クイノナイ 雪の蛇
悔いはなかったのかと、それを私に聞くのは野暮じゃない?
あるに決まってるし、なんなら生まれてこのかた、後悔だらけだし。
其が私。いくら脱皮しようが、この根幹は変わらないんだと、辟易とする日課をこなす。ここ数年はそれを繰り返してる。
今回は、特に後悔が多い。
ある日。ふと灰鯉兄に聞いたことがあった。
「もしさ。かあ様がいなかったらさ。灰鯉兄はどうしてた?」
「...どうした、風邪引いた...?」
「違う。割かしマジな質問。」
灰鯉兄は読んでいた本をおいて、私の質問に思案し始めた。
真面目な質問とわかったからなのか。それか、気紛れか。灰鯉兄の場合は、どっちもありうる。
「急だなぁ。いや良いけどさ。まぁ、そうだなぁ.........たぶんさ。」
「たぶん?」
「たぶん、まだ寝てたんじゃないかな。」
なんだそれ。とは、言わなかった。灰鯉兄のことは知ってたし、やけに含みのある笑顔が、私の悪態をどっかにやった。
「灰鯉兄らしい。」
「そう?
ま、そうかな。それで。」
灰鯉兄は再び本を手に取り、読みながら言うのだ。
「そっちは、悔いはあるのかい?」
「えー。どうかなぁ。忘れたよそんな昔のはなしー。」
柔軟のヘルプ。ストレッチする雪輪姉の背中を圧しながら話すのなんて、まぁいつものことなんだけどさ。
ただ、今日は灰鯉兄と同じことを聞いてみた。
「そだなぁ。私かぁ。正直考えられないなぁ。というか、考えたかないってか、考えてもなぁというか。」
「けどさ、それこそ一度は考えたりしなかった?
ほら、私たちって山伏だし。何だかんだ普通に暮らしてるけどさ、違うわけでさ。」
「ま、確かにそうだねぇ。あ、もっと強くてもよきよー」
なまじプロってだけあって、体がとても柔らかい。きっと鬼としての力を駆使すれば、有り体に優勝は出来るのだろうけど、試合の時は山伏としてではなく、あくまでもヒトとしてがモットーらしい。この辺りが雪輪姉らしい。
「けど、角だしたまま柔軟しても、どうなの?」
「どうって?」
「ほらさ。山伏のままだと、そりゃ強いってか、なんていうか。」
「ああ、そこまで考えてなかった」
なんと即答。私の口からは「ええー」と声がこぼれた。
けど、そのあと直ぐに「あ。」ともこぼれた。
「そこまで、考えんでも良いんでない?」
いつものなにも考えてなさそうな、それでいて的を射た、そんな口調で雪輪姉は言った。
「きっとまだ、徘徊老人してたでしょうね…ね!」
と最後を強調する鶴葉姉だけども、あながち、間違ってはいないと思う。
「そうです。これは本当です。みんなとも少し違った経緯があるからね、私は。そもそも、本当にただの人だったのですから。」
鶴葉姉いわく、どのタイミングで「人」ではなくなったのかは不明瞭だけども、かあ様に遭遇した時には既に「山伏」になっていた、らしい。
そういう意味では、一番『稀』なケースだと思う。
私たちは、みんながみんな、元から「人」ではない。
過去にあったとするならば、雪輪姉の実母?の方くらいではないか。ただその方は先代と番になったからこそ、人から山伏と成ったらしい。
いうに、番になるなり、取り込むなりと、そうでもしない限り、山伏になることは出来ないのだから。
…ともいえ、かあ様より長寿の人も居るし、そういうヒト達はどうなんだろうって一度聞いたことがあるのだけども、山伏となる条件はソレだけではないらしい。結局教えてもらえなかったけど。
「…で、鶴葉姉は、それ、何してるの…?」
「そう!そうなんです!ちょっと聞いてくださいよ!!この輪っか!!プロテイン作れとかすんごい生意気なんですよ!!おんまえつくるだけじゃん!!!ね!!??!?!?」
「い、いや、ね?って言われても…。」
なんだっけ。最近発売された運動するゲームだっけ。
週一で「あびゃあああああ」って鶴葉姉の叫びがするのは、これかぁ…。
