眼に隴う
「貴方は、生きたいですか?」
はい。
「例えば、人として?」
いいえ。
「狸憑き、として?」
いいえ。
「なら、狸獣として?」
いいえ。
僕は、あの人の子と為りたいのです。
それだけでいいのです。
繋いだ掌。
伝わる温もり。
母さんから流れる涙。笑顔。家族。
いつからか、これが自分の願いなのだと、気がついた。
端からは「錯覚した」とも言えるかもしれないコレは、僕を僕たらしめるには十分だった。
「ママ上ってさ、たまに遠くを眺めるよね。」
と、雪輪に言われるまで、言葉の通り遠くを眺めていた。正しく言うなら、ぼぉっとしていた、というか。
「嘘。なんか隠してるでしょ。かるびもーらい」
「あ、姉様ずるいじゃあ私はタン塩もーらい」
まてまて娘たち、私の分のお肉が消えてる。怪奇現象じゃ。白姫様のたたりじゃ〜。
なんて、珍しく二人が遊びに来るもんだから、私も私で気が抜けていたようで。それに食べ放題という単語の魔力たるや、金麦の鶴と激辛の鬼、そして空腹の母上を賑やかすだけの魔力は十分だった。
お留守番の灰理と冬萌には、お土産を持たせて謝ろう。
「で。何隠してるの?」
「そうです。何ですか?」
いやいや、何も隠してないってば。
ホントにボーッとしてただけだってば。
「むむむ、妹氏よ、今日のママ上口が固い。」
「頑張って姉様。はは様は日本酒です。そしてわたしには金麦ですよ」
「もう金麦飲んでるじゃんってか、いつの間にそんなに空けたの妹氏よ・・・。」
鶴葉の目の前には、空になったビール缶が数本。
だって食べるだけではなく飲み放題ですよ!?
と豪語する妹に、流石の雪輪も驚きながらも圧されていた。
てか、私が今飲んだら、二人を誰が部屋に送ってくのさ。車で来てるんだから。
「そーだそーだ。あ、ママ上、ソコの七味チョーダイ」
はいはい。
相変わらずの元気な娘二人だこと。
誰に似たのやらなんて思いながらも、あらためて娘だなぁ、なんて物思いに耽る。血の繋がりはなくとも、確実に親子だなぁと。
そーだねぇ。
隠してるとかそんなんじゃないけどさ。何となく昔を思い出すことが増えたって、そんなとこかな。
「はは様の、昔?」
そそ。昔。
例えばさ、二人が親になったら、なんて考えたことある?
「一緒に金麦飲みたいですね」
「一緒にインク塗りたくって遊びたい」
「お、姉様やる気ですね。任せてください、武器揃えるまで今晩は寝かせませんよ?」
「いやん。絶対途中で寝る」
いやいや帰ったら歯磨いてお風呂入ってはよ寝なさいな。明日もう帰るんでしょうに。
じゃなくて。
例えば二人に子供が生まれたとしてさ。
もしくは、私と二人のように、誰かを子供として迎えるとかになったらさ。二人はどんな親になるんだろうなぁって、考えてたのさね。
「はは様!どうしたんですか!風邪ですか!?すぐ帰りましょうお部屋暖かくして寝ましょう!直火にしますか!?」
「ママ上、首にネギ巻くといいよ。私はやったことないけど。風邪はそれで治るんだって。私はやったことないけど」
まてまてまて。そんな変な心配するなあと直火とネギはしないやらないやめなさい。
「てか、ママ上考えすぎだってー。そんなのわからないってば。」
「そーだそーだ。はは様直ぐ無理するんですから。今お肉持ってきますから、思う存分食べてください。」
と、二人なりに気を使ったのか、牛肉コーナーに二人揃って行ってしまった。
・・・なんか、変な気を使わせちゃったなぁと、すこし反省。
「妹氏。無理して聞かなくていいかな、ママ上の。」
「なんか、そんな気もします。にしても姉様、母様がなんかぼーっとしてるなんて、よく御山にいて気づきましたね。」
「まぁねえ。私これでも察しがいいというか、ママ上に関しては御山にいても分かるくらいの気配なんだよね。でかさが。」
「なるほど、でかさ。」
まるで角がアンテナみたいだ、なんては言わなかったし、でかさ、で二人並んで胸を眺めたのも、お互い何も言わなかった。
「…ま、まぁ、ともかくさ。すこし元気でたみたいでよかったよ。結構なんも考えてないように見えて、色々と頭一杯だしさ、ママ上は。」
そう。
そうなんですよね。
普段はあんなグデッとしてるように見えて(あ、いや、ホントにグデッとしてる。あの時は多分だけど、本当に考えてないや。溶けてる。)、私たちが気がつかないだけなのか、はたまた、母様の杞憂なのか、それとも憂鬱なのか。
「あれです。姉様。たくさん食べさせましょう。こういう時こそ、です!」
「そだそだ!ママ上太らせろ作戦!」
「あ、けど、これ以上食べると、母様の胸」「妹氏よ作戦変えよう」
変更早かった!
雪輪が気づいたのは、恐らく、私じゃない。
確かに、心配させるような荒れはしてた。それに雪輪の感知は浄点まではいかないとはいえ、一級品。
けど。
そりゃあ、私には似てるはず。
ここからでも、何処からでも、分かってしまうほどに。
なら、私は、迎えるべきなんだよね。鬼さん。
気が付くと、太陽のもとにいる。
日の光が視界を顕にする。
ここは、僕の知る山ではない。
けれども、おかげで僕は、「僕」と為れた。
あの声は、僕の知らない声だ。
けど、僕の耳が覚えている。
あの掌も、僕が知らない温もりだ。
けど、僕の手が覚えている。
僕の願いは。