは」「そんなに変わらないよ」
その言葉を聞いて、少し、泣きそうになった。それをこらえて私は答える。
「あはは、そっか。おかあさんもそんな気がしてた。」
なんだやっぱり、前の私は今の私と似ていたんだ。思い返しても、なんかおっちょこちょいなとこが、私とにてる気がする。前の私は人に化けていたときとか、よくなにもないところで転んでたみたいだった。
それでもこの二人は、別にお母さんと言うものに執着しているわけでもないし、似てるとはいっても、私が前の私とは少し違うことも、私以上に理解している。あの時、わたしに襲いかかってしまったことを本当に後悔してるのも、私は十分、知ってる。
口には出していないけど、上の方の耳ではしっかりとこの二人の声は聞こえたし、私の伝えたい、言葉にできないことも、伝わってくれたようだった。
ああ、私は、この子達の母親でよかったなぁ。なんて、しみじみと思う。
けれど、勿論、このあとのことも考えなければいけない。文字が読めない私が、どうやって子の子達を育てるんだろうとか、人としても狐としても、育てなければいけないのだろうかとか。私自身これからを、人としてか、狐としてなのか、とか。先生のように私も誰かを育てていけるのかな、とか。
頬杖をついて、我が子を眺めながら、そんなことを考える。考えると、きりがない。そんなとき、前の私はどうやら、こうしていたようです。
「ねぇ二人とも、今日は、どこに遊びにいこうか?」
人の世界でも、そうでない世界でも。どこでも。
そうだ、まだ図書館には行ってないから、行ってみようか。少しおめかしして、お出掛けしましょう。途中でいくらでも寄り道してもいいんだし、お買い物何てしてもいいかもしれない。外は晴れているし、別に雨でも構いはしない。その探検中に見て触って感じて、私が先生にしてもらったように、知らない世界を知っていけば。