丁度終わったのか、「びくとりいいいいいい」って私の目の前で叫んでるし…。
「はー…はー…もー…。あ、で、アレですよね。もしもの話。母様と出会わなかったらって。」
「あ、そ、そう。そうだけど。なんか、鶴葉姉の回答も予想つく。あと汗拭いてからでいいから…。」
「まぁたそんな母様みたいなこと言ってー。まぁけど、そうですね。私なら…。」
一息ついて、鶴葉姉は答える。
いやだって、もう、灰鯉兄と雪輪姉がああいう答えなのだから、きっと鶴葉姉ならこう言うのだろう。
「それよりも、これから先を、私は楽しみたいんです。だって、今が楽しいんだもの。」
ほらやっぱり、合ってた。
「あれ、眼隴君は?」
と、いつもならこの時間は、居間でゲームでもしてそうなものなんだけど、珍しく姿が見えない。
「たぬたぬはさっき、土潤んと買い物行ったよー」
「あぁ、そういえばかあ様帰ってきてるから晩御飯はー…いや、いつの間にしれっといるんですか、貴女は。」
「さっきさっき。ちゃんと今日は玄関から来たよ?」
「逆に普段、どこから来てるんですか…てかそんな頻繁に我が家来てるんですか…。」
いや、そりゃ驚くって。
何で居るのっていう『ヒト』が、我が家の居間で悠々とお茶を飲んでいたらさ。
だって白姫様だよ。シロ様だよ。今日は巫女服じゃなくて薄手のカーディガンにロングスカートだけど、春のファッション先取りしてるけど、シロさんだよ。
あの、私今パジャマなんだけど。寝起きなんだけど。
「いいっていいってー。私はそんな恰好のふゆめんも好きだぜ!」
「待ってください、ふゆめんって私ですか。てか今着替えてくるのでちょっと、ちょーっと待っててください。いやそんなガタッって立ち上がらなくていいですから。そこ座っててください。」
世界がどこまでも広く歴史が深くとも、白姫様にシッダウンなんて言えるのは私くらいだろうか。
黒い方以外に、だけども。
とも思いつつも、特段急ぐこともなく、自室で普段着に着替える私。
昔はどうだったかは知らないけど、私含め山伏一家自体が、シロさんとは「家族ぐるみで仲のいいご近所」みたいな間柄なのだ。
けれども、かあ様の更に上の立場にある「神様」。山伏である私が、こんな物思いにふけっていながら着替えてる暇など、本来はあり得てよい訳がない。
…が。
シロさんとかあ様が「アレ」だから。
昔のような風習も今はないし、年末年始や、それこそ有事や祭事でもない限りは、堅苦しいのはしないらしい。
「そ。確かに『形』は大事だけどさ。そればっかりじゃないからね。」
「いやだから、なにシレっと私の部屋にいるんですか。今私下着なんですけど。居間で待っててほしかったんですけど」
「いやぁ、ほらさ、たずにゃんともゆっきーとも仲良くなれそうだけど、ふゆめんちょっとぎるてーしてるから、確認したくて。土潤んほどじゃないけどね!」
「胸ガン見しながら言わんでください、そういうこと。」
まぁ、かあ様のアレについては、私も同意見ではあるけどさ。ギルティ。
「で、今日はどのようなご用件で。」
「つれないなぁふゆめんー。私ときみの、仲じゃ、ないかっ(きらっ」
「セルフSEとかどこで覚えたんですか。まぁ、特段用がなくとも、シロさんはいつ来てもいいですけど。」
「あ、お茶は入れといたから、ゆっくりしてって」
「それ私が言うセリフですね。ありがとうございますね。」
何で人の家の食器棚を把握してるんだろうなぁ、このひと。
テーブルの上には、やっぱり茶柱が立った器に、御茶菓子まで完備されている始末。
私の家なのに、逆におもてなしを受けるっていうさ。どういうことなの、って考えても、この人に関していえば「シロさんだし」で収束する。
「ま、本題はね。というかほんと、ただ様子見に来ただけなんだ」
「あぁ。かあ様が今日来てるから。そういうことですか。」
「まぁそれも、まぁ、あるんだけどさ。今日はふゆめんを見に来たんだ」
…私?
「そりゃまた、なんでです。」
そう聞くと、シロさんは窓の外を眺めた。
「ほら、もう『春』だからさ。ふゆめんは元気かなって。」
……あぁ。
「…変なところで気を回さずともいいですから。大体、ここまで来なくとも、シロさんならどこに居てもわかるでしょうに。」
「んー、まぁ、そうなんだけどさ。そうなんだけどね。それでもね。」
窓の外から視線を外し、私のほうに振り向いた。
「顔見たほうがわかるじゃない?」
かあ様含め、どうして私の周りの神様連中というのは、こうも世話を焼きたがるのか。
本当に神様なのか「家族」なのか、たまに線引きがぶれる。
すでに答えは出ているけれども。
立ち上がっては腰に手を当てる。
「確かに、もう春ですね。炬燵も片付けて、ストーブもそろそろしまってもいい時期ですし。」
ふーっと、大きな息と一緒に出た言葉は、自分でも誤魔化しきれていたかどうか。
なんて思案すること自体が、この神様相手には不要かも、だけど。
「…今年は花見、どうするんですか。」
「んー、そうだね。私の神社でもいいけど…そだ、今年はクゥの図書館にしない?」
「あぁ、大天使さんの。確かにあそこの図書館の桜、昔に比べたら大きくなりましたからね。」
言われてみると、私になってからは、あそこで花見もしていなかったと思う。
それにあそこなら、そう簡単に人が来ない『ようになっている』から、私たち山伏なんかが居ても、誰も構いもしないだろうし。
「きまり!それならばふゆめんや、一緒にあれしよう、あれ!」
「あれってなんですか。去年みたいな鼻から豆腐でも食べるんですか。」
「そんなことしてないよ…え、ふゆめんどうしたの、風邪ひいた…?」
「精一杯のボケをボケで返さないでください。素直に突っ込んでください。で、アレってなんですか」
「ほらぁ、アレだよぉ。花見と言ったらお化け屋敷」
「それ多分、私たちのトコだけですからね。私は好きですけど。てかふたりでどうやるんですかそれ」
「…気合い?」
気合いかぁ…。たぶん気合いでやれそうだなぁ、この人なら…。
「母さん、ここは?」
「うーん、そうだなぁ。悔いが残る、場所かな。」
誰にとっての、悔い、か。
買い物帰りに、ちょっとした寄り道をしてみた。
…いや、ちょっとと云うには、些か誤魔化しすぎたかもしれない。
なぜならば、私一人で来る気分には、とてもなれなかったから。
そしてなおさら、この気分のところに、眼隴君を連れてくるのも、気が引ける一因でもあった。
「…母さん、神社なのに、鳥居にもどこにも、名前が見当たらないけども。」
「うん、それで合ってる。此処はもうご神体もなくて、それこそ悔いしか残っていないから。」
私からの回答を聞いて、眼隴君は社殿を覗き込み、すぐさま裏の本殿にも向かう。
けれども、1分もたたずに戻ってきた眼隴君の反応からして、ご神体の残滓ですら残っていない様子だった。
「ここに神社があるってこと自体、僕は知らなかった…けど…」
「もう誰もない、のよね。」
「そうだった。誰もいない。残ってない。母さんはここがどういうところか知ってる、んだよね、たぶん。」
「まぁ、一応、かなぁ。」
クゥがこの場所を見つけたのは、「本筋」の副産物のようなものだった。
この場所については教えるつもりはなかった。
いや、クゥならどうせ気が付くと、私はわかっていたのだと思う。
あくまで本当の依頼は、御山由来の「現存する雪女一族」について。遠回しに、「冬萌」の親族についてだった。本当に途絶えた血統なのかと。
もし生きているのであれば、あの子にも会わせてあげたいと、そう思っただけだった。
あの子からしてみると、余計、なのかもしれないけれども。
結果だけでいうと、血を継いでいる家系は多かった。が、直系ではなかった。
辿った先で血がつながっているというだけで、それこそ鬼さんや雪輪のように、色濃い血を継いだ存在は、絶えていた。
昔。とある、雪女がいた。
その雪女は年端もいかない少女で、いくら短命の種族とは言えど、まだ先も十二分にある、少女だった。
母親は短命であるこに流行り病が重なり、女の子が物心つく頃にはすでに亡くなっていた。
けれども、雪女にしては活発であったらしく、冬でなくとも野山を駆け回るほどだった。
女の子が暮らす里は、御山の中でありながらも、流れる水源もあり、自然豊かであった。
ただ、御山を源流とするこの川は、昔から、私が生まれる前からすでに、暴れ川として有名だったのだ。
水を引こうにも、一度の雨であふれてしまう。
水門を作るにも、春の雪解け水で壊れてしまう。
田畑も林檎もすべて飲み込んでしまう。
まるで蛇だ。このうねりは龍ではなく、蛇だと例えられていた。
では、蛇を鎮めるにはどうすればいいのか。
贄だ。
贄を渡せば、鎮まるのではないか。
…そう、ここが、私の「悔い」だ。
私の目の届く場所なんて、あの頃からも変わらず、そう届くものではなかったのだ。
「もし」なんてない。けれども、「もし」私が居たのなら、贄なんて、決してさせなかった。
これが自惚れだったとしても、それができなかったから、「蛇」鎮めるために「女の子」が贄として、川底へ沈められたのだ。
雪解け水が多いのは、雪が多いからだ。
では、雪女を川に還せば、蛇に贄として献上すれば、きっと。
それにすがるしかないという気持ちも、わからなくもない。
けれども、決して、正しくはない。
「…そして、幸か不幸か、冬眠から目覚めた蛇を取り込んだ。短命である『雪女』が、これにて『不死性』を得た。」
蛇自体が元から不死をはらむ生物であり、なおかつ春の目覚めの時期であったことも重なった。
だからこその不死。
その後は水害が治まり、ここには、その「女の子」を崇めるための社が立てられた。
それがどうだ。何百年か経ってみると、手入れもされず、誰からも忘れられ、ここには「悔い」しか残っていない。
誰の「悔い」か。
「女の子」か。
「蛇」か。
贄として崇めた「人間たち」か。
私の悔いか。
「そこまで欲深でどうする。なんて、鬼さんなら言うか。」
だって、結果論だけで見ると、そうしなければ「あの子」に会えなかったのだから。
川が鎮まったのは、女の子を小さいころから知っていた「白神様」が、その女の子のために、そして里のものにこれ以上繰り返させないがためにと、手を尽くしたからだった。
シロさんの社の裏にある湖。あそこは雪解け水があるからこそ満たされる神域だ。だからこそ、雪女の一族には、昔から感謝をしていたと言っていた。
そして、止められなかった、とも言っていた。
私こそ「悔い」があるとも。
「けれどね、土潤ん。せめてもの救いはさ。貴女のおかげ。それにあの子の親となってくれたことだよ。私には、あの子は救えなかったから。
だって、人の手によって川が安定しはじめたからこそ、私がどうこうせずともよくなったんだからさ。」
そんなことは、ない。
シロさんが川を鎮めたからこそ、あの子の体が、「形」が川底で為されるまで、600年で済んだのだと思う。
なにせ川を鎮めるといっても、一種の封印、結界だ。これ不要になるまで安定するのに、貴女のおかげで、たった600年で済んだんだと。
確かに、私がたまたま人に知恵を伝えて、川が暴れることが少なくなった。
確かに、川に入り、あの子の体をすくい上げたのは私だった。
けれども、きっかけを与えたのは、本当に救ったのは、貴女なのですから。
あれから20と数年。
この時期の冬萌は、すべて知っているからこそだけど、ちょっとナイーブになる。
こういう時はおいしいご飯を作って、みんなで食べるに限る。
「さて、そろそろ帰ろうか、眼隴君。」
「え、ここに何かあってきたんじゃ?」
「あぁ、もう終わった、かな。ほんとに見に来たってだけだから。」
「そっか。まぁ、それなら。いいけども。」
再び眼隴君の手を取り、帰路につく。
と、その前に、後ろに向けて、ちょっと大声を出してみた。
「冬萌もほら、帰るよー。」
ばれてんじゃん。
どうせ、かあ様のことだから、この時期になると「私以上に」しんみりしてこの場所に行くからって、シロさんがうるさかったから来てみたけどさ。
いや、しんみりしてるのは知ってた。この時期はお休みを取って、街からも帰ってくるし。なんかわかってたけどさ。
それに、全部もう知ってるし。
子供のころの記憶も、もうあるし。
シロさんと、かあ様が、私を川から拾い上げてくれたことも。
諦めて物陰から姿を現す。
ちょっとにんまりしているかあ様と、「あ、いたんだ」っていう顔の眼隴君が居た。くそう。
「…はぁ。かあ様だもんなぁ。」
「そうよー。なぁに、そんなに今日の晩御飯気になってたの?」
「ちが……あぁ、もう、それでいいですー。気になってたんですー。お腹がすいてたんですー。」
「冬萌姉さん、尻尾出てるけど」
「こ、これは何となく、だ、だれもいないしー。見られてないしー。脱皮したてだったからかゆかっただけですしー。」
…あの神様が、『土潤んが、ふゆめんと出会って、悔いがないなんて思わないから。せっかくだから聞いたら?』なんて煽りさえしなければ…。
だいたい、本人に、かあ様に聞けるわけないって。
いやだってわかってるし。悔いなんて無いって言うのも。
はぁ。
「かあ様」
「ん、何?」
ここ数年。悔いはあった。
あるに決まってるし、なんなら生まれてこのかた、後悔だらけだった。
其が私。いくら脱皮しようが、この根幹は変わらないんだと、辟易とする日課をこなす。ここ数年はそれを繰り返していた。
けれど、みんなに聞いてみて、シロさんにも言われて。
自分に嘘をつくのを諦めたんだ。
ついたって、しょうもない。
「もう私には、悔いはないよ。」